第8話




 軽自動車は持ち上がり、反対車線へと落とされた。

 渋滞の列に並んでいた運転手たちは呆然とその一部始終を見つめていた。

 りんにはなんてこともなかった。ずっとこういう仕事をやって来たのだ。

 派手な音を立て着地し、その後、何事も無かったよう走り出した。

 もちろん逆走である。車は既に高速道路に入っていた。

 渋滞の列から眺めていた反対車線のおじさん達に笑って手を振った。彼女たちはとても楽しそうに見えた。

「警察、来ませんか?」

 りんは尋ねた。

「わたしを誰だと思っている」

 警察は来なかった。

 というか逆走なのにまだ一台ともすれ違わなかった。博士、曰く「わたしは全てを失ったがまだ『ともだち』は残っている」とのこと。

「よしっ、次で降りるぞ」

 道路標識が一瞬で後ろに吹っ飛んだ。裏側からなのでそこに何が描かれているのかはわからない。

「で、わたしたちは何をするのでしょうか?」

 みかが尋ねた。

「りん君、説明してあげて」博士は言った。

「へえ? わたしも知らないですよ」

 さっきコンビニでおにぎり選んでいる時に既にデータを転送したとのこと。

「あ、きてる」

 りんは送られて来たファイルをスマホで開いた。

 えーと……。

「反人工知能生体連盟。通称、反生連は非暴力を謳っていた前段組織からの脱却を経て……んんー? より過激な手法を用い機械社会への警告を行なうようになっていった、ってこれウィキじゃないですか」

 尊敬しかけて損した。

 博士は運転しながら「うん」と言った。

「その記事を編集したのはわたしだよ、続きを」

「えーとお、彼らが最も恐るのは人間により近付いた機械がやがて人間を用済みとする社会である……これ博士の主張まんまですね」

「反生連のトップであり、今回の一連の事件の首謀者と思われる人物はわたしの元、同僚だよ」

 よくある話しさ、と続けた。

「最初は同じような思想を抱いていた……その筈だったんだが、途中からおかしくなっちまった。いや……本当は最初からお互い異なる景色を見ていたのかもしれないな。今となってはよくわからないしそれは問題ではない。ただある時を境にしてわたしたちは決別した。久しぶりに姿を現したと思ったらこれだ。全く愉快な奴だよ。本人は真顔で何一つ冗談を言わないような奴だったんだがな」

「博士の、共同研究者の方ですか?」

 みかは言った。

 まあそうなるねー、と博士は続けた。

「現在、主流となっている人工知能の基礎理論を打ち立てたのはそいつだよ。わたしはただそれを補佐していただけ。最もわたしの分野はきみたちもご存知の通りメルトラインであり、人工知能の分野に関してはそいつが最初から舵を取っていたんだ」

「その人はいま?」

「消えたよ、蒸発してしまった。理論が形となった時点で興味を失くしたんだろう……とにかく科学者なんてのは変人の集まりばかりで困るよ」

「博士は最初からこの一連の事件の首謀者を知っていたんですか?」

「ああ……きみたちヘヴィーメタルガールの携わった記念碑的、建物が破壊されただろう? それも木っ端微塵にね。冗談だと思ったよ。予告が来たんだわたしの元へ。あいつが過激な思想へ寄っているのは察していたが、まさかここまでやるとは思わなかった」

 りんが尋ねた。

「じゃあ、次の計画もご存知なのですか?」

 博士は頷いた。

「どうして博士にだけ打ち明けたのでしょう?」

「さーねー」

 博士は我関せずみたいに言った。

「寂しかったんじゃないの? 自分から全てを拒絶したくせにねえ」

 さっきからどうも車内が静かだなと思ったら、ななは寝ていた。すぴーすぴー。後部座席でみかの細い肩にもたれ掛かっている。

「まだ寝かせておきなさい。なな君にはこのあと重要な役目が残されている」




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