第7話




「おおおっ、こんなところにコンビニがあったぞ、良かったなあ」

 博士は言った。棒読みだった。

 軽自動車を停め早速、入店した。みかとりんも顔を見合わせ車から降りた。

「いらっしゃいませー!」

 コンビニの制服を着た店員が言った。

 んん?

 みかとりんはその顔に見覚えがあった。褐色の肌、いかにも元気が有り余っているといった感じ。

「あー!」笑顔でその女はレジから飛び出して来た。

「りんちゃんと、みかちゃん!」

 夏峰なな。

 二人と同じく元ヘヴィーメタルガールだ。

「ななちゃん!」

 みかは手をとり、ななとの再会を喜んだ。

「ひさしぶりだねえ」

「そうだねえ」

 みかとななは大の仲良しだった。

「ねえみかちゃん、最近、何やってるの?」「ネットでゲームとかやって引きこもってる。ななちゃんは?」「わたし、アニメとか観てる」「今季おもしろいのばっかで大豊作だよねー」「でも深夜シフト入れられちゃって残念なんだ」

 二人の会話は永遠に続きそうだった。りんは視線を店内へと移した。博士が「おにぎりの具は何が良いかなー?」と選んでいた。ぶちっ。

「おい!」

 博士の手元からおにぎりがぽろっと落ちた。みかとななはまだお遊戯のよう両手を合わせたままりんの方を見た。

「んっなこと、呑気にやってる場合じゃねえんだろ!」

 ヘヴィーメタルガールはここぞと言う時にはたとえ相手を怒鳴り散らしてでも正当性を主張しなくてはならない。危険な状況下で気遣いをしている場合ではない。パワハラ? わたしたちは別にピクニックをするために集まったのではない。

「いやあ、ごめんごめん」

 博士が近寄って来た。みかは言った。

「博士、もしかして、ななに会いに来たんですか?」

 こくんと頷いた。

「もちろんだよ」

 ななはコンビニの制服の上からジャケットを羽織り「あたしも行くよ」と言った。

「お店は?」

 りんがそう言うときゅきゅっとマジックでメモ書きを残した。

『商品のお代は、ここへ置いておいて下さい』

 それをレジの前にぺたんとセロテープで貼った。りんは思った。

(なな……お前がみかと仲良しな理由がよくわかるよ……)

 店の頭上には無機質なレンズがありこちらをじっと覗いていた。

「念のためあいつにも細工しておくか」りんは言った。

 そして今度は四人で軽自動車へと乗り込んだ。助手席に移ったりんが尋ねた。

「なな、お前は博士から事情を聞いているのか?」

「うん、さっき電話が掛かって来てね、これから行くから準備しなさいって」

「そんな説明でよく来る気になったな」

「だって二人もそうなんでしょ?」

 ななは不思議そうに言った。まあ言われてみれば確かにそうだ。馬鹿三人娘だ。

「わたしたちは……別にやることもないしな」

 りんはちらっとバックミラーに映るみかを見た。みかはこくんと頷いた。

 車窓からの景色は流れる。

 別に自分が何かをしているわけではない。ただ勝手に運ばれているだけだ。それでも気が付けば全然、違う場所へと自分はいるのだろう。

 りんは独り言のよう呟いた。

「毎日毎日つまらなくて、ヘヴィーメタルガールだった頃に比べて何も起こらなくってうんざりしていたんだ。正義とか悪とかどうでも良くって、ただ面白そうだからついて来ただけ……良くない癖だ。生真面目で、まともな振りしていつでもお姉さん気取り。やっていることはと言えば」そこで博士が遮った。

「自分を卑下する必要は無い、きみはよくやっている」

 りんは窓側へと頭を倒した。続けた。

「『あの頃』を忘れられたらきっともっと楽に生きられるんだろうな……でも脳裏に焼き付いて払拭、出来ないんだ。そしてそいつは変わり果てたわたしに言うのさ。『お前のいる場所はここじゃないだろ?』ってね……今更もうどうにもならないのに」

 少し瞳が潤んでいるようにミラーに反射した。

 その呟きをみかは驚いて聞いていた。みかから見たりんはこの生活にすっかり適応しているように見えたから。博士は後ろの二人へと声を掛けた。

「みか君、ちょっとスマホで現在地を出してくれるかな?」

「あ、はい」

 みかが操作した画面を隣りのななが覗き込み言った。

「博士ー、この先で交通渋滞、起こってますよ。この道いつも混むんだよなー」

 まるでどす黒い血管みたいな色をしていた。ななが言い終わるや否や視界の先に早速、渋滞の最後尾が現れた。

「さあ、我々は一体どうするべきだと思う?」

 まるで最初から答えを知ってるみたいだった。

 そして娘たちも知っていた。

 先程コンビニに停車した際、この車のがたつきの原因を知ったからだ。トランクには過積載の機械が積まれていた。

 みんなでせーので言った。

「この車ごと中央分離帯を乗り上げて反対車線へと移動するっ」

 博士は親指でトランクを指差した。

「あれはりん君の得意な機械だろ? いけるかい?」

 りんは涙を拭き、笑った。

 もちろんだ。

 やってやるに決まっている。



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