第3話
土日祝日を挟んでみかはまたハロワへと行くことにした。
ミッシーに会いに行くのだ。
でもその日、ミッシーはそこにいなかった。
「あれ? 今日はお休みなのかな?」
みかは係りの人に声を掛けた。その人は「少々、お待ち下さい」と言い奥へと消えた。やがて誰かをつれて再び現われた。みかは尋ねた。
「あのう、ここに髪の長い、きれいなお姉さんが座っていたんですけど、今日はお休みですか?」
「髪の長い? ……ああ、もしかしてR型のことですか?」
みかはこくんと頷いた。
「わたしの仕事を一緒に探そうねって約束したんです」
やって来たその中年の男性は顔を顰めた「ちょっとこちらへ」と言い別室へとみかを案内した。
「どうぞ座って下さい。彼女……いえR型と喋っていて何か感じることはありませんでしたか?」
「いえ……よくわかりません」みかはなんだか怒られているような気がした。
「あのう、何かあったのですか?」恐る恐る尋ねた。
その中年の男性は胸のIDを指差し「この施設ではここの色で人間か人工知能かを視覚的にわかりやすく表示しています」と述べた。
みかが最初に話し掛けたあの職員も人工知能だったことが判明した。そしてこの中年の男性は人間だった。肥満体質で胸に付けられている身分証はぴんと天井の方を向いている。
「R型は処分しました」
その男性は言った。
「え?」
そのあとも男は何か説明していたがそれはみかの頭に入って来なかった。随分、遅れて出て来た言葉はどうして? だった。
職員は形式的に哀しそうな表情を作り、言った。
「R型は元々プロトモデルとして設計されていたものなのですよ。判断や情報処理能力より、形として表しがたい情緒といったより人間らしさを優先して作られたものなのです。概ねこの施設での評判は良かったですよ……もちろん幾らかの問題はありましたがね。それでもとても良い子でした。わたしは彼女の担当者だったのですが、家に帰っていつも不機嫌な妻と話しているよりずっと楽しかった」
「じゃあ、なんで」消え入るような声で尋ねた。
「きっとそれが問題だったのでしょう。度が過ぎていたのです。この施設に配属されていたR型の中でも彼女の行動パターンはひときわ特殊だったんですよ」
「特殊?」
バグですよ、と男は言った。
「わたしは個人的には彼女を守ってやりたかった。いや、そのような感情をこちらに喚起させてしまうこと自体がそもそも問題だったのかもしれませんね。しかし所詮、わたしはただの公務員で、その末端だ」
職員の男は上司からの指示によって昨日、生産メーカーへと送り返したと言った。
「ミッシーは今、何処にいるんですか?」
そう尋ねるみかに男は溜息をついた。
「ミッシー……それを知ってあなたはどうするおつもりなのですか?」
「会いに行きたいんです」
まるで不思議なものでも眺めるよう男は暫く黙り、みかの方を見ていた。
「だって友だちになったから」
「あなたは変わっていますね」男は続けた。
「この施設内でのやり取りは全て電子記録されていることをご存知ですか?」みかは左右に首を振った。
「入口にもそう書いてありますよ、きちんとね。予め記しておかないと後々、面倒なことになりますから」
ぼそっと男は言った。
「あなたとのやり取りが問題になったのですよ。わたしにはそれは些細などうでも良いことに思えましたがね。寧ろ歓迎すべき事柄ですらないかと……でも上司の考えはそれとは違うようです。ああ、ご安心を、この部屋だけは監視外です」
みかは男の話を遮って言った。
「わたし?」
男はこくんと頷いた。胸に溜まった肉が邪魔で、ただ頷くだけでも困難そうだ。ぷしゅんと缶飲料を開け、飲んだ。
「すいませんね。毎日、決まった時刻にこれを飲むよう医者から指示をされているのです」
その缶の側面には奇妙なマークが記されていた。それはみかが今まで見たこともないマークだった。
「まあ簡単に言ってしまえば予想外な行動を起こしたので処分したということです」
「そんな……」
「我々ではどうにもならないのです……これはあくまで噂の段階ですが、この施設全体が何かしらのデータ採取が目的で運用されていて『公共職業安定所』というのもその隠れ蓑でしかないらしいです」
「そんなことをわたしに喋っちゃっていいんですか?」
みかは尋ねた。至極、当然の疑問だ。
中年の男は無表情で机の下をがさごそと漁り、何かを取り出した。雑誌だ。それをゆずの目の前へばさりと置いた。『週刊真実』。見出しは『人間界に進出するアンドロイド・公的機関に於ける秘密裏の試験運用』と書かれていた。
「みんな知っていますよ。ただ……問題は知ったからって我々、末端の人間にどうこう出来る事柄ではないということですね」
その職員の男は働いて給料を貰い子供たちにピアノを習わせ時折、旅行へと出掛けるためにはただ従うしかないと言った。
「そんなのおかしいっ」みかは抗議した。
「だって……彼女は、あんなに一生懸命、働いていたじゃないかっ」
約束したのだ。
「……あなたは若いね、いくつ?」
ゆっくりと男は口を開いた、懐かしそうに。まるでかつては自分もそうだったのに気付けば全然、違う生命体になってしまったように。みかは目の端に涙を浮かべ、それには答えなかった。
「きっといつかわかるようになりますよ、この世界がただ綺麗事だけで構成されているわけではないということをね……そしてつまらなさそうな顔をして毎日を生きることになるでしょう」
独り言のよう呟いた。
「どうしてなんだろうな、こんなことになるなんてあの頃、思いもしなかった」
あなたは優しいね、と言った。確かそんなことを彼女にも言われた。だがみかは自分のことをそんな風には思っていなかった。普通だと思っていた。
「でもそれでは生きてゆけないよ、特にこんな世界ではね」
みかは帰宅した。
次に来た時はちゃんと職を斡旋させて頂きます、と男は言った。だが何も耳に入らなかった。みかは再び引きこもりへと戻った。薄暗い部屋で夕方頃になると目覚め、そして現実世界を視界に入れないため精一杯、頑張って逃避するのだった。朝と夜を入れ替えて自分が何処にいるのかもわからない感覚が好きだった。
そんな時、事件は起こった。
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