第21話 新生活の予感

 その後行われた戦闘試験において、俺は教官相手に善戦した結果、見事合格。


 まあ良く考えるとアリーシャなど一部の本来強すぎるキャラクターは手加減をしていたはずだが、とにもかくにも俺の合格は間違いないだろう。


 これから始まる学園生活に想いを馳せながら、俺は家に戻り、ロセット師匠に試験の報告をするのだった。


 いまだに夕方目撃したリアルアリーシャの衝撃が冷めやらぬのを感じながら――





 それから1週間ほど、王都の冒険者ギルドでの冒険者活動などをしながら過ごしていた。


 その後、入試結果の発表日になったので、学園に見に行った。


 学園の広場の掲示板の前、人混みをかき分けて掲示板を見に行くと、俺の名前が合格者の所に無い。


 一瞬焦るも、よく見るとその上の首席合格者のところに、俺の名前があった。


 首席合格、か……


 原作では『デウス』における本来の主人公が首席合格していたはずなので、これは俺がやってしまった最初のシナリオ変更という事になるかもしれない。

 厳密には、ロセット・ジェリにパパと呼ばれたり、聖女リーチェ・ストライトにお兄ちゃんと呼ばれたりしている時点で、既にひそかにシナリオは崩壊しているといってもいいわけなのだが。勇者の証、エクスペンダントが俺の胸元に隠されて身につけられていたりするのもそうだ。


「首席は取れなかったか……僕もまだまだだな、頑張らないと」


 その時、横に立っていた少年が、一人そんな呟きをするのが聞こえた。


 右側の少年から聞こえてきた声になんとなく振り向いたとき――

 俺はこの世界に来て一番強い衝撃を受けたかもしれない。


 ――本物だ。


 まず、そんな事を思った。


 深い漆黒の髪をゲームキャラらしく逆立てて後ろに流した髪型に、ハンサムでありながらどこか可愛さも感じさせる等身大の16歳の顔立ち。


 腰には鷹を象ったような特徴的な意匠の剣を下げ、いかにも傭兵団なんかにいそうな戦闘しやすそうな服装に身を包んでいる。


 その穏やかな雰囲気ながらも強い意志を宿した瞳は、『鷹剣のルーク』、ルーク・ルフェーブルのものだと一目で分かった。


 このルーク・ルフェーブルこそ、この世界の誰よりもこの世界を代表すべき存在、RPGシリーズ『デウス』においてプレイヤーの分身となり笑いあり涙ありの物語を共にする事になる、この世界における唯一の主人公である。


 『デウス』に並々ならぬ思い入れがある俺としては、色々な意味で感動の出会いであった。


「サルヴァ。無事首席を取ったようですね。えらいです」


 少し遅れて、一緒に発表を見に来ていた師匠が、人混みをかき分けて俺の左に現れた。


 その師匠の言葉に、主人公、ルーク・ルフェーブルの視線が、俺と重なる。


(――こいつが……)


 なんて、思っているだろう目線を受け、俺はそっと視線を逸らし師匠に向ける。


「師匠のおかげです」


「わたしの弟子なら当然です」


 そんな会話をしてからもう一度ルークの方を見ると、ルークは既にその場から離れて見えなくなっていた。


 俺は今のルークとの出会いで、本格的に『デウス』の世界でこれから生きていくんだな、という実感を今更ながら強く持っていた。


 そうだよな……ここは本当に、『デウス』の世界なんだ……


 そして同時に、これからルークが辿る道筋の数々を思い返しながら、彼がバッドエンドを回避する上で一番邪魔になるのは、俺、サルヴァ・サリュの存在である事にも思い至る。


 まだこの世界では出会っていない、『デウス』メインヒロインの美少女、シエル・シャット。


 ルークと恋に落ち、付き合う事になる彼女を寝取り、女神の力を得るために殺した巨悪こそ、サルヴァ・サリュなのだから。


 これまで、異世界でひとまず自分を強くする事に集中してきたが、そろそろ俺がこの世界をどのようなシナリオに持っていくのか、考えないといけない時期に来ていた。


 といっても、俺がうっかりシエル・シャットを寝取ろうとするなんて事は、長嶺暁が転生した身体である以上、まずありえない事だ。


 ましてや、女神の力を得るためにシエルを殺すなんて、やるわけがない。


 だから、考えようによっては、俺が転生した時点で、デウスのバッドエンドというのは既に回避されているのだ。


 俺はあの作品を5作目の途中でモニターを叩き割って辞めてしまったので、正確なストーリーの全体像が分かっていないのは、やや不安なところだが――


 そういう意味では、俺はむしろ、これからこの第二の人生を、どうエンジョイしていくのか、という事も考えてもいいのかもしれない。


 そういう思考にシフトをさせたとき、思い出すのは昨日のアリーシャだった。


 ただクッキーを奪われただけの一幕だったのに、彼女の表情が、身体が、色香が、記憶に焼き付いて離れない。


 俺は前世で、恋愛という奴をした事がない。


 たしかに、好きだった女の子とかはいた事がある。


 俺は幼馴染の絵画仲間、水沢月那の事が、たぶん好きだった。


 だからこそ、離れ離れになったとき、あんなに不貞腐れてしまった。


 絵画の才能で義妹の日音にまったく及んでいない現実に絶望して、父親に見放された事に絶望した事が一番大きかったとはいえ、俺がひきこもった理由の一端ではあるだろう。


 そして、それ以降ひきこもり続けた俺にとって、同世代の女の子というのは幻の存在だ。


 ロセット師匠を膝の上に載せているのだって、聖女リーチェにキスされたのだって、ぶっちゃけて言えばドキドキしっぱなしだ。恥ずかしくてそんな素振りは出せないが。


 そんな異世界で出会った美少女キャラクターたちの中でも、アリーシャは圧倒的に異色の魅力を感じた。


 男の本能に訴えかける、抵抗しようのない魅力とでも表現するべきか。


 もし、あんな子と付き合えたら――


 その願望は、おそらく俺の根幹部分から発生していた。


 何か、うまく説明できないのだが、彼女は初恋の相手、月那と少しだけ似ていた。


 外見などは離れ離れになった当時の彼女とはまるで違っているのだが、あのひょいっとクッキーを持っていく自由な感じや、優し気だが神秘的な瞳は、なにか近しいモノを感じさせる。


 月那も、あんなちょっと不思議な所がある子だった。


 思えば、月那と日音と3人で『デウス』を遊んでいたとき、アリーシャが少し月那に似ている、という話はされていた気がする。朧げな記憶だが。


 もっとも昔の月那はもっと明るかったし、なによりあれほど圧倒的な色香というものはまるでなかった。月那には失礼な話かもしれないが、実際そうなのだから仕方ないだろう。


 いずれにせよ――


 アリーシャ・アーレア。


 彼女の事を考えると、これからの学園生活に、期待や不安をいろいろと抱いてしまう。


 気になる少女ではある。

 それもかなり強く気になる。


 あの姿を脳裏に思い浮かべただけで、なにか心臓の動きがおかしなものになっている感じがするし、体験した事のない脳内物質が分泌されているとも感じる。


 もし付き合えるような事が万が一起これば、それは人生の絶頂ともいえるくらい嬉しいだろう。


 だが、ストーリー上、あの子はさっき出会ったルークの事を好きになるのである。


 そしてルークはシエル・シャットに惹かれる。


 もし俺がアリーシャと付き合いたいと本気で思うのであれば、これは極めて大きな問題である。


 これは諦めた方がいい恋なのか―― 


 悩ましい状況にため息をついてから、傍らにいる師匠に視線を向けて、


「帰りますか、師匠」


 と声をかけたのだった。

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