第20話 アリーシャとの出会い~冒険者学園入学試験にて~

 デウスの世界観において、王立オーベリア冒険者学園は、この世界における冒険者学園の中でも御三家と呼ばれる名門学園である。


 他に、ガノール帝国と白龍バイロン共和国が御三家とされる冒険者学園を領土に持っているが、この二国に比して国力が小さいのに、最も世界中から才能が集まる王立オーベリア冒険者学園は、教育分野において「最優」と名高い。


 そんなオーベリア冒険者学園だが、入学難易度の厳しさも世界最高峰と言われている。


 筆記試験は、問題こそオーソドックスながらも数問しか落とす事を許されないハイレベルな戦いとなっているし、冒険者としての実力を測る生存術と戦闘術の試験は、すでにプロの冒険者としてやっていける程度は当然と見做されているような難易度である。


 それもそのはず、オーベリア冒険者学園のモットーは『世界を護るA級冒険者を一人でも多く輩出する』事である。

 学生として入学する時点でG級やF級程度の力を持っている事は、その高き目標からすれば当たり前なのだ。


 上位陣ともなれば、E級の資格を持つ入学者もチラホラといるような世界である。


 プロとして何の問題もなく生計を立て家族を養っていけるようなランク帯が、E級である。


 そうした若くして優秀な人材が一学生として高みを目指すのが、オーベリア冒険者学園という場所なのである。


 さて、そんな入学試験に今挑んでいる俺、サルヴァ・サリュは、ここ3ヶ月の「地獄の冒険者ツアーwithロセット師匠」の結果、D級の資格を保有するに至っていた。


 今年の入学者でD級以上に到達している者は、他にいないらしい。


 午前の筆記試験の後、午後の生存術の試験に挑んだ俺は、敷地内にある山の中行われた探索試験を首席で合格したらしい。

 地図を手に、指定のチェックポイントを回りながら、薬草の採取やモンスターの狩猟などを行う4時間ほどの試験内容だったが、正直に言えば普段やっていたクエストより難易度が低すぎて逆に戸惑った。

 いかに師匠が今までハードワークをこなさせていたかを如実に表していると言える。


 今俺は、18時より演習場で行われる戦闘試験を控え、しばし学内のカフェテリアで休憩を取っていた。


「おい、あれ、サルヴァ・サリュだぜ。あのコーネリア伯の舞踏会でろくに踊れもしなかったっていう……」


「セリス候の娘の誕生日会で、セリス候のメイドに無礼な態度を取ってセリス候が激怒したとも聞いたわ。よくもそんな奴がこの名門の入学試験に来たものよね……」


 受験生たちに与えられた2時間休憩、漏れ聞こえてくる彼らの会話から分かった事は、この悪役貴族、サルヴァ・サリュの世間での評判は、デフォルトで最悪だという事だった。


 貴族の世界は狭い。


 様々なパーティなどで幼い頃から交流を重ねてきた彼らの人脈においては、悪評というのは極めて迅速に広まっていく。


 努力もせず、傍若無人で、愚かな人格をしていたサルヴァは、既に相当量のレッテルを張られているようであった。


 そんな会話が遠くから聞こえてくるのを聞きながら、俺は一人、紅茶を飲みながらクッキーを食べる。


 もぐもぐ。クッキー美味いな。流石は名門学園、シェフも一流である。


 そんな呑気な感想を抱きながら、周囲の敵意を受け流していると、一人の少女が、なにやら俺の所まで近づいてきた。


 横目に見えたその恰好は、貴族家出身の子供が多い周囲の中では浮いた平民の町娘らしきもので、短い丈のスカートから伸びた太ももが目を惹いた。


「美味しそうなお菓子ですね。おひとついただけますか?」


 その物言いは、かなり傍若無人。初対面でクッキーをねだる根性に敬意を表して、ご尊顔でも拝んでやりますか、と少女のいる右側を振り向いたとき――

 

 ――思わず俺はクッキーを右手から取り落としてしまっていた。


 少女があまりに、あまりに魅力的だったからだ。


 まるで氷のような薄い水色の髪は、艶々とした輝きを放ちながら腰元まで伸ばされ、町娘らしい自由闊達な跳ね方をしている。


 そして、その顔――


 ――ドクン。

 その顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ねて暴れまわる。


 自分の頬が熱くなって、おそらくは顔全体が赤くなってしまっているのを感じる。


 あまりにもあまりな美少女だった。

 その瞳も、鼻も、頬も、唇も、すべてが完璧なバランスで、神の被造物として存在していると感じられた。


 優し気な雰囲気の目元は、何を言ってもすべて受け入れてくれそうな包容力を感じさせる。

 だがその瞳は、深遠に奥深い輝きを放つ濃い紫色の瞳で、その神秘性が、少女がただ優しいだけの少女ではなく、もっと何か危険で魔性的な存在である事を示しているかのようだった。


 そんな少女は、俺が座るソファーの横に何も了承を取らず腰掛けると、俺の返事を待たずクッキーを手に取って、もぐもぐと食べ始める。


「美味しいです」


 そんな勝手な感想を述べる美しき桜色の唇に吸い込まれて行くクッキーすら、なぜかとても艶めかしく感じられてしまい、自分の本能が少女を求めてしまう。


 一言でいうなら、異常に色っぽい少女だった。

 とても15や16歳とは思えない色香を放つ少女は、町娘のはだけた上着から胸の谷間を覗かせながら、こちらを向いてこくりと首をかしげてみせる。


 全てが俺のドストライクだった。


 可愛い。可愛すぎる。こんな天使みたいな子がいていいのか――


 しばし見惚れてしまっていた俺は、しばらく遅れてこの少女が『デウス』におけるキーキャラクターである事に気づく。


 少女の名前は、アリーシャ・アーレア。


 『デウス』シリーズにおける主人公の学園時代の仲間キャラであり、絶世の美少女でありながら、主人公に報われない片思いをしながらヒロインシエルと主人公が仲を深めていくのを悲しく見つめている、悲劇のヒロインキャラクターである。


 しかしその正体は、秘密結社〈円環の理〉の幹部、〈恋の秘密を唄う使徒〉アリーシャであり――


 俺がプレイしていない第六作において、サルヴァと主人公亡き後、主人公を滅ぼした女神の力ごと世界を滅ぼす、ある意味ではバッドエンドの主因ともいえる少女である――


 そんな少女は、そのままスタっと立つと、


「クッキー、ありがとうございました。またください」


 と言ってすたすたその場を去っていく。


 俺を遠巻きに観察していた悪意たちは、唖然とした表情で少女の振る舞いを見つめていたようだった。


 後に残された俺、サルヴァ・サリュは――


「す、好きかもしれない――」


 アリーシャに一目惚れしていた。


 少女が〈恋の秘密を唄う使徒〉、つまりは魅了の力を操る使徒である事である事を知っていても、全く抗えなかったし、抗う気にもならなかった。


 アリーシャ・アーレア、恐るべし……

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