第22話 メインヒロイン・シエル

 それから1週間後。


 無事入学手続きを済ませた俺は、いよいよ王立オーベリア冒険者学園の入学当日を迎えていた。


 制服に着替え登校した俺が、学園に到着して最初に見る事になったのは、掲示板に貼りだされたクラス分けの発表だった。


 1年特別クラス『Ⅴ組』。それが主人公たちなど、『デウス』のメインキャラクターが配属されるクラスの名だった。


 この学園は基本的に貴族クラス『Ⅰ組』『Ⅱ組』と平民クラス『Ⅲ組』『Ⅳ組』で構成されている。


 だが、貴族と平民の中でも特に能力が高い、あるいは特殊な才能を持った者は、最後の番号『Ⅴ』を冠した1年特別クラス『Ⅴ組』に配属されるのだ。


 この『Ⅴ組』だけが、唯一この学園における貴族と平民の混合クラスであり、この学園を代表するクラスでもある。


 この学園は2年制だが、2年に上がる際にクラス替えは無い。


 よってこの『Ⅴ組』のメンバーで、俺たちはこれから2年間の学園生活を過ごす事になる。


 御三家の名に相応しい、金のかかった意匠の校舎を歩いていくと、原作通りのクラス配置で、Ⅴ組の教室に辿り着くことができた。


 この学園は、選択した授業によっては他のクラスと合同で授業が行われる事も多いが、必修の授業などはクラスごとに分かれて開催される。


 その日のスケジュールは1時限目にホームルーム、2時限目に入学式、3時限目に講義選択ガイダンスと選択科目の決定が行われ、4時限目以降に寮への引っ越し作業が行われる事になっていた。


 その後、自由時間となり、翌日以降に本格的に授業が始まる形だ。


 俺は少しばかり勇気を出して、Ⅴ組の教室の扉を開ける。


 朝早くから学校を訪れていたので、そこにはまだ1人の少女しかいなかった。


 そしてその少女を見た瞬間、俺はまたしても、「本物だ――」と強く思った。


 ふわふわした白髪をウェーブさせて肩の横に広げた美しい髪に、窓から朝日が差し込んで橙色に輝く様は、巨匠の描いた絵画を想起させる。


 そしてその下の明るい桃色がかった瞳が、静かに目の前の本に視線を落としていた。


 色合いだけで言えば明るい印象のキャラクターなのに、どこか神秘的な眠そうな表情が、このキャラクターだけにしかないメインヒロインとしての強いイメージを見る者に焼き付ける。


 ――シエル・シャット。


 クーデレ界の天使、なんて地球のネットでは呼ばれていた、魅力たっぷりの超人気クーデレメインヒロインである。


 引きこもり続けていた頃の俺が恋していた二次元キャラクターでもあり――


 まさにこのサルヴァ・サリュというキャラクターによって、寝取られた末に殺される、悲運のキャラクターでもある。


 そしてその殺された原因こそ、彼女が隠し持つ『女神の力』であるが――


 現時点ではこの事を知るのは、ごくごく一部のキャラクターに限られている。


 そして偶然にも、俺が指定された席は、彼女の席と隣だった。


 黙って座ってみると、本を読んでいた彼女はぱたりと本を閉じ、こちらに視線を向けると、こくりと首をかしげてこう言った。


「……おサルさん?」


 思わず笑ってしまいそうになるが、その表情が破壊的に可愛かったのもあり、少しばかり恰好をつけたくなって、結局こう名乗って場をしのぐ。


「はじめまして。サルヴァ・サリュと申します。よろしくお願いしますね」


「……丁寧なおサルさん。そんなにかしこまらなくていい。シエル・シャット。よろしく」


 そう言って、彼女は俺に手を差し伸べて、握手を求めてくる。


「わかった、よろしく頼む、シエル」


 そう言いながら握り返した少女の手の感触は柔らかかった。


 俺はいろいろな意味でドキドキするのを感じながら、少女の凄まじい美少女フェイスを、正面から見つめる。


「いいお返事。そんな感じで話して。家の事は気にしなくていい」


 シエル・シャットは、名門公爵家貴族シャット家に拾われた養子というキャラ設定である。サルヴァから見ても格上の家であり、本来なら気を遣う相手だ。


 もっとも、シエルが養子になったのは比較的最近なので、パーティなどでのサルヴァとの面識はなく、結果としてサルヴァの悪評も知らない形となっている。


 ところで、シエルが拾われた経緯には、とある古代文明の遺跡が絡んでいる。


 シャット領内に存在するその遺跡の最深部で眠っていた、古代文明の遺産と思しき生命体。


 その生命体こそ、シエル・シャットの正体なのである。


 シエルの身体の中には、女神『デウス』の力が眠っている。


 その力はまさに世界を支配する力と言えるほど強大なこの世界最強にして唯一の力で、シエルはその力を一人隠して生活している。


 そんな隠し事の多いシエルを、正面から太陽のような優しさで心開かせていき、いつしか両想いとなり恋仲になるのが、入試結果発表で一目見たルーク・ルフェーブル、この『デウス』における主人公である。


「サルヴァ、ちょっと占ってあげる。わたし、占い、得意」


 シエルについて考え事をしていると、突然目の前の少女はそんな事を言い出す。


 シエル・シャットは、この何とも言えない唐突さと共に放たれる、独特な言葉遣いも人気があるポイントだ。


「そうだな、せっかくだし、頼もうか」


「わかった。わたしとの相性、占ってあげる。手のひら、出して」


 シエルは相当な天然であるため、平気でこのような冗談なのか本気なのか分からないような言動をする。


「光栄だな」


 そんな無難な返答をしながら、俺は右手を差し出して、シエルに委ねる。


「むむむ。これは……」


 俺の手のひらを見つめていたシエルは、そこで表情をどこか真剣な物に変える。


「たった一人の運命の相手、って出た」


 その真剣な表情でそのまま至近距離で見つめられて、ドキドキと鼓動が早くなるが……


「なんちゃって。てへ」


 そう言って、突然ふにゃっとした笑顔になる。


 か、可愛い……


 なんだこの可愛い生き物……


 伊達に思春期の俺の心を鷲づかみにしてないな……


 やっぱりこういう子をハッピーエンドにしてあげたいな。


 寝取って殺すなんて絶対ダメだ。


 そんな決意を固めながら、俺は赤くなった顔でこう言った。


「心臓に悪いよ、シエル」


「……ドキドキした?」


「ああ」


「悪戯成功。むふふ……」


 そんな事を言ってむふふと笑うシエルは、やはり可愛すぎた。


 この前アリーシャに一目惚れのようになったばかりなのに、俺の心は浮気者である。


 なんでこの世界はこんなに魅力的なヒロインが多いんだ……!


 俺は今更ながら、『デウス』世界の魅力と恐ろしさを感じていたのであった。


「……おはようございます!」


 その時、教室の扉を開けて、一人の少年が挨拶しながら入ってきた。


「あ、キミは……」


 俺に目を止めて、声をかけてきたのは、誰あろうこの『デウス』における不動の主人公。


 ルーク・ルフェーブルその人であった。

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