霊媒令嬢とその家族

カフェ千世子

霊媒令嬢とその家族

「姉上ってさー。このまま、行かず後家になるつもり?」

 不躾なことを、堂々と言ってのけるのはこの家の令息リオン。

「僕、嫌だよ?将来のお嫁さんが小姑にイビられるとかさー」

「あんたこそ、性格のいいお嫁さんをちゃんと選んでよね。私だって、義妹にいじめられるとか嫌よ。外面取り繕うのが上手い女とかだと逆に私にいじめられたって吹聴するなんてお手のものでしょ」

「仲良くしなさい…」

 こめかみをもみながら苦言を姉弟に言うのはこの家の家長、マシュー・アーネット伯爵だ。


「クレア。今日の予定は?」

 父マシューが尋ねるのは、クレアの夜の予定だ。

「本日は特にご予約などは入っておりません。飛び込みのお客様がいらっしゃる可能性はございますが」

 涼しい顔で受け答えしながら、他人事かよと内心でクレアは毒づく。

 それを横目で見ていた弟が、にやにやと笑った。

「ご令嬢が夜のお仕事してるなんて、いかがわしく聞こえるね!」

 この能天気野郎。クレアは内心で浮かんだ悪口をいっそ口にしてやろうかと弟をにらむ。

「そんな言い方をするんじゃない」

 クレアが口を開く前に、父が諫める。クレアの怒りの矛先は、それで父の方に向いた。


「ええ。だって私がこんな生業をするのは、父上の采配ですものね」

 あんたのせいだぞ、と弟に向けていたにらみを父に送る。

「親をそんな目で見るんじゃない……」

「そうですよ。お父様を労いなさい」

 父が弱々しく言ったのを受けて母が割って入る。

「ああ。マーシー……」

 父が席に座ろうとした母に抱き着く。母は抱き着いてきた父をよしよしと慰める。

 そんな両親をクレアは白々とした目で眺める。両親の仲が良好なのはいいことなのだが。



「頭が痛いんだ、マーシー」

「まあまあ。ハーブティーは飲まれました?」

「まだ」

「持って来てもらいましょうね」

 よしよしされている父が情けない。クレアはハアとため息を吐く。

「頭痛の原因も父上のせいですよねえ」

「私のせいではないイザード卿のせいだ」

「イザード卿が持ってきたあれのせいですよね? イザード卿がわざわざ持ってきたのは、父上を頼りの思ってのことですよね?」

「私を頼りになど思ってはおらんさ。……面倒を押し付けようとは思ってるだろうが」

「ですから、父上がイザード卿のお願いをはねつけてくれなかったせいですよねえ⁉」

 クレアが強く言えば、父はすっと目を逸らす。

「もう、クレア……お父様は寝不足でいらっしゃるのよ」

「私もですけど⁉ だから、その寝不足の原因がイザード卿が持ってこられたあれですよねえ!」

 おっとりとたしなめてくる母にクレアは言い返す。



 ここ数日。アーネット家の面々は不眠に悩まされていた。発端は父の知人イザード卿が持ってきた骨董品だ。骨董収集が趣味のイザード卿は呪いや霊障の噂のあるいわくつきの一品を手に入れては、解呪しろなどと父に押し付けてくるのである。

 父はなんのことだかわからないとはぐらかしてはいるが、毎回押し付けられては、数日後にイザード卿が引き取りに来ると言うことを繰り返していた。



「あの方、父上のことを絶対にわかっておられますよね」

「そうだと言った覚えはないんだが」

「顔隠してたって、声はそのままでしょ。バレバレじゃん!」

 リオンがけらけらと笑う。クレアとマシューは同時にため息を吐く。無責任野郎は気楽でいいなとつくづく思う。

 だが、いわくつきの品の解呪には大いに役立っている。何もしてないのに、役立たずではない辺りが憎たらしい。



「イザード卿は今日辺りに受け取りに来るそうだ」

「じゃあこの不眠ともお別れですね!」

「姉上も父上も繊細だね~」

 お前が図太過ぎるんだ! とは親子共通の認識だろう。

「確かに、少しうるさかったわねえ」

 おっとりと言うのは母だ。彼女もどこか鈍いところがある。霊的な能力がない、普通の人ならばこのくらいの感覚が普通だろうか。クレアは考察する。




 イザード卿が持ってきたいわくつきのオルゴールは、毎晩ある時間になると呻き声をあげていた。どこがオルゴールだという音色である。

 怨嗟の声のような、明らかに故人の無念を周囲にまき散らしていた。

 それは弟リオンの部屋に置かれていた。彼には霊的才能はない。だが、心霊現象を己の身に近づけないという特性があった。本人は無自覚である。

 恐らくはアーネット家の先祖にとても信心深く神の加護を受けるに等しい功績を残した人がいたのだろう、とは父の見解である。その先祖の恩恵を受けているのが、リオンだという。


「確かに、一定の時間になるとオルゴール鳴り出すけどさあ。ただの故障か何かだと思うなあ」

 本人はまったくの無自覚だ。クレアやマシューが聞いている怨嗟の声など全く聞こえていない。そして、彼の側に置かれた霊障を放つ呪物はいつの間にか効力を失う。


 幽霊など彼は見たこともない。

 よって、クレアがマシューから引き継いだ仕事に関わることなど、彼にはできないのだ。



 クレアがマシューから引き継いだのは霊媒師としての仕事である。そして、マシューはその仕事を彼の母から引き継いでいた。


 都にて夜な夜な暗躍する霊媒師ウィザーズはクレアの祖母が始めた稼業である。

 彼女は元は人々に踊りを見せながら各地を巡る流浪の民であった。そこを彼女に一目ぼれした祖父が拝み倒して妻にと望んだらしい。

「あんた正気?」

 と祖母は祖父に言ったそうだが、祖父は身分差を超えるための諸問題をすべて解決して祖母を伯爵夫人にしてしまった。

 祖母は祖父に結婚の条件として、自分のやりたいことをやらせてくれと言ったらしい。

 そのやりたいことが霊媒師。彼女は踊り子をしながら、霊的問題を解決する巫女でもあったのだ。


 祖母は伯爵夫人としての社交はおざなりにこなしながら霊媒師を続けていった。

 父がそろそろ成人しようかという頃、祖父は父に家督を譲って引退すると言い出した。その際、妻と旅行がしたいとも言い出したのだ。


「じゃあ、次のウィザーズは任せたわ」

 祖母は父を後継に指名した。伯爵になる準備はしていても霊媒師になる準備はできていなかった父だったが、二人は旅に出てしまいやらざるを得なくなった。


 そこで無視するという選択ができなかった辺り、父は気が弱い。


 二代目ウィザーズは霊媒師としての腕はそこそこだった。苦し紛れに占いなどをしてみた。すると、これが正解だった。マシューは占い師としての才があったのだ。

 ほどほどに仕事をこなしてからの引退を目論んでいたマシューであったが、客は尽きることはなかった。評判が落ちれば仕事は絶えたものを、彼は予想よりも長いこと二足の草鞋生活をすることになったのだった。



 イザード卿は父マシューがウィザーズをやっていた頃、彼の元に通っていた客である。若く悩めるイザード卿はウィザーズに占いをしてもらっては気力を取り戻していたらしい。

 後年、気取りない様子でアーネット家に押し掛けては骨董品を押し付けてくるようになった。

 ウィザーズのことはイザード卿とマシューの間ではまったく話題には出していないそうなのだが。



 霊媒師ウィザーズは現在さらに代変わりして3代目である。

 クレアはある晩、父に唐突にこじんまりした館に連れていかれたかと思うと、今日からお前がウィザーズだと告げられたのだった。

 霊媒師としての仕事のあれこれなど特に教わっていない。初日は父が客から話を聞いて占いをする様子などを陰から窺っていた。

 父の占いは家でも見たことがあるので、手順はわかっていたが、霊媒などやり様がわからない。父に訴えると、書き留めた帳面を見せてくれた。

 祖母がやっていたという霊媒の手順が書かれていた。

「私がこれをその通りにやっても、成功率は大してよくないんだ」

「ええ……」

 その頃、ウィザーズの元に来る客は大半が占い目当てだった。

 父に言われて占いをしてみるが、父は首をかしげる。占い師としての腕はクレアはそれほどでもないらしい。


「う~~ん。どうしよう。でもなあ……」

「なぜ、私に押し付けるんです」

「だって、そうすべきだとしか思えないから……」

 的中率の高い占い師はずるい。とクレアは思う。勝手に発言に信用性が生まれて、やることに強い否定ができない。彼が最良だと思う選択は大体間違いがないからだ。


 その晩、珍しくウィザーズの本業霊媒が依頼された。マシューがクレアにやってみなさいと言う。

 これがそれなりにうまくいってしまった。3代目ウィザーズ誕生の瞬間であった。




「事が起こったぞ!」

 イザード卿が意気揚々とアーネット家を訪ねてきた。

「やはり起こったぞ。見立て殺人が! 犯人め、件のオルゴールがないのに、それを知らずに事を起こしよったわ!」

「ええ……」

 霊障の解呪が目的ではなかったのか。さらなる面倒ごとの気配をさせながら、イザード卿はご機嫌だ。アーネット家の面々はそれぞれドン引きしている。

「イザード卿ー、あのオルゴール毎晩勝手に音が鳴り出すんですよー」

「ふむん? そういう細工がしてあったか」

 リオンの言葉に、イザード卿が考え込む。霊感がないリオンの感知していることは、人間の仕業だとはっきりしているからだ。



「クレアお嬢様、ミーガン嬢がお越しです」

「すぐ行くわ」

 クレアはこれ幸いと席を立つ。逃げる口実ができた、とそそくさと用意をしに自室に戻る。



「おはようございます!」

「おはよう、今日は何のご用?」

 ミーガン嬢が待ってましたと目をらんらんとさせながら語る。嗅ぎつけた何かを探りたいと誘いの言葉だ。

「そう言えば、どなたかいらっしゃっているのですか?」

「ええ。イザード卿がまた面倒な品を持ってこられて……」

 ミーガン嬢は好奇心の塊だ。ウィザーズとしての仕事で得た情報ならば、こうやって話を漏らすこともないが、今回はそうではない。なので、クレアは遠慮なくしゃべってしまう。



 連れ立って家を出ようかと言うときに、父が顔を出した。

「あまり暗いところには行かないように。狭い路地なんかは避けなさい」

「……はい。承知しました」

「日が落ちる前に帰るんだよ」

「ええ」

 心得たとうなずく。


「お父様、ご心配なのですね」

「あれは……」

 あれは占い師の助言だ。父としての心配ももちろんあるだろうが、明らかに目つきが違った。


 父は時折こういうことをするのだ。時に、水辺には近づくなと言ったり、落し物を拾うなと言ったり。

 そして、ミーガン嬢を一目見た時にもこういったのだ。

「友達は大事にしなさい」

 クレアは押しかけてくるミーガン嬢をどうしようかと悩んでいた。そこへ、父が彼女を友達だと言ったのだ。大事にすべきだ、と。


 あるときは、彼女と仲良くしなさいと言い、あるときは時には喧嘩も必要だろう、と言った。

 あれは予言だ。あまりに当たるので、手のひらの上で動かされているのではないかと言う気になる。だが、違うのだ。



「占い師ってずるいですわね」

 クレアの言葉に、ミーガン嬢は首をひねる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊媒令嬢とその家族 カフェ千世子 @chocolantan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ