一人の少年

 この世界には、創造神ローズメビエスと呼ばれる女神と、破壊神ガルガンチュアと呼ばれる魔神が存在しているといわれている。


 女神と魔神はお互いに忌み嫌っており、『喧嘩』という名の惑星間の戦争を繰り返し、いくつもの惑星を破壊していた。

 女神は考えた。どうしたら、愛しの我が子達と幸せに暮らせるのかと。

 そして、女神は一つの結論にたどり着いた。

 世界を一から創造すればいいのだと。

 女神は、この宇宙と魔人族を除く知的生命体を創造し、自らが作り出したこの星に住まわせることにした。

 だが、魔神はそのことに気が付いており、どうにかして女神が新しく作った世界に入ろうと考えていた。

 ただ、その世界は魔神が侵入できない様に強固な結界が張られており、魔神は手も足も出すことができなかった。

 だからこそ、魔神は自身の力を欠片を世界にばらまくことにした。

 そして、そこから生まれた種族が魔人族と言われている。

 魔人族は、魔力を大量に吸収することで生まれる生命体だ。


 だからだろうか…女神は気が付くことができなかった。この世界に魔神の力の欠片が生まれ落ちたことに……。


 だが、女神も馬鹿ではない。

 時間がたてば気付かれることを魔神は分かっていた。それでいて、行動を起こさなかった。

 結果、女神は魔人族に気がついても何もしなかった。

 それどころか、一種の同じ世界に生まれた魔人族を我が子の様にかわいがった。

 それこそ魔神の思惑と気付かずに。

 魔神は少しずつ…少しずつ慎重にことを進めていた。

 それが何を意味するのか……。


「ここから先は破られているみたいね…」


 読んでいた本を閉じ、部屋の中から外へと足を向ける。


「やっぱり、ここら辺じゃ新しい情報は何もなかったわね。

 さっきの本も、この星の誕生秘話と…魔神と、女神の話しだったし……」


 先ほどの本は子供に読み聞かせするために少し改良が加えられた本であり、事実とは少し異なる部分が存在している。

 そして、さっきの本の破れた部分を簡単にまとめるとこうだ。


 魔神が時間をかけて、世界征服を企んでいたという事。

 そのことを女神は見抜けなかった。

 いや、あえてそうしたのか…結果だけ言ってみれば、また戦争が始まった。

 さらに、魔人族の宣戦布告と共に人類側からも魔人族に寝返る人が現れた。

 そして、魔人族による統治が始まったと言うわけだ。

 魔人による世界統治が約500年も続けられる。

 だが、一度その魔人による統治を終わらせた人物がいる。

 その人物こそ…エーテル=ロッド=メザー。

 帝国を建国し、魔人の手から救い出した英雄として称えられている。

 そして、時代の分岐点となる晃央歴が始まる。


 ただ、勘違いしてはいけないのが戦争が終わった訳ではないということだ。

 統治者が変わっただけで、戦争自体は今も続いている。

 そこで、私たちは魔人族と神に対抗するために、が新たに力を作り出した。

 それこそが――


「術式…その適合者を見つけ出すのが今回の任務なんだけど、この調子だと見つかりそうもないわね。

 早く見つけないと、この世界が手遅れになる前に……」


 魔人が統治している時代は今ほど世界は崩壊してはいなかった。

 なぜならば、倒すべき敵が一点に絞られていたからだ。

 これまで人間は、魔人に幾度となく殺されてきた。

 だが、統治者が変われば世界の流れも変わる。

 人間でも魔人に勝てると証明できてしまったのだ。

 さらに、エーテル=ロッド=メザーは一つの真実を全人類に叩きつけた。


『世界は実力がすべて!強い者が奪い、弱い者が奪われる。それが、世界の真理でありただ一つの答えだ』


 この一言がきっかけとなり、世界は一気に傾くことになった。

 崩壊へと……。


「術式の適正者なんて、そうゴロゴロ転がっているもんじゃないって分かってるけど……」


 この術式という力にはまだ解明できていないものが多く、この力が生まれたのは偶然と言わざるをえない。

 そして、魔人に対抗できる切り札にもなり得るだろう。


「はぁ…私も一様この術式の適合者にはなれたものの、あの苦痛を他の人にも与えるとなると少しだけ心が痛くなるわね……」


 この術式の唯一の欠点それは…全ての魔力を違う形に変質させるということだ。

 簡単に説明すれば、魔力の総量は個人で決まっており、その魔力の塊を無理やり折り曲げる様なものだ。

 魔力とは、人間の第二の心臓と言ってもいい。

 それを弄られるのだ。強烈な痛みが走っても何ら不思議ではない。

 しかも、人間は魔力を感知することができないが、この時だけは魔力を感知できてしまうのも、痛みを与える一種の理由だろう。

 魔力を感知できていなければ、痛みは襲ってこないはずなのだから。


「はぁ~…というか、さすがにここら辺にはもう誰もいないわね……」


 誰もいないことを確認し、先ほどの男たちにやられていた少年へと近寄っていく。


「君、大丈夫?」


「俺に…話しかける…な!」


 この子は強い。自分よりも何倍の体格を持つ男に殺されそうになっても、意志を曲げなかった。

 だが、さすがにこんな小さな子を巻き込みたくはない。

 しかし、手段を選んでいられないのも今の現状だ。

 さて…どうしたものか……。


「はい、これ…君の物でしょ?」


 さっきの男がこの少年から奪っていた袋を少年の目の前におき、三歩ほど下がる。


 すると少年は、袋を大事そうに懐にしまう。

 そのことを確認し、もう一度少年に話しかける。


「ねぇ、力が欲しいとは思わない?誰にも負ける事のない力が…今の君じゃ家族は守れないよ」


「そんなの…やってみなきゃ……」


 先ほどの仕打ちを受けても心は折れていない。適合資格には十分だ。


「君も分かっているはずだよ?さっきの事を鑑みれば、君自身になんの力もないことが……」


「それは…!」


 少年は悔しそうな顔を浮かべる。

 そんなこと分かっていると言いたげな顔をしている。

 だが、それを押し殺し私の声に耳を傾けてくれている。


「力を手に入れれば、あそこで腰を抜かしてる盗賊もどきに復讐できるかもしれないよ?それとも、君はやられたままでいいのかな?」


「……」


「君、今何歳?」


「今日で10歳……」


「じゃあ世界能力を授かる年齢か…でも、この状態だと授かること自体が難しいかもね」


「そんな……」


 確かに10歳になれば、継承の儀を受けること自体は可能だ。

 しかし、世界能力は継承の儀を受けることでしか授かることはできない。

 そして、今の世界情勢から考えれば――


「この戦争が終わるまでは、継承の儀は受けられないと思う。

 そして、未来もない」


 悲しいのはわかるが、それが今起こっている現実だ。そして、現実から目をそむけることはできない。

 なら、違う方法で力を手に入れればいいだけだ。


「私なら、世界能力に代わる力を君に授けることができる。

 でも、それにはとんでもない苦痛を伴うかもしれない…それでも、変わりたいと思うのなら、私の手を取りなさい」


 ここで停滞するか、先に進むかはこの少年のきめることだ。

 手を取らなくても、それはこの少年の選択だ。私が何かを言うしかくはない。


「やる!家族を守れる力が欲しい!」


 少年が私の手を取り、覚悟の決まった瞳でこちらを見据えてくる。


「その代わり、一つだけ条件を付けてほしい...僕の母さんを保護してほしい!」


「それは、君が手を取った時から決まったことだ。

 心配しなくても、しっかり保護するよ」


 これで、この少年は力を手に入れた。あとはこの少年の力の使い方次第だろう。


「君、名前は?」


「ティアフォルト=ビクトリア」


 力強い瞳でこの腐りきった世界に抗う意志を見せた少年は近い未来、試練が与えられるだろう。

 それは、世界を救う力になるのか、はたまた破壊する力になるのかはまだ誰にも分からない。

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