第54話
『あなたがこのメッセージを見ていることを祈って、ここにあの後の事を書いておこうと思います』
『もしかしたら、結果を知るのが怖くて帰って来ないのかなと思って』
『戦後は平和そのものです。
アーシャはあの後1ヶ月後も生死の境を彷徨っていましたが、それでも目を覚ましてくれました。
本人の希望で戦時裁判も開かれたけど……強要された研究だったし勿論無罪になって、今はセルイーター細胞の研究を発展させた再生医療の研究を続けています』
『お父さんやスペースウォッチの皆も、元々の研究者としての仕事へと戻っていきました。
お父さんは次元エネルギー理論の民間利用のための研究が楽しくて仕方がないという感じです。でも、ちゃんと晩御飯には帰ってきます。
本人にはいえないけど……嬉しいです』
『浮いた話といえば、最近ニーナはどうもお父さんの事が気になっているようです。
普段あれだけダウナーな彼女がお父さんの前ではあからさまにお淑やかになる姿が面白すぎて困っています。
(キャラが迷走して「理華さん」 なんて言い出した時には大笑いしてしまいました)
死んでしまった彼氏さんのこととか、年の差のこととか……いろんな葛藤があるみたいですけど、なんにせよ彼女には幸せになってほしいです』
『こんな感じで、皆平和を満喫してます。
でも、私は、ずっと心にぽっかり穴が空いたようです。
何年かかっても構いません。
もし、あなたが他の誰かと恋人になっていたとしても、受け入れるつもりです。
あなたが戻って来てくれる日を、私は待っています』
理華は情報端末を眺めた後、ため息をついてポケットに仕舞う。
ザークと人類の決戦から2年が経過した。
人口の8割を失った人類は、どうにか文明を取り戻しつつある。
セルイーター・フレイムが最後に放った一撃は、プラネットイーターと同化したワイズを吹き飛ばした。
その際に発生した衝撃波とエネルギーの放射は凄まじく、決戦艦隊はコントロールを失うと不時着する事となる。死者が居なかったことが奇跡と言えるほどの規模であった。
決戦艦隊にとって想定外だったのは、その後に如月雄士と御手洗小鳩が見当たらなかったことである。
捜索を行おうにも肝心の船は機能を停止しており、自己修復機能により船が動き出した時には一週間が経過していた。
けが人も多く、捜索は断念される。
やがて捜索が再開されるも、追跡は困難を極めた。戦場が海に隣接していた事が致命傷となり、やがて捜査は縮小された。
彼を捜索する船を物資の輸送に費やすことで救われる人間の数の方が遥かに多いことは明白である。
優先事項は火を見るより明らかだった。
戦争は終わったのだから。
「おはよう、いい朝ね」
凛とした声に、受付嬢は笑顔を浮かべて挨拶を返す。
「おはようございます!理華先生!
どこかへ行かれるんですか?」
軍の研究施設を再利用して設立された連邦科学研究所の最年少研究者である理華に、この受付嬢はあこがれを抱いている。
知性と美貌を持ち合わせながら、だれに対しても気さくで嫌みがないというのはなかなかできることではない。受付嬢は彼女と話せる時間をいつも楽しみにしていた。
「先生はやめてっていつも言ってるじゃない。
同い年よ、私たち」
「無理ですよぉ。先生は私のあこがれなんです!
それで、今日はどちらへ?」
受付嬢が尋ねると、理華は気まずそうに瞳をそらす。
それだけで、彼女には理華の行き先がわかってしまった。
「空港ですか?」
「あはは……私、そんなに分かりやすいかしら?
気分転換もかねて、ね」
「いいお天気ですもんね。お気をつけて!」
理華を笑顔で見送ってから、受付嬢は目を伏せた。
彼女がこの施設の受付嬢に採用されてから、彼女はいつも誰かを待っていた。
その相手は、誰しもが知る大戦の英雄で、今はもういないあの人なのだ。
「あの~、ここに伊藤理華って人が居るって聞いたんですけど」
感傷に浸っていた分、受付嬢は来客の姿を見て両目を吊り上げた。
似たような迷惑客は、もう長らく彼女の頭を悩ませ続けているのだ。
「あのですね!如月雄士のコスプレはよそでやってくださいっ!」
「へ?」
受付嬢の剣幕に、その男は間抜けな声を出した。
左半身を焼け跡で包み、左目は白く濁っている。どこか気の抜けたその男は首を傾げた。
「いや、コスプレっていうか……。
そもそも、なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「知らないわけないでしょ!大戦の英雄なんだから!
彼が失踪してることいいことに、彼に成りすまそうとする馬鹿から、彼の居場所を知ってるふりをしてかまってもらおうとするアホばっかり来るんですよ、だれも理華先生の気持ちなんて考えないで!
あなたみたいな人は最低です!」
受付嬢は怒っていた。
世界が平和になると、人々は娯楽を求めた。
嘘か誠かをまるで問題とせず、ゴシップは拡散する。その中には当然、世界を救った英雄の如月雄士と、彼と親しい中にあったという伊藤理華の話もあった。
記者まがいの人間から、雄士に成りすまそうとするものまで出る始末であり、最初は情報を求めて直接対応していた理華も次第にまともに取り合うことをやめた。
彼女が心無い人々に心を踏みにじられる様子を受付嬢はずっと見ていたのである。
「やっぱり、大遅刻か」
「え?」
彼女に対する返答ではないつぶやきに、受付嬢は戸惑う。
「理華のために怒ってくれてありがとう。
これからもよろしくな。あいつ、寂しがり屋だから」
男はあっけにとられている受付嬢に背を向ける。
彼の影から、今まで後ろに隠れていたらしい少女が顔を出した。
「ここで待ったほうが良いのではないか?」
「聞いたろ、彼女に悪い」
「はぁ、相変わらずお優しいというか、八方美人というか」
「うるせい。ほら、行こう。
理華が待ってる」
「うむ」
随分と素直に、2人は出ていった。
今までの冷やかしとは明らかに違う態度に、頭の片隅で何かが引っかかる。
受付嬢は理華が教えてくれた「偽物を見分ける方法」に、どこか場違いな話があったことを思い出した。
雄士は、少女と一緒に現れるはず。
彼女は確か、そう言ってはいなかっただろうか。
「うそ……!?」
慌てて建物の外に駆けだした受付嬢の目に映ったのは、いつもと変わらぬ街の風景である。
まるで蜃気楼のように、彼らはいなくなっていた。
今日の町はどこか浮ついているようだった。
子連れの男が街に出た強盗を吹っ飛ばしただとか、セルイーターが現れただとか、酔っ払いの妄言じみた噂話ばかりが聞こえてくることに嫌気がさして、理華は町から抜け出した。
傷ついた雄士がよくやっていたように、風に揺られて泣きたくなったのだ。
自然公園の階段をのぼり、町を下ろすことができる展望台へと理華は歩く。
静かな初夏の風が肌を撫でるような、穏やかな夜だった。
「あら?」
珍しく、今日は先客がいるようだった。
展望台の手すりから町を見下ろして男女が何かを話している。
「雄士のせいでひどい目にあったではないか。
悪目立ちしたばっかりに」
「でも、小鳩だって反対しなかったし」
「それはそうだが、もっとスマートかつインテリジェンスにだな」
「何も考えてないんじゃないか」
ひどく中身のない会話。
だが、それは理華の胸を締め付ける。
理華は走り出した。
人違いの可能性なんて、彼女の頭にはこれっぽちも浮かばなかった。
「ゆうじ、こばとぉ......!」
理華は二人に飛びついた。
「どわっ!!?」
「ふぎゃあ!?」
足音に振り返った二人は、理華の体を受け止めてすっ転ぶ。
「って理華ぁ!?」
「どうしてお前がここに居るのだ!?」
二人の体は暖かかった。
確かに、二人はここに居る。
「ひっ、ひっぐ、うぁあああああああああああああああああん!!
わあああああああああああああああっ!!」
理華は泣き叫んだ。
その様子に驚いていた二人だが、やがて顔を見合わせてほほ笑む。
ライトに照らされる展望台で、三人は不格好に転びながらも抱き合う。
「ただいま」
「おかえりなさい……っ!」
小鳩と雄士は、決壊したように泣き続ける理華が泣き止むまで、彼女を強く抱きしめていた。
「おそい!」
泣き止むや否や、理華は怒った。
「こ、これには理由がだな……」
「理由?」
雄士の弁明に、小鳩は強く頷く。
こんな時だけは息ぴったりである。
「最後の一撃の後、我々はその余波で吹っ飛んだ。
気が遠くなるぐらい吹っ飛ばされて、気が付いた時には見知らぬ土地にいたのだ!
大変だったのだぞ!人はいないし、何よりこいつは記憶を失うし!」
「えぇっ!?」
「いや~、びっくりだよな。
小鳩が言うには、細胞の暴走のせいで脳にかかる負荷を防ぎきれなかったらしいんだ。
それで、最初は何にも思い出せなくって……。
でも俺、覚えてたよ」
「何を?」
「理華のもとに帰るってこと!」
理華はまた泣きそうになって、ぐっとこらえた。
久々の再開だというのに、顔はずいぶん不細工になっているだろう。
「ホントに大変だったのだぞ!
雄士は理華のもとに帰るんだというが、理華のこと以外覚えておらんからがむしゃらに歩くだけだし!
妾がいなければ雄士はとうにのたれ死んでおるわ!」
「まぁ、それで、小鳩と一緒にいるうちに段々といろんなことを思い出して……。
最初は生きるため位に精いっぱいだったけど、それでも何とかお金を稼いで。
ちょっとづつ、二人で情報を集めて、飛行機はまだまだ高いから密航したり捕まったりして、時間はかかったけど、ちゃんと帰ってきた」
しかし、怒れる理華に弁明は通用しなかった。
「それでも、おそいっ!」
「えぇ!?」
小鳩は雄士を非難するような目で見つめる。
「だから言ったではないか。
盗賊団なんぞにかまっている時間はないと!
奴らのせいで飛行機が爆発した時には死ぬかと思ったわ」
「ちょ、俺だけのせいじゃないじゃん!
俺が記憶のないのをいいことに小鳩が『妾はお前の幼馴染なのだ』とかいうせいで、色々悩んだ挙句喧嘩した時のほうがタイムロスだったって!」
「あっこら!それをばらすでない!」
「ふふ、ふふふふふ……」
二人の醜い争いを見て、理華は不気味に笑う。
「そっか、二人とも私をほっといて色々やってたんだ。
私はこんなにも心配してたのに……」
理華の二人を抱きしめる手が上へと擦りあがり、首の位置で力がこもる。
「ぐええ!痛い痛い!」
「締まってる!締まっておるぞ理華!」
「締めてんの、よっ!」
「なんという女だ!せっかくの再会だというのに!
逃げるぞ雄士!」
「えぇ~!?」
文句を言いつつも、雄士は小鳩と息ぴったりに理華のわき腹を突いた。
「ひゃぁ!?」
「いまだ雄士!」
「思ってたのと違うんですけどぉ~!」
腕をすり抜け、逃げ出した二人を理華は追う。
「待ちなさい!第一幼馴染に成りすますって何よ!
あなたにプライドはないの!?」
「やかましい!妾が理華と対等の立場だったら勝っていたかもしれんだろう!
まぁしっかり振られたがな!二度目はさすがに一日寝込んだわ!」
「雄士も雄士だわ!
盗賊団が何よ!どうせ襲われてる人たちのために戦ったとかそんなんでしょ!
関係ない人たちより恋人のこと優先してよ!」
「エスパーかよ!?
いや、悪いとは思ったけど!マジの悪人だったんだって!
俺たちが止めないと!」
「そうやってすぐ人のことばっか!私のこと大切じゃないんだっ!」
理華は涙をぽろぽろと零している。
そんな彼女を見て、雄士はため息をつくと突然立ち止まった。
「きゃっ!?」
勢いあまった理華の体を抱き留め、くるりと彼女を回す。
「ごめん。
これからは、ずっとそばにいるから」
理華は雄士を睨みつけるが、すぐに怒りは溶けていく。
「……それなら、許してあげる。
もう、次はないんだからね」
文句を重ねる代わりに、二人は唇を重ねた。
小鳩はそんな二人にやれやれと首を振って、二人が追いつけるほどにゆっくりと歩きだす。
二人は唇を離し、まだ遠ざからない小鳩の背中を見て笑いあうと、手をつないで走り出した。
Natural Enemy 着装戦記セルイーター 渡貫 真琴 @watanuki123
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