第52話

 ザーク獣との戦闘を繰り広げていた決戦艦隊のレーダーに、上空から何者かが落下してくる様子が映り込んだ。

 それがセルイーター・ワイズだとわかると、兵士達は歓声を上げる。

 しかし、その喜びも長くは続かなかった。

「なんだ、あれは……」

 プラネットイーターの死骸の上に墜ちたワイズは、突如泡のように溶けた。

 プラネットイーターの肉体が膨張し始め、何らかの造形を形作る。

「いかん!プラネットイーターに全員火力を集中しろ!」

 聡弥が異変に気が付いた時には、既に手遅れなほどに膨張が進んでいた。


『やったぞ!雄士!

 我々は勝ったのだ!』

「あぁ……やったんだな、俺達」

 雲の海を眼下に、青空の中で勝利の余韻に浸っていた雄士は違和感に眉を顰めた。


――戦闘の音が止まっていない。


 フレイムバーストは弾かれたように地上へと急降下する。

 そこで彼を待ち構えていたのは、巨大な怪物であった。

 馬のような胴体に、セルイーターの上半身が接続された外観の怪物は、降りてきた雄士を見るなり咆哮を上げる。

「あれがワイズなのか……?」

『我々ザーク人は同化能力を持つ……。し、しかし、生物としての構造が違いすぎるではないか!こんな事はありえん!』

 唖然とする二人に向い、巨人と化したワイズが体の至る所から這い出てきた触手をフレイムバーストに放つ。

 光が数度瞬いただけで、フレイムバーストはワイズの懐に飛び込んだ。

 胴体に全力の拳を叩き込むと、衝撃波で空気が揺れ、ワイズが吹き飛んだ。

 しかし、四本の足で勢いを殺すと、ワイズはフレイムバーストに殴りかかった。

 圧倒的なサイズ差の殴り合いは、奇妙にもフレイムバーストの馬力が上回る事によって成立する。

 フレイムバーストの拳を巨大な腕で防いだワイズは、胴体から生えた触手でフレイムバーストを殴りつけた。

「く、クソ、あのサイズで速度が落ちてない……!」

『雄士、バースト状態をそろそろ解かねば!消耗し過ぎた、限界が近い!』

 紙一重でワイズに勝利したフレイムは既に満身創痍である。

 それでも、追撃の触手を潜り抜けると、フレイムバーストは肩の水晶体をギョロリと開く。

「ブレストショットォ!」

 ワイズの胴体から這い出る無数の触手を光弾の連射で薙ぎ払うと、フレイムはスラスターで加速した蹴りをワイズに叩き込んだ。

 ワイズの巨大が吹き飛び、周囲の建物を巻き込み大地を転がる。

「やるしかないっ!もう一度セルバスターだ!」

 とうに限界を超えた体を奮い立たせ、フレイムバーストは胴体の水晶体を開いた。

『雄士!もう限界だ!

 バースト状態を解除するのだ!』

「駄目だ!バースト状態じゃないとアイツは倒せない!分かってるだろ!」

 フレイムバーストの胴体に光が収縮する。


 しかし、フレイムは突然片膝を付く。

「う……うぅ……あ、がぁっ……」

 頭を抱えると、フレイムバーストはその場で悶え始めた。

『いかん!しっかりしろ!雄士!』

 激闘による体力の限界と長時間のバースト状態は、遂にフレイムの限界を超えた。

 その隙にワイズは立ち上がると、好機と見るや走り出す。


 死がフレイムに迫っていた。




 アーシャは激痛の中で目を覚ました。

 思考の鈍った頭で記憶を探り、やがて戦闘中であることを思い出すと彼女は飛び起きる。

 自身に刺さっていた点滴やモニター用の電極を引き剥がして、アーシャは走る。

 彼女が居るのは中型の高速艦艇の様だった。

「戦況は!?」

 左腕を無くした傷だらけの女が転がり込んで来たことに操縦室はざわめいたが、彼女がアーシャだとわかるとすぐに返答が返ってくる。

「フレイムが苦しみだして動けずにいます!

 巨大化したワイズに対して航空戦艦が時間を稼いでいますが、時間の問題です!」

 アーシャが外を見ると、巨大な人馬一体の化け物が航空戦艦の一斉射撃を振り払っている最中であった。

「いかないと……」

 激痛に冷や汗を流しながら、それでもアーシャは操縦室から抜け出そうとする。

「どこに行こうというんです。無茶ですよ、そんな傷で!」

 しかし、すぐに力なく座り込んだアーシャを、若い兵士が支えた。

「ワイズの、背後に回ってください」

「はい?」

 蚊の鳴くようなアーシャの言葉に、兵士は聞き返す。

「あの巨人の背後に私を連れて行ってください。

 後一発ならブラスター・カノンを打てます。

 だけど、今の私では打つことが精いっぱいなんです。だから、連れて行って」

 声を振り絞って、アーシャはそう言い切った。

「無茶ですよ!

 そもそも、ザーク獣の群れをどうやって突破するんです!」

 兵士は首を振る。ワイズの周囲にはプラネットイーターから這い出たザーク獣がいまだに群を成しているのだ。この船の装備ではひとたまりもないだろう。

 しかし、周囲に判断を呼びかける暇も、あの群れを突破できるほどの船団で動きワイズに気取られる危険も冒せない。

 兵士の目には、この状況は詰みであるように見えた。

「少尉、それは意味のある行動ですね?」

 しかし、アーシャの背後から投げかけられた声は、アーシャに一考の余地を示す。

 言葉の主は船長だった。

「一瞬でも、あの動きを止められれば、雄士は必ずあの巨人に打ち勝ちます。

 そう、信じています」

「信じるって……」

 この絶望的な状況に、あまりに滑稽な響きを持つ言葉だった。

 しかし、船長はその言葉を受け取ると、深く息を吸う。

「お前たち!彼女の言葉を聞いたな!

 これより本艦はセルーター・ワイズの後方600mを目指し飛行する!

 彼女を射撃ポイントに届けるぞ!」

 この船は小回りを重視した高速艦艇であり、航空戦艦の様に装甲と速度を両立しているわけではない。仮に、彼女を届けられたとしても、そこから先のことは分かりきっている。にもかかわらず、誰一人として抗議はせず、船は速度を上げていく。

 若い兵士は、どこか他人事の様にその光景を眺めていた。

 彼はまだ生きたかった。少しでも長く、命を長らえさせたかった。

 しかし、彼は逃げだすことなくアーシャを支えている。

 使命感からか、同町圧力からか、それとも、アーシャのひたむきさに答えたくなったのか。どれも命を懸けるには値しないように思えた。

 木々の間を縫うようにして船は走り、ワイズの後方へと躍り出ると高度を上げた。

 すぐにワイズの周囲を飛ぶザーク獣の群れが船を囲み、窓を爪や牙で叩く。

「全員捕まれよ!バレルロールすっぞ!」

 若い兵士はアーシャの体をしっかりと抱きとめると、手すりを掴む。

「何を……?」

「舌をかむから黙って!」

 回らない呂律で尋ねるアーシャを兵士は叱りつけた。

 次の瞬間、船体が横回転しつつ前進する。

 アーシャが体を打たないように、兵士は今にも力尽きそうなアーシャの体を握りしめた。

 船が回転を終え、正面を向くと周囲に張り付いていたザーク獣の群れはすっかり引き剥がされている。

「はーっはっは!初めてやったがうまくいくもんだな!」

「殺す気ですか!」

「何考えてんだ~!」

 愉快そうに笑う船長に、ほかの兵士たちからの怒りの声が飛ぶ。

 若い兵士は、それを見てほほ笑むアーシャを見つめていた。

「そろそろ目標地点だ!頼んだぞ少尉!」

 その言葉を受けて、若い兵士とアーシャは操縦室の中心まで歩く。

「ありがとうございます」

 アーシャはどこか嬉しそうにそう言った。

 彼女が報われるところを見たかったのかもしれないと、若い兵士は思った。この残酷な世界で、あがくことに意味があることを彼は確かめたかったから、ここに残ったのだろう。

 アーシャの体を装甲が包む。マルチウェポンは変形すると長大な砲になり、操縦室の窓を突き破る。

「ブラスター・カノン……!」

 引き金が引かれ、次元砲に匹敵する威力を持つ光が放たれた。

 アーシャの最後の一撃が空を駆けていく。

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