第51話

 雲の海を眼下に、二人の騎士が殴り合う。

 密着寸前のインファイトを、二人はシンクロするように離れずに続けていた。

 ストレートを避けると、フレイムはジャブをヒットさせる。のけぞるワイズだが、やはり距離は離さずに蹴りを叩き込む。二人の打撃戦は、雲の上を縦横無尽に飛び回りながら行われていた。

 下界から隔絶された、二人だけの世界。

「僕は、僕は雄士が憎い!

 雄士は自由だった!何かを勝ち取らなくても皆に見てもらえる!

 僕は努力しなければ人並みの興味も向けられないのに!

 何が手間のかからない子だ、おかしいじゃないか!」

 ワイズのフックがフレイムの顔を打つ。

「俺だって、兄さんがズルいと思ってた!

 兄さんはなんだってできる!誰にも見下されず、だれにも失望されず生きていける!

 俺はただ、俺と対等でいてほしかっただけなのに!それがわがままだってのか!」

 フレイムのストレートがワイズの顔面を跳ね上げる。

「雄士!僕はっ!」

「兄さん、俺は!」

 二人の拳が交錯し、同時にフェイスマスクを砕いた。


「お前になりたかったんだ!!」

「兄さんになりたかった!!」


 それが二人の本音だった。

 二人は一番欲しいものを奪い合って生まれてきた。

 二人は今までそのことから目をそらして生きてきたのである。二人は、お互いのことを好いていたから。かけがえのない、兄弟だったから。

「うおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 雄士は泣いているように叫んだ。

 拳の速度は上がっていく。ワイズのガードをすり抜ける様に拳が突き刺さる。

 ワイズが後方に吹き飛んだ。

 ワイズは空中で受け身を取ると、割れた仮面の下からフレイムを見つめる。

「やっぱり、雄士は凄いな」

「兄さんこそ」

 二人は、言葉とは裏腹に穏やかな視線を交わしあう。

 それは初めての兄弟げんかだった。

「でも、まだ終わってない、そうだろ!」

 ワイズの体が軋み、その装甲が筋肉のように膨らむ。

 バースト状態へ変化していく兄を見て、雄士はわずかに笑った。

 兄が自分の予想通りにバースト状態に至ったことに、彼は喜んでいたのである。

「もちろん!」

 フレイムの装甲も、ワイズと同じように変化していく。

 二人の背中に翼のようなブースターが展開し、膨れ上がった装甲が彼らの力を示している。

 ワイズは驚いたように息をのんで、しかし満足気に笑った。

「さすが、僕の弟だ」

 その言葉が雄士には嬉しかった。

 しかし、運命は二人を駆り立てる。その手を二人が取り合うことはできない。


 ワイズバーストが一瞬で加速し、フレイムバーストを殴り飛ばす。

 衝撃波とともに、フレイムバーストの体が音速を越えて吹き飛ぶ。

 空中で宙返りをとり、受け身を取ったフレイムバーストが追撃のために接近したワイズバーストを前蹴りで止め、右ストレートを打ち抜く。

 吹き飛びそうになった体をスラスターの全力加速で食い止めると、ワイズバーストは水晶体から剣を引く抜くと切りかかった。

 斬撃を避けたフレイムバーストの胴体ががら空きになる。スラスターで加速しながら追突するワイズバーストに、フレイムバーストは意表を突かれた。

 吹き飛ばされ、フレイムバーストの守りが崩れる。

「終わりだ、雄士ィ!」

 ワイズバーストがフレイムバーストの胴体に剣を突き刺す。

 フレイムバーストは、一瞬動きを止める。

 しかし、その手は剣を掴んだ。

「なんで……!」

 フレイムバーストは、膝で剣をへし折る。

「なんでこれで終わりなんだよ!」

 雄士は仮面の下で泣いていた。

 兄弟げんかも、すれ違いも、仲直りも、普通に生きていれば日常で過ぎ去るはずのことが彼らには許されない。

 ここから先は、彼らにはないのだ。

 左フックを避けたワイズバーストの顔面にフレイムバーストの右ストレートが突き刺さる。

「うるさいっ!」

 よろめいたワイズバーストは、すべてを振り払うかのように強引な一撃を放つ。

 その拳の下を潜るように、フレイムバーストの拳が敵の顎を捕らえた。

 ワイズバーストの膝が落ちる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 悲しい雄叫びを上げながら、フレイムバーストは胸の水晶体を開く。

 ワイズバーストも、わずかに遅れて胸の水晶体を開いた。

「セルバァスタァアアアアアアアア!!」

 二つのセルバスターが重なり合い、その衝撃で周囲の雲が蒸発する。

 拮抗していたセルバスターの衝突は、やがてワイズバーストを押し込み始める。

「ばっ、バカな!」

 フレイムバーストのセルバスターが徐々に近づくにつれ、ワイズバーストの装甲に亀裂が走った。

「雄士に負けるたら、僕の人生は無意味になる!

 認められるか!それだけは嫌だ!僕は……!」

 無情にも、セルバスターがワイズの体を飲み込む。

「僕は何のために……」

 泣き言のような言葉を残して、ワイズはその体をセルバスターに焼かれ、大地へと落ちていった。



 セルイーター・ワイズは、地上に落下しながらも闘志を失ってはいなかった。

 何一つ欲しいものを手に入れられなかった彼が唯一認められる事、それは、自身が天敵である雄士より優れているという歪んだ優越感である。

 これが否定される事は、彼の人生から全てが奪われるという事を意味していた。

 墜ちゆく彼の目に映ったのは、脳を破壊されて横たわるプラネットイーターの死骸である。


 確信はない。

 しかし、執念が彼を突き動かす。


 ワイズは最後の力を振り絞ると、スラスターを点火し、プラネットイーターの死骸へと飛んだ。

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