第49話

 太平洋を悠々自適に航行するプラネットイーターの映像が会議室のモニターに描画されると、そのあまりの巨体に驚嘆の声が漏れる。

 山脈が動いているかの如き壮大な景観であった。

「こちらはステルス潜水艇が先程捉えた映像だ。

 我々の予想どおりにプラネットイーターは日本へ進行中、あと2時間後に上陸するだろう。

 我々はプラネットイーターが上陸次第、作戦を開始する。

 予想作戦開始時刻は午前8時だ」

 聡弥はモニターの映像を切り替え、作戦の概要を解説したアニメーションを映した。

「次に、本作戦の概要を説明する。

 プラネットイーターには強力な再生能力が備わっており、数多の艦隊が敗北を喫している。

 持久戦では分が悪いため直接脳を破壊する必要があるが、あの巨大と熱量のせいで脳の位置が把握できていない。

 そこで、直接体内に潜行し、ソナーを使って脳の位置を探知する手法を取ることとする」

 この発言に、通信回線で会議に参加していた他艦の艦長に驚きの声が広がった。

『聡弥博士、いくら何でもそれは無茶ではないでしょうか』

『我々もスペースウォッチの実力は高く評価しているが……。

 あれだけの質量が高速で動くのだ、仮に体内に入れたとしても何らかの防御機構が用意されているはずだ。無駄死になるのではないか?』

「しかし、ほかに対抗する手段がない。

 連合艦隊を壊滅させた、周囲の空気を吸い込んで敵ごと飲み込んでしまう吸引攻撃以外に我々は敵の手札を知らないのです」

 呻くように艦長たちは考え込んだ。

「われわれの艦隊には次元砲搭載艦が当艦を含めて3機。

 吸い込み攻撃を避けるために左斜め45度からの次元砲2発を持って突入口を作り、体内に突入します。

 即座に修復が始まることが予想されますが、J・アルドに搭載されている試作次元エネルギー装甲を展開して掘削するように体内を掘り進み、プラネットイーターの脳を探索し、破壊するというのが今回の作戦概要になります」

 艦長たちの反応は芳しくない。正規の軍人からすれば、このような無茶を取る理屈がどうしても飲み込めないのだ。

 しかし、聡弥の言うようにほかに策はない。

「体内への突入までにはプラネットイーター及びザーク獣、そしてセルイーター・ワイズの妨害が予想されます。

 次元砲発射のタイミングを複数設けることは難しいでしょう。

 勝負は一度切りです」

 聡弥は周囲の人々を見渡す。

「我々の手で世界を救いましょう」

 聡弥の説明は最低限のものだった。

 しかし、これまで過酷な戦いを切り抜けてきた隊員たちには、この作戦が困難なものだということを理解している。

 おそらくは、生きては帰れぬだろうことも彼らには分かっていた。

『仕方あるまい。

 私の従軍経験の中で最もイカれた作戦だが、今考えうる最善の作戦のようだ。

 ふざけたことにな、ははは!』

『全く、敵も味方もどうかしてますよ……。

 これ以外に手がないというのもね。

 もし生き残ったら、教育プログラムを改訂しなければなりませんね』

 会議室に広がる冷静な反応は、彼らの覚悟の表れでもある。

 多くのものを失って、彼らは今ここに居るのだ。

「では、これにて会議を終了します。

 ……生きて再会しましょう」

 聡弥の会議を締めくくる言葉に、皆はそれぞれの決意で頷いた。


 

 プラネットイーター攻略作戦の開始に伴い、先行偵察から帰還したステルス潜水艇からの報告が画面に表示されると、聡弥と各船の艦長たちは眉をひそめる。

 想定通りにプラネットイーターは上陸しているものの、その映像には予想外の点が存在していた。

「これは……」

 プラネットイーターの周囲には、ザーク獣どころかセルイーターの影すら存在しなかったのである。

「罠、でしょうか」

『罠でしょうねぇ』

『見え透いているが……どちらにせよ、我々は作戦を遂行するしかない。

 まるで挑発だな、舐めくさりおって』

 決戦艦隊は不穏な気配を感じつつも、前進するよりなかった。


 雄士、小鳩、アーシャの三人は格納庫の中で出撃の瞬間を待っていた。

 三人とも時折言葉を交わすが、緊張の中でそれは掻き消える。

 アーシャは静かにラッセルとツーショットの写真を眺めていた。

 そんなアーシャに話しかけるわけにもいかず、小鳩は雄士が眺めている情報端末を覗き込んだ。

「何を見ておるのだ?」

「あっ!」

 画面を覗き込んだ小鳩は、そこに流れる文字列を追う。

 どうやら雄士は理華とチャットしているようだ。

『雄士がそばにいてくれないだけで、胸にぽっかり穴が開いたみたい』

『俺もだよ。理華がいないとどうしても悪いほうに考えちゃって』

『いってきますのキスもなかったんだもん、心細いな』

『時間なかったから』

『帰ったら、ただいまのキスしようか』

『する!』

 小鳩と雄士の間に沈黙が流れる。

「……こっちが恥ずかしくなるわ」

「う、うるさいやい!付き合い立てなんだからしょうがないだろっ!」

 赤面して俯く雄士に小鳩はからかうようにわき腹をつついた。

「世界の命運を賭けた戦いを目前にイチャイチャするとは、大物よのぉ」

「あーもう、だから見られたくなかったんだよ……」

 恥ずかしさに顔を覆う雄士を、小鳩は眩しそうに見つめる。

「まぁ、緊張はほぐれたからいいではないか」

 感情をごまかすように小鳩はバシバシと背中をたたく。

 そうしているうちに、館内放送の音楽が鳴った。

『これよりプラネットイーターとの交戦距離に入る!

 各自戦闘態勢に入れ!繰り返す、各自戦闘態勢に入れ!』

 ついに、戦いが始まる。

 搬入口へと歩き出したアーシャと雄士の背中を眺め、小鳩は今までのことを走馬灯のように思い出した。

 初めは肉体が未熟ゆえに雄士を利用した、それが何を間違えたのか、雄士はかけがえのない存在となり、小鳩にも多くの大切なものができた。

 何一つ持たなかった少女は、今や沢山の宝物を抱えていたのである。

「どうした?」

 足を止めた小鳩に気が付き、雄士は振り返る。

「最後にわがままを聞いてくれぬか」

「わがまま?いいけど、急いでくれよ」

「なに、しゃがんで目を閉じてくれればいいのだ」

 怪訝な顔をしながらも、雄士は小鳩の表情に思うところがあったのか身を屈めた。

 小鳩はその頬にキスをする。

「……お前」

 はじかれたように後ろへとよろめいた雄士に、小鳩は舌を出した。

「心残りがあっては戦えんだろう?」

 雄士は怒るべきかどうか迷った挙句、あきらめたようにため息をついた。

「それじゃあ、もう行けるよな?相棒」

「あぁ、すべてを終わらせるぞ!」


 二人は拳を前に突き出し、叫ぶ。


「セットアァァァァップ!」

 雄士の掛け声に合わせ、少女の体がドロリと溶ける。

 肉塊に変化した少女は、雄士の体を飲み込んだ。

 肉塊は雄士の体を消化し、自身の肉と雄士の体を融合させる。

「セルイーター・フレイムッ!!」

 赤き異形の騎士は、血を分けた片割れに合うため全速力で空へと飛び出した。

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