第48話

 騒ぎが収まると、そこにあるのは現実である。

 明日にはプラネットイーターに追いつくと言う事実に雄士は落ち着かなくなり、デッキを目指して歩き始めた。

「理華?」

「来るんじゃないかと思ってた」

 デッキには先客が居る。

 月明かりが理華を照らす、暖かくなり始めた夜風が彼女の髪を撫でた。

 隣に並び、雄士は月を眺める。

「あの日の事を思い出していたの」

 理華の言葉に雄士は微笑む。それは彼も同じだったからだ。

 残酷な運命を知った日。家族が侵略者に同化され、殺し合うという運命に立ち向かえたのは理華を守る為である。

「俺もだよ。考えることは同じだな」

「ふふふ……」

 二人は僅かに身を寄せ合った。

 しかし、その肩が触れ合う直前で理華は身を引く。

 理華は自分の事をどう思っているのだろうか。雄士には理華の気持ちはわからない。しかし、理華が引いたこの一線を越えなければ彼女の本当の気持ちにはふれられないであろうことは分かっていた。

 雄士は離れた理華に一歩近づく。

「あ……」

 今までなら詰めてこなかった距離に、雄士が踏み込んだことの意味を理華は察したようだった。

 顔を赤らめて、彼女は俯く。

「ダメなら、離れてくれ」

 理華は離れない。しかし、顔を上げることもない。彼女の瞳は揺れていた。

「私、くだらない女よ」

 理華の髪が月明かりを帯びて、闇夜に彼女の姿を浮かび上がらせるようである。

「雄輝がなんと言おうと、あなたのことが好きなら追いかければ良かったのよ。

 それなのに、私は自分可愛さに雄輝を頼った。あなたを失う事よりも、自分が傷つくことの方を恐れたんだわ。

 私に、あなたの事を好きでいる資格なんてないのよ……」

 絡まった繋がりの糸を、二人は解いていく。

「俺だって、醜いよ。

 俺が姿を消す事で、理華が傷ついてくれることを願った。

 それだけ理華が俺を大切に思っていることを確かめたかった。

 ……追いかけてきて、欲しかったんだ」

 理華は驚いたように顔を上げて、徐々に困ったような笑みを浮かべた。

「ダメね、私達」

「上手くいかないよなぁ」

 未練たっぷり、悔いばかり、それでも何の因果か二人はここにいる。

 これがいいような気もするし、これでいいような気もする。

 二人の距離はさらに近づいた。

「好きだ、ずっとそばにいてくれ」

 告白は、これまでの遠回りの分だけ短かった。

 理華は背のびをして、雄士の唇を奪う。

「最後まであなたの隣にいるわ」

「……びっくりした」

「うふふ」

 してやったりと笑う理華の唇を、雄士の口が塞ぐ。

「お返し」

 雄士の言葉はしりすぼみになり、真っ赤な顔は月明かりがなくても見えてしまいそうだ。

 密着する雄士の胸に、理華は頭を預けた。

「どくどく言ってる」

「理華のせいだぞ」

 雄士は胸の中の理華を抱きしめる。

 小さく声を上げたが、理華はその腕に身を任せる。

 二人は互いの体温で溶け合うような錯覚に陥って、いつまでも動けずにいた。

 いつまでも、このままで――


「長いわぁ!!耐えられん!!いつまでやっとるんじゃ!」

「小鳩君よく言った!雄士君、私の目が黒いうちは清い交際以外は認めないぞ!」


 苦悶の表情を浮かべた小鳩と聡弥が二人の時間を吹き飛ばす。

「小鳩!?いつから!?それにお義父さんまで!?」

「ちゃっかりお義父さんと呼ぶんじゃない!」

「ぐえぇ……く、首締まってる……」

 襟首を掴む聡弥に雄士は目を白黒させている。

 飛び出した二人の背後では、バランスを崩したのかスペースウォッチの隊員たちが次々に転がり出してきた。

「ちょっと!いきなり飛び出さないでくださいよ!」

「まーでも、これぐらいで止めといたほうが良いっしょ、もうおなか一杯ってカンジ?」

「くぅ~、雄士の野郎許せねぇ!」

「俺の若いころを思い出したぜ。熱いな、雄士」

「お前彼女いたことないじゃねぇか……」

 一体どれだけの人数に聞かれていたのだろうか。

 理華は頭から湯気を出しながら小さくなって行く。


 決戦前夜だというのにバカ騒ぎは終わる気配がない。

 やはり、世界の命運程度に恋は止められないのであった。

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