第47話
「信じられないわ。フレイムにまだあんな力が潜んでいただなんて」
あっという間に雲の隙間に消えたフレイムを、食堂の壁面スクリーンから眺めていた理華は驚きとともに見送った。
「小鳩が帰ってきたら質問攻め決定ですね。
こんな形態変化を黙っていただなんて許せません!」
「ま、なんかワケがあんでしょ。つーかはしゃぎすぎじゃね?」
へそを曲げるアーシャにニーナは肩をすくめた。
食堂では、彼女たちと同じくフレイムの新たな力を目撃した隊員たちが興奮気味に言葉を交わしている。
久しぶりに活気が見えた船内に似つかわしくない沈んだ声が、ポツリと落ちた。
「雄士、小鳩と付き合い始めたのかしら」
「はっ?」
アーシャは、思わずつんのめるようにして理華に振り向く。
「だって、今日の雄士の様子はおかしかったもの。
明らかに私を避けて、小鳩とばかりひそひそ話し合っているし……。
もしそうなら、早く教えてくれないとつらいわ」
「い、いや、あなたねぇ」
そんなわけないでしょーが!とアーシャは叫びたかった。
真相は真逆もいいところである。
「ま、それならそれでしゃーないっしょ。
理華も小鳩にあんまりキツいこと言ってやんなよ」
「んん?」
なぜか、訳知り顔でニーナが理華の肩をたたく。
その態度がさらに理華を確信に導いたのか、理華の顔に暗い影が落ちた。
小鳩はニーナを恋愛の師匠とあがめており、非常に仲がいい。
なにか妙なことを小鳩から吹き込まれているのではないだろうか。アーシャはこれ以上自体がこじれる前に、さっさと憶測を吹き飛ばすことにした。
「あの、小鳩は今日雄士に振られましたよ」
周囲に聞こえないように小さな声で囁くアーシャ。
その言葉を聞いた瞬間、ニーナは血相を変えて飛び出した。
「あんの、クソ野郎!小鳩の思いも知らないで!」
「ニーナ!?」
ニーナを追いかけようとするアーシャを、理華が後ろから羽交い絞めにする。
「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!
どっ、どういうこと!?小鳩を振ったの!?いつ!?」
「ばっ……!」
止めようとしたときにはもう遅い。
理華も失言に気が付き口を手で覆ったが、周囲の視線はこちらに注がれていた。
「小鳩ちゃん振られたのか!?」
「それよりどうしてニーナの奴が怒ってたんだよ、まさかあいつも雄士に気が?」
「ってことは3人から狙われてんのかあいつ!?
くう~っ、許せねぇ!」
理華は事態のまずさに気が付き、顔を青くした。
「あわわ……ど、どうしようアーシャ!?」
「無理ですよよもう……」
ゴシップは古くから続いてきた人間の主要娯楽産業の一つである。
暗い話が続いたスペースウォッチの内部で、恋愛話が爆発的に広がるのは当然の流れであった。
「ふぅ~、バースト状態ってすごく疲れるな……」
「加速の制御も繊細に扱わなければ振り回されるしのぅ。
最後の切り札にして、常用しないほうが無難であろうな」
「ほれ」
「うむ」
雄士の手渡した水を小鳩が景気よく飲み干す。
元通りとは行かないまでも、割り切りの良い小鳩と、元々あった感情をすっぱり捨てる事も出来ない雄士は前のような関係に収まりつつある。
失わずに済むのであれば、あたたかなものを手離すつもりはない。
今の小鳩は、真正面から話してくれた雄士のことを信じてもいいかなと思っていた。
「この船って今はプラネットイーターを追いかけてるんだよな?
そろそろ追いつくんだっけ」
「ちらっと観測班の連中に聞いた限りでは、あと2日程は掛かるだろうとの事だった」
「……それが、最後の戦いになるのかな」
「不安か?」
「不安だよ。
でも、俺が兄さんを解放してやらなくちゃいけない。
兄さんの言葉は本心かもしれないけど……あの日々が全て偽りだったはずがないんだ」
「よく言った」
「小鳩のおかげだよ。
兄さんの言葉と向き合うには一人じゃ無理だった」
「よせ、あの日のことを思い出すではないか」
「あ、悪い……」
二人は一線を越えかけた夜の事を思い出し、赤面した。
気がつけはすっかり複雑な関係になってしまったらしい、小鳩は苦笑いを浮かべる。
「まったく、ニーナにどう説明したものか」
「うん?なんでそこでニーナの名前が出てくるんだ?」
「話せば長くなるのだがな……」
「その前置きがあるときはたいてい短いんだよな」
のんびりと歩いていた二人の背後から、怒りを含んだ足跡がせまる。
「へ?」
振り返った雄士の顔面に、怒りの形相を浮かべたニーナの平手が振り下ろされた。
「うおぉぉっ!?」
「避けんな!一発ぶん殴らせろっつーの!」
「げぇっ!ニーナ!
待つのだ!これは誤解だ!」
「何が誤解なワケ!?あんたヤリ捨てられたんだよ!?」
「はいぃ!?」
ニーナの口から出たとんでもない一言に雄士は小鳩を振り返る。
彼女は忍び足で逃げ出そうとしていた。
「待てやコラァ!」
「待つのはあんただっつーの!」
小鳩を追いかける雄士を追うニーナ。謎の光景にすれ違う隊員たちがあっけにとられた表情で彼らを見送る。
「捕まえた!」
雄士が小鳩の襟首をつかむと、小鳩は観念したように足を止めた。
「む?ニーナはどこへ行った?」
「あ、ほんとだ」
普段からその身で戦っている二人と、乗組員であるニーナには速度差があったらしい。気が付けば二人のそばにニーナの気配はなくなっていた。
「……それよりも小鳩、ちゃんと説明してくれるんだろうな」
「痛い痛い!耳を引っ張るな馬鹿者!」
雄士の手を叩き落とした小鳩は、羞恥で顔を赤くして雄士から目をそらす。
「その、見栄を張ったのだ。
ニーナにはよく恋愛の相談に乗ってもらっていたのでな、何の成果もなかったとは言いづらくて、その、お前を押し倒してそのまま……とか、朝まで……とかあることないとこをだな」
「全部ないわ!」
「ま、まぁそう怒るな、今ニーナには説明のチャットを正直に送った。
これで誤解は解けるはず」
眉間を抑える雄士は、またもや妙な気配を感じ、恐る恐る背後を振り返る。
そこには、鬼の形相で警備用のテーザーガンを構えた聡弥が立っていた。
「雄士君」
地獄の底から響くような声に雄士は震え上がる。
「は、はい」
「小鳩君とうちの娘に二股していたというのは、本当かな?」
「尾ひれついてる!!
違いますって!そもそもどっちとも付き合ってませんよ!」
「なんだと!理華は君といい感じだと言っていたぞ!」
「理華も話盛ってんのかよ!」
「いくら君でも許すわけにはいかん!娘の怒りをくらえ!!」
「ギャーッ!?」
容赦なくテーザーガンをぶっ放す聡弥から逃げ回る二人。
聡弥の足音が聞こえなくなってから、二人は荒い息を上げて座り込んだ。
「ぜえーっ、はーっ、よ、ようやく巻いたようだな……」
「なんで話が広がってるんだ......」
「妾ではないぞ!さすがにこの手の話を言いふらす程口は軽くない!」
「じゃあなんで」
「ごめんなさい!二人が食堂で小鳩のこと話しちゃったの!
それが広まっちゃって」
二人の会話に、理華の声が割って入った。
二人が顔を向けると、そこには所在なさげな理華が立っていた。
(理華は冷静なようだな、さすがだ)
(でも、なんか元気なさそうだぞ)
さんざんな目にあった二人が理華を警戒してこそこそと話していると、突然理華が涙ぐんだ。
「ぐすっ……、ご、ごめんね。
咲夜さんから二人の間に子供がいるって聞いて、じっとしてられなくって……。
わ、私、二人のこと応援するからねっ!」
「もう原型残ってないじゃん!!いないよ子供ォ!?」
理華のけなげな部分もこの場面では全く嬉しくない。
そうこうしているうちに、恐ろしい声が背後からやってくる。
「見つけたぞ、雄士君。罰を受けるんだ。
今なら指の骨10本で許してあげるから……」
「ぎゃぁーつ!聡弥が来た!逃げるぞ雄士!」
「もういやーっ!!」
涙目で逃げ出す雄士と小鳩。
結局アーシャが誤解を解くまで雄士と小鳩は逃げ続けることになり、二人はその夜聡弥に追い掛け回される悪夢を見る羽目になったのだった。
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