第46話

 暗闇の中で、水泡が弾けた。

 それはくぐもった悲鳴であり、怒りの声でもあった。

 触手が体内を食い破り、組織を作り替えていく。それは命を贄にした儀式である。

 体内に触手を詰め込んだその男は、目を見開くと叫んだ。

「雄士ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 男の体内から肉が盛り上がり、一体の騎士を形作る。

 弾けた熱が、周囲の触手を焼き切った。

「セルバァスタァアアアアアアアア!!!」

 光が膨張する。

 膨れ上がったエネルギーは、その余波だけで周囲の液体を蒸発させ、周辺の施設すら消滅させた。

 砂埃の中から現れた姿は、セルイーター・ワイズのものとは大きく異なっている。

 騎士のような外観は失せ、筋肉の様に筋張った装甲が蠢いていた。

 背後からはスラスターを大型化した翼のようなツイン・ブースターが展開されている。

「ふふふ、ははははは!!

 素晴らしい!これがバーストの力か!ははははは!!」

 ワイズは狂ったように笑う。

 彼の周囲には瓦礫の山が築かれ、目前には何も残ってはいない。

 水平線から覗く山脈が中央から上を失っている。

 ワイズは次の瞬間、突如変身を解くと地面へと崩れ落ちた。

 顔面は蒼白になり、荒い息が彼の消耗を物語っている。命を失うやもしれぬ改造手術のダメージは、もはや一人で立つことができぬほどに彼を追い込んでいた。

 バースト、それは一部の素質あるもののみに許された禁断の技術。

 作戦指揮を執っていたグレイヴが消えた今、ワイズを止める物は誰もいなかった。

 そして、彼は改造手術の負荷に、狂気ともいえる意志の硬さで耐えきったのである。

「雄士、最後に勝つのはこの僕だ」

 地面に顔面を預けながら、雄輝は冷酷な笑みを浮かべて気を失った。



「お前、そんなにチキンな男であったのか?」

「しょうがないだろ、初恋が終わってないことに気が付いたばかりなんだから……」

 取っ組み合いの後、雄士は普段のように理華に接しようとしたものの、やはりぎくしゃくしてしまい上手くいかなかったのである。

 小鳩は雄士に呆れたような視線を投げかけた。

「ヘタレ」

「いくらでも罵ってくれ、俺はただの豚野郎だ……」

「気持ちの悪い言い回しはよせ。

 まったく、妾とはあんなにべたべたしておったくせに……まるで意識されていなかったかと思うとムカついてきたではないか」

「ぐえ~」

 ぐりぐりと頭を拳でねじる小鳩にも、雄士はなされるがままである。

「むっ」

 小鳩の手がぴたりと止まる。

 彼女は怪訝な顔を浮かべると、拳をまじまじと見つめた。

「どうした?」

「ふむ……」

 真剣な顔つきで押し黙った小鳩は、何かを思いついたように雄士に尋ねた。

「雄士よ、お前に移植された人工セルイーターの細胞とやらは、セルイーターの細胞を培養したものであったな?

 そして、それが制御しきれなかったがために別の制御機関で無理やり抑えている」

「どうしたよ急に。確かそのはずだったけど」

「見ればわかる」

 小鳩は自身の指を雄士に翳した。

 その皮膚はうねうねと波打ち、手の形から逸脱している。

「うわっ!?」

「ふふふ、驚いたか。

 おぬしの中に移植されたセルイーター細胞は、いわば培養のために活性化された暴走状態なのだ。その影響を妾の細胞が受けた形だな。

 気を抜くと揺らいでしまうらしい」

 波打っていた手は、すぐに元の形へと収まった。

「我々ザークは体内にセルイーター細胞を安定化させる機関を持つが、人工セルイーターはそれを持たぬ。

 人類側の技術で無理やり抑え込んでセルイーターの形に矯正しているといった形なのだろう。

 細胞の暴走状態を我々ザークではバースト状態と呼んでいるが、細胞の活発化によるエネルギーの増大と引き換えに、消費エネルギーの増大と制御の困難さが目立ち、我々の学会でもこれを戦闘に応用することには否定的意見が主流なのだ」

 小鳩は戦闘のことになるとどうも語りたくなるらしい。

 ザークの軍事オタクは彼女のような振る舞いをするのかもしれないと雄士は思った。

「はぁ……。それで、それが一体なんなんだ?」

 話が見えずに雄士が戸惑っていると、小鳩はいたずらっ子の様に笑う。

「うむ、前置きはここまでにしておこう。

 外に出るぞ雄士!面白いものを見せてやろう!」

「よ、よくわかんねぇけど引っ張るなって!」

 雄士は小鳩に手を引かれて、甲板へと歩いて行った。


「それで、何するんだよ?」

 デッキに上がった雄士に、小鳩は天に腕を突き上げた。

「もちろん、セットアップに決まっておろう!」

「よくわからないけど……セットアップ!」

 雄士の皮膚が装甲へと変化し、セルイーターへと変貌する。

「では妾も……セットアップ!」

「なっ!?」

 驚いているフレイムに、液体のように溶けた小鳩の体が纏わりついた。

 それは人工セルイーター細胞に浸透すると、フレイムの姿を変貌させる。

 装甲はより筋肉然とした歪みを持ち、背中に展開された飛行ユニットは翼のように大きい。

 セルイーター・フレイムが洗練された異形の騎士だとすれば、彼は荒れ狂う鬼神の様であった。

『こんなものかのぉ!』

「これが……さっき言ってたバースト状態なのか!?」

『いかにも!

 妾もこの形態に変化するのは初めてだがな!』

 フレイムはものは試しとばかりに、掌から熱線を放つ。

 細い熱線が雲に刃を入れると、割れるように雲が裂け、道を作るように青空が覗いた。

「なんてパワーだ……」

『飛んでみろ、雄士!』

 空に開いた扉をくぐるようにして、熱線で切り開いた雲の間を通り抜ける。

 雲の合間を抜けると、そこにはどこまでも広がる青空があった。

 瞬時に音速を超え、高高度へと到達したのである。

 その圧倒的な性能に言葉を失う雄士を見て、小鳩が愉快そうに笑った。

『リミッターを外したセルイーターはここまで出来るのだ、雄士。

 名付けてフレイムバーストと言ったところかのぅ』

「こんな力があるならどうして教えてくれなかったんだよ?」

『ん?ああ、制御に失敗すると細胞に食い殺されて死ぬからな』

「えっ」

『それに、意図的にセルイーター細胞の安定を担う機関を破壊する必要があるのだ。

 これに失敗しても死ぬ』

「えぇ……?」

『今我々が通常状態と変わらずに行動ができているのは、妾がセルイーター形態の安定化に専念できているからであろうな。

 ザークの歴史上、二人でセルイーターを運用したものはおそらく妾が初めてのはず。

 細胞を暴走させるのではなく、暴走した細胞を外から制御する形は誰も思いつかなかったわけだ。』

「感動してる場合か!

 制御に失敗したら死ぬって……」

『なに、妾一人ならともかく、戦闘はお前が担当している分その可能性はまずない。

 ただし、これはあくまでも暴走状態であることには変わりない。

 雄士よ、船から飛び立ってどれ位たった?』

 フレイムが腕の甲を自身に向けると、手首の装甲がしぼみ、中から時計が顔をのぞかせる。

「10分ぐらいかな」

『それでは、目安としてバースト状態の限界稼働時間は30分程度だと考えてくれ。

 とはいえ上出来だ。勝利の女神は妾たちに味方しているぞ雄士!

 この力さえあればワイズすら恐るるに足らん!』

「どうかな」

 無邪気に喜ぶ小鳩を、雄士の冷静な声が驚かせた。

『なに?』

「小鳩、兄さんは天才なんだ。

 俺にできて兄さんにできないことなんて、何一つとしてないんだよ」

『バカな、バースト状態を発生させる手術ですら命がけなのだぞ。

 プラネットイーターを有し、いまだ有利なワイズがそのような手段に出るはずがない』

「相手は兄さんだ。そんな考えは捨てたほうがいい」

『雄士……』

 その信仰にも似た態度に小鳩は押し黙る。

 しかし、すぐに一つの問いを返す。

『それでも勝つ、それでよいな』

「当然」

 彼はもう一人ではない。諦める理屈などすでに失われている。

 雄士の即答に、小鳩は満足そうに息巻いた。

『では問題なし!帰還するぞ雄士!』

「了解!」

 音の壁を突き破り、セルイーター・フレイムバーストは雲の海へと潜っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る