第44話

 小鳩は夢を見ていた。

 彼女は地球人で、雄士と理華は幼馴染、ラッセルとアーシャは学校の先輩。そんな都合の良い夢を観ている。

 その都合の良さに身震いし、小鳩は歩みを緩める。

 そんな彼女を、道路沿いに乗り出した車が跳ねた。

「小鳩!大丈夫か!?」

 駆け寄ってくる雄士に、小鳩は悲鳴のような声を上げた。

「 来るでない!」

 雄士が車の陰にいる小鳩を覗き込む。

 その体は半分に避け、覗くはずの臓器は蠢く触手へと変わっていた。

「やめろ……見ないでくれ……」

 雄士の怯えたような目が、小鳩に向けられている。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 小鳩の悲鳴は、周囲の液体をゴボゴボと泡立たせた。

 ガラス管の中に満ちた培養液の中に自分がいる事を思い出した小鳩は、荒い呼吸を落ち着かせる。

 どうやら寝ていたらしい。

 グレイヴのセルバスターで吹き飛んだ左半身はまだ完治しておらず、そこには触手が蠢いていた。

 おかしな話だった。今の小鳩は、かつては誇りに感じていたザーク人である事を恐れている。

「 大丈夫か?」

 そして、タイミングの悪いことに、今の姿を最も見られたくない男がそこにはいた。

「雄士、いつから……?」

「小鳩がうなされてた時から」

 ガラス越しに骨伝導マイクを通して二人は言葉を交わす。

 小鳩は雄士の言葉に、ばつの悪そうな表情を浮かべた。

「妾はうなされていたか」

「何が怖いんだ?」

「お前との違いの全てが、妾には怖い」

 雄士の視線に、小鳩は体を抱くようにして水中を揺らめいた。

「あまり見るな」

「違いを持たない人なんていないさ」

「それが、邪悪な原罪であってもそうか?

 地球人の価値観が妾を醜悪だと裁いてもか!?」

「家族を皆殺しにするんだぜ、俺は」

 雄士の言葉に小鳩はひるむ。しかし、むきになったように体を抱いていた手を広げた。

「なら、これを見ろ!

 この醜い姿を!妾は地球人ではない!お前とは違う!」

 小鳩の欠けた体の断面からは触手が蠢いていた。

「違うもんか!

 今の俺を見ろ!体の半分は皮膚が剥げてる、目だって熱で死んでる!

 だけど、醜くても生きてる!俺がお前を一人にするもんかっ!」

 雄士と小鳩は荒い息を上げ、しかし相手を傷つけないように言葉を選ぼうとする。

 感情に任せた言葉が浮かんでは消え、理性がそれをねじ伏せる。

「俺たち、家族みたいなもんだろ。

 たったこれだけのことで、何かが変わるもんかよ」

 先に言葉が形になったのは雄士のほうだった。

 雄士が「家族」ということが、どれほどの重みをもっているか分からない小鳩ではない。

 しかし小鳩は、硝子細工の様に脆い笑顔を浮かべた。

「妹役か」

 どこか皮肉めいた言葉に、雄士は戸惑う。

「役って」

「それでは、結局お前は妾のもとを去っていくではないか。

 兄は恋人を作って出て行ってしまう、そうだろう?」

 雄士はぽかんとした表情を浮かべる。家族と恋には、何の関係性もないように聞こえたのだ。

 小鳩はあきれた様に、しかし、どこか安心したように笑った。

「まったく、鈍いやつだ。

 せっかく人が遠回しに終わらせてやろうとしたのに」

 雄士がガラス管に添えたてのひらに、小鳩は自分の手を重ねる。

「愛している、雄士。

 私を恋人に選んでほしい」

 なぜ小鳩が寂しげな表情を浮かべているのか、雄士には分からなかった。


 

 

 航空戦艦J・アルドは進路を日本に向けて巡航していた。

 セルイーター・グレイヴの撃破により、残す標的はセルイーター・ワイズと彼の操るプラネットイーターのみとなった。

 そして、セルイーター・ワイズは日本に向かっている。

 日本は侵攻の序盤で真っ先に軍が壊滅した地域だったが、抵抗勢力が居なかったことがかえってザークの攻撃を弱めることになり、未だ文明を維持している都市が少なからずあった。

 現在も3Dプリンターの基板素材を多く製造している日本を失えば、軍にとって大きな痛手となる。

 軍の残存勢力が日本に向かうのは当然の流れと言えた。


 J・アルドの周りには、航路の途中で合流した航空戦艦や高速艦艇等が陣列を組んで空を泳いでいる。

 寄せ集めの集団であっても、連合艦隊壊滅の一報を聞いていた兵士たちにとって、この決戦勢力は心の支えになっていた。


 艦隊を後方に置き去りにして、2つの閃光が遭遇したザーク獣の群れに突撃して行く。

 セルイーター・フレイムの少し後を追従する形で、アーシャはマルチウェポンを構えた。

「雄士!飛ばしすぎです!」

「え?どわっ!?」

 先行していたフレイムに、クモ型ザーク獣の糸が編みのように降りかかる。

 とっさに掌から熱線を放ち糸を切断するが、更に後列から放たれた糸が雄士を絡め取ろうとする。

 その糸をアーシャの掃射した炸裂弾が焼き切った。

「しっかり!」

「悪い!」

 追いついたアーシャが背を合わせるようにフレイムの背後につくと、二人は旋回しながら周囲に射撃をばらまいた。

 内側から敵を切り崩す二人におかまなしに、艦隊が一斉射撃を行う。

 内部と外部から圧倒的な火力に挟まれたザーク獣の群れは散り散りになりながら海へと落ちていっく。


 フレイムは背後のアーシャから向けられる視線を、明後日の方向を向いて回避しようとしていた。


「それで、何があったんです」

 戦闘が終わり、艦内に帰還するや否や雄士はアーシャに詰め寄られた。

「何もなかったに一票!」

「被告人の主張を棄却します」

「あ、もう裁かれる段階なんだ......」

 アーシャは髪を払う。何やら疲れを隠しきれない様子である。

「なんだよ」

「いい加減周りに相談するということを覚えなさい!」

 ほほを引っ張るアーシャに、雄士は抗議の声を上げた。

「ひひょうふぁあっふぁんふぁよ!」

「何言ってるかわかんないですよ」

 ほっぺたをアーシャが離すと、伸びた皮膚がぱちんと戻る。

「いてて......今回は事情があるんだよ!」

「事情?

 今のあなたが話せないことなんて、理華か小鳩のことでしょうに」

「うぇ!?」

 口をふさぐもとうに手遅れ。アーシャはやれやれといわんばかりに首を振った。

「女たらしとでも言おうと思いましたけど、あなたには無理そうですね」

 酷い言われようだった。

 雄士は納得がいかないように頬を摩っていたが、視線を落とすと口を開いた。

「小鳩に告白された」

「まぁ、そうでしょうね」

「驚かないのか!?」

「たぶんあなた以外は」

「そんな馬鹿な……」

 驚愕の表情を浮かべる雄士を見るアーシャの目は冷たいものだった。

「それで、何を悩んでるんです」

 アーシャにはそこがわからない。

 雄士に気があるなら付き合えばいいし、そうでないなら断る、それがシンプルで最も誠実なように思えたからだ。

 雄士はアーシャを見つめ返した。

「小鳩を傷付けたくない」

 アーシャは息を呑んだ。

 雄士は気が付いて居るだろうか、自分が答えを出したことに。

「小鳩は俺を手放したくないんだ。

 俺はそれを恋愛によるものだけだとは思わない」

「小鳩があなた以外を信じていないと言いたいのですか?

 あなたを手放すと、一人になると」

「そうじゃない。

 きっと小鳩は……俺を信じていないんだ。

 俺を一度手放せば、俺がもう戻ってこないと思ってる」

「 あなた、そんなに器用じゃないでしょう。

 すっぱり関係を終わらせられる様な人ならこうはならない」

「その通りだな」

 辛辣とも言える言葉を雄士は素直に受け止めた。

 全く持って不器用な男は、飾る言葉を持たない。

「でも、俺達下手くそなんだ。

 俺、人を避けて生きてきたし、小鳩は地球人2年生なんだぜ?

 俺も理華が兄さんと付き合い始めた時には、友情まで失ったように見えた。だからわかるんだ……」

 明け透けな言葉に、アーシャのほうが所在なさげにするほどに雄士は飾らない。

 それは小鳩を思う気持ちの表れでもあった。

「それに俺、一度小鳩の事を傷つけた。

 もう、アイツを傷付けたくない」

 雄士の脳裏によぎるのは、あの夜のことだった。

 小鳩を押し倒した夜のこと。狂乱の精神状態にあっても、言葉とは裏腹に震えていた小鳩を雄士は忘れてはいなかったのである。

「傷付けないことは優しさではないでしょう。

 其の場凌ぎの行動はきっと貴方がたからを奪うんですよ」

「でも」

 

「はぁ~……、いいですか雄士。

 こういう時のために友達がいるんです。

 小鳩は私達がちゃんと見てますから。

 戦いのことなんて今は考えなくて良いんですよ!」


 拒んできた友達や家族という言葉が、すとんと胸に落ちた。

 戦いのことなんてと彼女は言った。雄士にはそれが何よりも強烈だった。

「ありがとう」

「世話が焼ける人です」

「俺、行ってくる!」

 部屋を出ていった雄士を見届けて、アーシャは苦笑いを浮かべた。

「世界の命運程度に、恋は邪魔できないんですね」

 それは誰に向けられた言葉だったのか。

 どこか痛むように顔を顰めてから、アーシャはのんびりと雄士の背中を追いかけた。

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