第42話

 如月雄作にとって、愛とはその研究ノウハウを共有することである。

 研究者一族である如月家の跡取りとして、厳しい早期教育を愛だと教えられていた雄作にとってはそれが自然なことだった。

 しかし、それは子供に多くの事を要求する。

 子供にそれを受け入れるだけの才能がなければ、雄作は子供を事ができないのだ。


 雄士が物心つき始めた頃、雄作はその出来の悪さに嫌悪感を感じ始めた。

 なんと低脳な生物だろう!

 雄輝という天才が先に生まれてしまったことも、雄作の思いを一層強くした。

 雄作は妻の明奈に雄士を教育するよう厳しく叱りつけた。

 しかし、明奈と雄士が努力すればするほど、それに見合わない結果が滑稽に映る。

雄作は次第に雄士に期待することをやめた。

 閉鎖的な社会で生まれ育った雄作には、人間の多様さはついぞ受け入れられなかったのである。


 ふと、雄作の心に疑念がよぎった。


 雄士は本当に自分の息子なのだろうか?


 政略結婚に近い形だった明奈とは微妙な関係であったが、そこに愛はあるはずだった。

 しかし、雄士が生まれてからというもの明奈との仲は冷えていく一方である。

 明奈も事務的な要件を覗けば、明らかに自分を避けるようになった。

 当然、研究所での他の男性との付き合いも増える。


 雄作の疑念は、いつしか雄士への殺意に変わっていた。

 雄作が雄士に手を上げない様にするには、その存在を徹底的に無視するよりほかなかった。  


 もとより、如月家に危機を乗り越えるための絆など存在しなかったのである。


 雄作は目を覚ました。

 液で満たされた卵状のポッドの中にいた雄作は、それを突き破るようにして外に出ると体を一瞥する。

 先のフレイム戦で追った傷は癒えていた。

「ふん……くだらん追憶だ」

 もはや自分は地球人ではなく、妻の明菜ももういない。

 過去を嘲笑して、雄作はセルイーター・グレイヴに変身すると空へと飛び去った。

雄士を殺し、過去を否定するために。





 人工セルイーター適合手術は、繊細な調整を必要とする部分を除いて、大部分がオートメーション化されていた。

 雄士は中を満たすゲルで固定された筒状の手術装置の中で、麻酔にかけられて眠っている。

 役目を終え、休憩のために手術室を出たアーシャを待ち構えていたのは笑顔の理華だった。

「げ」

「げとはなによ。

 お疲れ様、無事に終わったようね」

「えぇ、後は適合に成功するかどうかです。

 ……怒らないんですか?」

「何も思わないと言ったら嘘になるわよ。

 でも、雄士は一度決めたら誰の言葉も聞かないもの。

 私の前から居なくなったみたいに、私の言葉なんて聞いてはくれないわ」

 肩をすくめる理華の表情は、苦々しくも明るいものだった。

「それでも待つんですね」

「そうなのよね。

 好きなの、困るぐらい」

 理華はちらりと舌を出した。

「お互い、厄介な男に惚れましたね」

 アーシャの言葉に、理華の瞳がわずかに揺れた。

 アーシャの言葉の意味は明白である。そこに憐憫が混じらぬように、理華は笑って頷いた。

「えぇ、全くね......」

 二人はしばらく、中で雄士の手術が行われている無機質な箱を眺めていた。

 それは何かを待っているかの様である。

 そして、緊急アラートが船内に鳴り響いた。

 音声はセルイーター・グレイヴの接近を繰り返し伝えている。

「時間は稼いで見せますから、ちゃんと来てくださいよ!」

 今生の別れになるかもしれない言葉を、二人は雄士と交わす。

「待ってるから」

 二人は別れの言葉ではなく、一方的な約束を取り付ける。

 それが少しでも彼を引き戻す鎖になると、今はただ信じていた。





 放棄された都市を潜るように低空飛行するJ・アルドに、ビルの合間を縫う様にしてザーク獣の群れが雪崩込んだ。

「メガ・ビームキャノン発射!

 照射後にマイクロミサイルを撃て!」

 即座にJ・アルドのメガ・ビームキャノンが空を撫でる。

 軌跡をなぞる様にザーク獣が爆ぜた。

 仲間の死体のあとから続くザーク獣に、行き着く暇もなく放たれたマイクロミサイルが突っ込む。

「 ふん……煙に紛れるつもりか」

 鼻で笑いながらも、セルイーター・グレイヴは内心驚きを抱いていた。

 J・アルドは通常兵器でザーク獣の群れをなぎ倒している。

 人類の命を原動力にしたトライ・アンド・エラーとその集積は、ついにザーク獣を超えつつある。

 そして、素体としての人類は、その科学力に反して強烈なまでに感情的であり、ザーク人ですら制御が難しい。

 感情が技術を促進してきたとでも言うのだろうか。


 グレイヴは思う。

 人間こそが、我々ザークの天敵なのだ、と。


 ここで人類は滅ぼさなければならない。

 グレイヴは煙に紛れてビルの合間に潜り込んだJ・アルドを追いかけようとする。

 その背後から放たれた光線をまともに受け、グレイヴは吹き飛んだ。

「くっ!?」

 遥か後方のビルを踏み台に、青い人工セルイーターがマルチウェポンを構えている。

「人形如きがっ!」

「いつまでも圧倒的優位にいられると思ったら大間違いですよ!」

 射撃を続けながら、アーシャはビルから身を投げ出す。

 自由落下で迫る地面に追突するや否やといった高さで、スラスターで加速して地面すれすれを飛行する。

 間髪入れずに追いかけるグレイヴは、アーシャが逃げ込んだ建物の合間に飛び込む。

 アーシャは高度を上げるとロールしつつ、手首から何かを放った。

「なにっ」

 それはクモ型ザーク獣の持つ、高強度の粘着糸だった。

 建物の合間に貼り付けとなったグレイヴに、アーシャはUターンで加速するとブレイドモードに変形させたマルチウェポンを叩き込む。

 グレイヴは砲弾のように宙を舞うと、ビルの壁面を砕いてめり込んだ。

「 前の戦闘よりもパワーが上がっている……!?」

「貴方がたが山程サンプルをくれましたからねぇっ!!」

 壁から体を引き剥がそうとするグレイヴに、容赦の無いビームの連打が襲いかかる。

 壁面を突き破り、グレイヴはビルの内部を転がった。

「 お前を戦士だと認めよう!」

 グレイヴは胸の水晶体を開くと、長剣を引き抜いた。

 そのままスラスターを噴射し、ビルの外へ飛び出す。

 アーシャの射撃を長剣で受け止め、被弾をもろともせず突き進む。

 アーシャは進路上に糸を放つが、グレイヴは肩でビルの側面を削るようにして方向転換すると、壁面を全力で蹴りつけた。

 あっという間に肉薄してきたグレイヴの長剣に、アーシャはマルチウェポンを滑り込ませた。

 受け止めたにも関わらず、その威力でアーシャは後方へと押し飛ばされる。

 アーシャはスラスターを噴射して姿勢を整えると、宙へ飛び立った。

 追いかけるグレイヴは、死角から飛来した光線に振り返る。

「かかった!」

「なにィッ!?」

 ザーク獣を振り切ったJ・アルドが、ビルに紛れて待機していたのだ。

 避けられないと判断したグレイヴは光線に向かい合う。

「甘いわぁっ!セルバスタァーッ!」

 雄士が致命傷を回避したように、グレイヴは次元砲にセルバスターを衝突させた。

 十分にチャージできていないセルバスターでも、次元砲の進路を僅かに変えるには十二分な威力だった。

 隣を通り過ぎる次元砲の光を背にして、グレイヴはブラスター・カノンモードを展開していたアーシャに突っ込む。

 長大な砲はグレイヴに狙いを定めることができず、接近したグレイヴの剣にへし折られた。

「ぎゃっ……」

 グレイヴの手がアーシャの首を掴むと、アーシャの喉から悲鳴の搾りかすが溢れた。

 グレイヴはアーシャを引きずるように加速し、ビルの壁面に押し付ける。

 アーシャを摩り下ろす様にビルからビルへと飛び回り、アーシャで壁面を削り続けた。

「う……あ……」

 力の抜けた声を漏らすアーシャを、グレイヴは高く掲げる。

 しかし、アーシャは突如スラスターで加速すると、身をよじって回転蹴りを叩き込んだ。

 そのつま先からは刃物が飛び出し、グレイヴの頭部に食い込んでいる。

「加速が足りぬ。

 ダメージを受け過ぎたな」

 しかし、グレイヴはアーシャの足を頭から引き抜くと、彼女をビルの屋上へと投げつけた。

 飛行する体力も無く、アーシャは屋上へと叩きつけられる。

 彼女の側に降り立ったグレイヴは、長剣を構えた。

「名を何という」

「下衆に教える名前はありません」

「そうか。

 貴様のことは覚えておこう、名もなき騎士よ。

 そして、死ぬがよい」

 アーシャの表情は仮面に隠れている。


 しかし、その下には笑顔が浮かんでいた。


「 この言い方を借りるのは釈ですけど。

 ……賭けに勝ったのは、私達らしいですよ」

 グレイヴが振り下ろそうとした長剣が、飛来した熱線によって砕かれた。

「何だ!?」

 熱戦の方角を振り向こうとしたグレイヴの顔面を、舞い降りた何者かが殴り飛ばす。

 グレイヴはビルの壁面を砕きながら後方へと吹き飛んで行った。

「全く、カッコいいタイミングでも探してたんじゃないですか?

 遅すぎます」

「悪い、死にかけてた」

「間に合ったから、許してあげます。

 やっちゃってください……」

 そう言い残すとアーシャは気絶し、変身が解ける。

「後は任せろ」

 その姿を一瞥し、雄士は敵の元へと飛び立った。

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