第40話

 グレイヴが立ち去るや否や、アーシャは飛びつく様にフレイムに駆け寄った。


「雄士!しっかりしてください!雄士っ!」


 返事はない。

 アーシャは前にフレイムを抱きかかえると、スラスターを吹かせて船の中へと飛び込む。


医療班メディック!雄士を!」


 船の入口に待機していた医療班が雄士に駆け寄ると、装甲が溶ける様に崩れ、人の形となる。


「頼む……雄士を助けてくれ……」 


 下半身が欠けた小鳩を見て医療班はぎょっとしたような表情を浮かべたが、即座に彼女を担架に乗せると船内へと走って行く。

 防衛ラインは突破されている、ここに留まるのは最早限界だった。


「早く!」


 アーシャはマルチウェポンの射撃で迫るザーク獣を撃ち殺し、ようやく現れた整備班の車を援護する。


「悪い!遅くなった!」


 ラッセル達が船に乗り込むと、各種搬入口を閉じる間もなくJ・ アルドは高度を上げ始めた。


「助けてくれェーッ!」

「頼む!死にたくない!」


 眼下ではまだ生き延びている市民が助けを求めているが、船は無情にも上昇していく。

 アーシャは血に覆われていく地上から思わず目を逸らした。


「……お前のせいじゃねぇよ」


 ラッセルの声に力なく頷くと、アーシャは変身を解く。


「無事でよかった」

「何とかな」


 アーシャが安堵のため息をつこうとした時だった。


『緊急事態!緊急事態!

 二体のザーク獣が船内に侵入!

 隊員は即座に中央デッキに避難すること!

 今から2分後に防護シャッターを下ろす!繰り返す……』


 二人の顔が青ざめた。




 地下より機内に潜り込んだ二体のモグラ型ザーク獣は、逃げ遅れた隊員を食い殺しながら進んでいた。


「個体AがBブロックよりCブロックに移動!

 シャッターを下ろします!」


 ダメージコントロールの担当隊員である南咲耶が素早くコンソールを叩くと、ザーク獣の前に分厚い防護シャッターが立ち塞がる。

 シャッターに追突し、怒りの声を上げたザーク獣の周囲に毒ガスが噴射された。

 ガスを吸い込み、狂ったように暴れまわるザーク獣は、やがて動かなくなる。


「個体A撃破!

 個体B、ブロックEよりFに移動中……いや!コレは!?」


 咲耶の予想通りに動いていたザーク獣が、突如進行コースを変え、壁を突き破った。

 ザーク獣の先には、ラッセルとアーシャが中央デッキを目指して走っている。


「マズい!

 二人とも!その部屋に飛び込んで!」


 咲耶は館内放送で叫ぶと、二人の目の前の部屋を遠隔操作で開いた。




『二人とも!その部屋に飛び込んで!』


 咲耶の館内放送と同時に、アーシャとラッセルの目の前にある部屋が開いた。

 部屋に駆け込もうとした二人の背後で壁が爆ぜ、ザーク獣が二人に飛びかかる。


「やべぇっ!」


 ラッセルは驚きに足を止めたアーシャを押し倒すようにして部屋に転がり込んだ。

 瞬間、部屋の扉が素早く閉じた。

 外ではザーク獣が咆哮を上げ、扉を殴りつけている。


「 ひっ……」


 扉が大きく変形する様子に、アーシャは悲鳴を漏らす。

 予想した死は、ザーク獣が沈黙した事により足を止めた。


『間に合ってよかった!

 毒ガスを換気したらその扉を開けるからしばらく待っててね!』


 咲耶の館内放送に胸を撫で下ろしたアーシャは、身を起こして自身に覆いかぶさっているラッセルに笑いかける。


「助かりました。

 情けない所見せちゃいましたね」


 ラッセルからの返事はない。

 アーシャの顔が、少しずつ強張って行く。

 

 ラッセルの背中は、大きな爪痕により吹き飛んでいた。


「うそ......」


 一目で助からないと分かった。


「クソ、いてぇな」


 ラッセルはうめき声をあげて、仰向けに転がった。


「ラッセル!動かないでください!」

「変わんねぇよ。

 ......いやぁ、久々に賭けに勝ったぜ。間に合うたぁ思ってなかった」


 ラッセルは愉快そうに笑ってせき込んだ。


「なんだ、泣いてんのか」

「だっ、だって、私のせいで!」


 ラッセルの頬に涙が落ちると、彼はくすぐったそうに身震いする。


「いい女守って死ぬのは、男の本望だろ」


 ラッセルは血が混じった咳を吐き出した。

 呼吸は段々と弱まっている。

 ラッセルの頬がつい、と吊り上がる。賭けをしている時のように子供っぽい笑顔だ。


「好きな女なら、なおさらだ」


 アーシャが目を見開く。

 気が付けば、彼女の唇はラッセルのものと重なっていた。


「私も、好きです」


 初めてのキスは、血の味がした。


「参ったな」


 ラッセルは心底愉快そうに笑う。


「今までの負けもチャラだな。大勝だ」


 確かに通じ合った瞬間は、長くは続かない。

 ラッセルは笑ったまま息絶えた。


「嫌、嫌ぁ......!

 嫌です、一人にしないで!おいてかないでください!」


 アーシャの慟哭は誰にも届かない。

 仲間がアーシャを引きはがすまで、彼女はラッセルの手を握って泣き続けた。

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