第39話

 空が揺れた。

 一人の子供がそれを飽きることなく眺めている。

 ラムシュタインではドーム状の防壁の内側に空を映し出しているが、大気のチリや電車の揺れなどにより映像が揺れることがあった。

「こら、勝手に離れないの」

 母親が子供のもとに駆け寄る。

「お空揺れてるよ」

「え?」

「前は揺れなかったのに」

 母親は子供の声を聴いて、その身を固めた。

「......あれはね、ほんとうの空じゃないのよ。

 壁にお空を映しているの」

 子供は納得したように頷くと、また空を見つめた。

 仮初の空は、仮初の平和を思い出させる。

 ラムシュタインの壁の外では、何やら大変なことが起きているらしい。

 しかし、母親はその実態を知りえなかった。

 ラムシュタインでは外部の情報を意図的に規制している。パニックを防ぐためには仕方のないことかもしれないが、母親の胸には不安が渦巻いていた。

「ほら、行きましょう」

 ともあれ、世界の平和よりも家庭の維持が大切である。

 空のほころびを探す息子の手を引いて、母親は市場へと歩き出した。


 市場といっても、今では配給制になった合成食料を配るだけの場所になっている。

 母親はビタミン剤の列に並ぼうとして、ふと足を止めた。


 あまりにも静かすぎないだろうか?


 町は死んだように鳴りを潜めていた。

 母親は息子を抱き上げると、背後を振り返る。

 そこには、母親と同じく配給を受け取りに来た市民がいるはずだった。


 やはり、誰もいない。


 母親は恐怖に駆られて走り出した。

 すぐに何かにぶつかり、尻もちをつく。

 母親は頭上を見上げた。


 そこには、空を覆い隠すようにザーク獣が立っていた。


 

 ラムシュタイン航空基地は混乱の極みにあった。


「総員基地内に退避!退避ーっ!」

「J・アルドの整備はどうなってんだ!?」

「終わってるけどまだシステムの立ち上げが終わってねぇよ!」


 怒号が渦巻く。

 その間にも、地面が崩落し、地中からザーク獣から這い出して来る。

 基地の自動防衛システムが時間を稼いでいる間に、走る隊員の一人をザーク獣が食い殺した。

 ザーク獣は環境に合わせて進化する。

 空を壁が覆っているのなら、ザーク獣はそれを避けることができるように進化するだろう。

 モグラ型ザーク獣、それが今回の進化の答えだった。


「整備班の避難はまだか!」

「そ、それが、予備の備品を購入に向かった者たちが戻ってきていません!」

「可能な限り時間を稼ぐぞ!三人とも、聞こえているか!」


 聡弥の通信に、すでに基地の出入口へと走っていた雄士、小鳩、アーシャは頷く。


「どれぐらい時間を稼げばよいのだ?」

『10分だ!整備班が艦に乗り込み次第即座この基地を離脱する!』


 基地から飛び出すと、外には凄惨な光景が広がっていた。

 濃密な血肉の香りは、周囲に飛び散った臓物と、人間を食い散らかしながら基地へと迫るザーク獣により振り撒かれている。


「くそっ!セットアップ!」


 焦りを隠せない雄士は、変身するや否や飛び立った。


「やめろぉおおおおおおおっ!!」


 基地の中で、救いを求めて逃げ込んだ市民が次々と死んでいく。

 敵中に飛び込んだセルイーター・フレイムは、セルブレードを引き抜いた。

 刹那、周囲のザーク獣がバラバラに切り裂かれる。

 一心不乱に、切る。

 間に合わなかった仲間の死体を越えて、フレイムはザーク獣の群れを解体していく。

 その剣技はかつてのがむしゃらに振り回すものとは隔絶の差があった。

 尖刃が煌めく度にザーク獣の一角が崩れる。


「フレイム!右翼は私が押さえます!」


 変身したアーシャの砲撃が火を噴いた。

 フレイムはアーシャの援護を受けて、襲撃される市民の一団へとたどり着く。


「逃げるんだ!早く!」


 市民の合間をすり抜けるように刃を振るい、市民を襲うザーク獣の攻撃を弾き飛ばす。

 流れるような動きで市民を守るフレイムは、人の流れに乗り切れず転んだ女性を助起こした。


「大丈夫だ、落ち着いて――」

 

 突然、彼女は表情を強張らせた。

 激痛を感じ、フレイムは戸惑いながら視野を腹部に向ける。

 長剣が、女性とフレイムの体を貫いていた。



「久しいな、雄士」

 剣を抜くと、刺さった女性を投げ捨てるかのように剣を払う。

 膝をついたフレイムに、女性の背後から現れたセルイーター・グレイヴは剣を突き付けた。


「下種野郎おおおおおおおおおっ!」


 痛みも気にせず、フレイムはグレイヴに切りかかる。


「鈍いわぁ!」


 グレイヴはその一撃を装甲で受け止めると、長剣でフレイムを吹き飛ばす。

 グレイヴの不意打ちは、深い傷となってフレイムの動きを鈍らせていた。


『ぐっ......、雄士、冷静に戦うのだ!

 正面から打ち合ってはならん!装甲に差がある、持久戦に持ち込め!』


 小鳩の忠告により、雄士は動きを変えた。

 にじり寄るようにグレイヴに接近すると、グレイヴの一振りを避けて返しの一撃でグレイヴを後退させる。

 しかし、すぐには詰めず、一定の距離を保ってグレイヴを追いかける。

 フレイムを追い払うように振るわれた剣を弾き、フレイムはグレイヴの装甲を次々と切り裂く。


「グフッ……!?」


 斬撃に押され、グレイヴは後方へと追いやられて行く。

 炎の様に揺れ、容赦なく敵を滅するフレイムの剣技にグレイヴは対応できず吹き飛ばされた。

 装甲には無数の切り込みが入り、崩れるのも時間の問題である。


「貴様には……」


 グレイヴは、何かを振り払うように叫んだ。


「貴様だけには負けるわけにはいかんのだァーッ!!!」


 長剣を捨て、スラスターを全力で噴出するとフレイムに向け砲弾のように突っ込む。

 フレイムは冷静に、胴体の水晶体をぎょろりと開いた。


「セルバスタ……っ!?」

 セルバスターでグレイヴを吹き飛ばそうとしたフレイムは、突然動きを止めた。

 グレイヴの背後には基地がある。


「撃てまい」

「あんた、どこまで!!」


 グレイヴはここまで読んでいたというのか。

 スラスターで加速したタックルでフレイムの姿勢を崩すと、グレイヴはフレイムの両手を掴んで身動きを封じる。


「セルバスター」


 ごく至近距離からのセルバスターが、フレイムを吹き飛ばした。


 セルバスターにより吹き飛んだフレイムは地面を転がった。

 その装甲は溶け、焼け焦げた半身が露わになっている。

 トドメを刺そうと歩み寄ったグレイヴは、側面より放たれた光線を受けてよろめいた。

 無傷のアーシャがグレイヴへと連射を浴びせると、グレイヴは後方へと飛び退く。

 彼のダメージもまた少なくない。


「まぁいい、フレイムはもはや再起不能だ。

 次似合うときが貴様らの最期になるだろう。精々最後の晩餐を楽しむが良い」


 そう言い残すと、グレイヴはピクリとも動かないフレイムを一瞥して空へと飛び去った。

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