第37話
起床のラッパ音が館内放送で流れると、雄士はノロノロとベットから置き上がった。
胴体に抱きついている小鳩を引き剥がし(小鳩は寝相が悪いのだ)、雄士は顔を洗って寝癖を整えた。
「んあ……もう朝か?」
「おはよう小鳩。
9時にはドイツに付くらしいし、早いとこ飯を済ませに行こう」
「わかった……」
寝ぼけ眼で動きののろい小鳩を急かして、雄士は部屋の外に出る。
すぐに小鳩が部屋のドアを開けた。
その背後には散乱した寝間着と、所々跳ねた髪の毛がちらついている。
「行くぞ雄士」
「だからパジャマは脱いだら畳めって。
寝癖も放置だし」
「はいはい……」
「ハイは一回」
「はーい」
「短く」
「あいた」
雄士は小鳩の頭に軽くチョップした。
本日の朝食はペーストフードだった。
栄養価、消化、カロリー共に優秀で、戦闘行為が予想される日には大抵でてくる食べ物である。
見た目がピンク色で、なおかつ味が非常に良くない事を除けば理想の軍隊飯であった。
「雄士、妾はもうお腹いっぱいだから残りは食べていいぞ」
「苦手なものもちゃんと食べないと大きくなれないだろ」
「もう成長期は終わっておるわ。
……う、うーむ、このザラザラした舌触りがどうも受け付けん」
「息を止めながら一気に飲み込めばいいのよ、コーヒーで味は誤魔化すの」
理華は早くも食事を終え、渋い顔でコーヒーを啜っていた。
三人の様子に、アーシャは首を傾げる。
「そんなに不味いですかね?
最初は自分もキツかったですけど、最近じゃコレを食べないとなんか落ち着かないんですよね」
ラッセルも不気味そうにうなずく。
「オレもだ。
マズいとは思うんだけどな……。
よく考えたら怖くねぇかそれって?」
「まず色が悪い。
何か危ないものが入ってるって言われても信じちゃうって。
なんでピンクなんだよ」
雑談を交わす雄士達の後ろで、不意に歓声が上がった。
食堂の壁面にホログラムで映し出されている外部の様子に変化があったのだ。
街はドーム状の装甲に覆われていた。
ドームの壁面からはハリネズミのように火砲が突き出しており、その防御の硬さを意匠と火力の両面で示している。
航空戦艦J・アルドが接近すると、ドームが2つに開き船体を内部へと受け入れた。
「おぉ……!」
「一つの街全部を装甲で覆ってるとは聞いてたけど、実際に見ると凄い迫力だな」
小鳩と雄士は興味津々といった様子で風景に見入っている。
ドームが閉まると同時に、人工太陽が透過され、ホログラムの空が天井など無かったかのように雲を流し始めた。
ザークの侵攻から1年、人類最大の都市となったラムシュタインの神聖さすら感じる姿に、スペースウォッチの隊員たちは称賛の声を口々に上げるのだった。
基地に着港したものの、大多数の隊員は待機を命じられていた。
いつプラネットイーターが襲来するか分からない為仕方のないことである。員たちは名残惜しそうにデッキから外を眺めていた。
「……俺、何から泣けてきた」
一人の隊員が目頭を押さえた。
デッキからでもわかるほどに、この街には人が溢れている。
孤独な戦いを続けてきたスペースウォッチの隊員達は、時折疑問を抱くようになっていた。
果たして自分たちの戦いに意味はあるのだろうか?
立ち寄る街は殆どが滅んでいる上、出会う人達も追い詰められ、自分達を歓迎していない。
これでは何を守っているのかもわからない。
ここに来て始めて、彼らは自分たちが守っていた平和の一点を垣間見ることができたのである。
「頑張らねぇとな……」
「あぁ」
隊員達は熱くなった目頭を押さえて、肩を叩きあった。
他の隊員達が思い思いの時間を過ごす間も、トレーニング室では激しい打撃戦の音が響いていた。
人形トレーニングマシーン、アシスモ君の素早いワンツーを潜り込むようにして避け、雄士は右のオーバーハンドを叩き込んだ。
首相撲を仕掛けてきたアシスモ君の首を取ってコントロール、体勢を崩して膝を打ち込む。
首相撲を崩されたアシスモ君が放ったミドルキックを半歩引いて避けると、雄士はガードの隙間から垂直のハイキックを顎に叩き込んだ。
『KO!』
アシスモ君のヘッドディスプレイに「キックボクシング上級編クリア!」の文字が表示されると、雄士の頭にタオルがかけられた。
「あまり根を詰めすぎるなよ」
「わかってるけど、動いてないとソワソワしちゃうんだよ」
声の主は小鳩だった。
雄士が汗を拭うと、小鳩は冷えたスポーツ飲料を放り投げる。
雄士はそれを喉に流し込んだ。
「アシスモ君の格闘技講座は全てクリアしたのではないか?」
「打撃系と剣術は終わったと思う。
セルイーターって飛べるから、関節技と投げ技はあんまり考えなくていいんだよな」
汗でシャツが張り付いた雄士の体は、激しい戦いの末にすっかり戦士のものになっていた。
そこに何故か照れくささを感じ、小鳩は顔を背ける。
二人は並んで壁にもたれかかって座ると、訳もなく二人で黙っていた。
心地よい沈黙がそこにはあった。
小鳩が雄士に体を預けると、雄士は顔を顰めた。
「汗臭いぞ、やめとけ」
「気になるものか。セルイーター形態の時はお主の体と一体化しているのだぞ。
汗どころか血液も直に浴びているわ」
そう言われると、セルイーター形態がなんだか不潔な物に思えてくる。
雄士は苦笑いを浮かべて小鳩を受け入れた。
「汗でベトベトする」
「ほら、いわんこっちゃない」
言葉とは裏腹に、小鳩は離れようとしなかった。
気がつけば、小鳩は寝てしまっていた。
慌ててよだれを拭いて顔を上げる。
隣を振り返ると、そこにはすやすやと寝息を立てる雄士が居た。
小鳩は笑みを浮かべると、雄士を横に寝かせて彼の頭を膝に乗せる。
「妾が安らげるのはお前の隣だけだ」
小鳩は雄士の頭を撫でた。
「……お前は違うのだろうな」
彼女の瞳には、想い人への愛しさと、深い悲しみが映っていた。
「のう、雄士よ。
もし妾が地球人で……もし、妾が幼馴染なら。
お前は妾を選んでくれたのか?」
当然、返事はない。
小鳩は残された時間を噛み締めるかの様に、雄士の頭を撫で続けた。
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