第36話

 航空戦艦J・アルドの艦長室の明かりが消えた所を見たものは少ない。

 通りかかるたびに明かりがついているものだから、隊員たちは「聡弥艦長アンドロイド説」「聡弥艦長複数人説」、大穴として「聡弥艦長セルイーター説」を提唱しており、今の所アンドロイド説が有力だった。

 

 微睡みから伊藤聡弥が目を覚ますと、自身の背中に上着を掛けようとして居る理華が驚いた表情で固まっていた。

「ご、ごめん、起こしちゃったね」

 申し訳無さそうに眉を下げる理華に、聡弥は首を振る。

「いや、今は少しでも時間が欲しい。

 むしろ起こしてくれて良かったよ」

 腕時計を確認すると、時刻は既に1時を回っている。

「もう遅いじゃないか。

 理華は早く寝なさい」

「 お父さんだって」

「 私はプラネットイーターを倒す為のシュミレーションの成功率を少しでも上げなければ」

 理華の表情に影が差した。

「雄士くんの事が心配か」

「……それもあるけど。

 雄士が雄輝と戦う前に、人類がこの戦いに負けてしまうような気がして」

 娘の言葉に、聡弥は目を丸くした。

「理華は、二人に戦って欲しくないとばかり思っていたよ」

「この戦いが始まったばかりの頃は、そう思ってた。

 どうにかして私達だけで雄輝を倒せないかなって」

 理華は悲しそうに微笑む。

「でも今は、決着をつけてほしいと思ってる。

 雄士が家族と向き合って前に進む為に。

 雄士にとってこの戦いは、今に始まったものじゃないから」

 聡弥は娘の様子に嘆息した。

「雄士くんの事を愛しているんだね」

「ぶっー!?

 ちょ、お父さん!?」

「違うのかい?」

 理華は顔を真っ赤にして父を睨む。

 その表情に邪な所はない。

 素でこの様な事を突っ込んでくるのが聡弥の天然な部分であった。

「違わないけど!

 ……ちなみに、お父さん的に雄士ってどうかな?」

 探る様な理華の質問に、聡弥は言葉を探しながら口を開く。

「そうだね……。

 内省的過ぎて一人追い詰められる所はあるけど、そこは彼の美徳でもあると思う。

 これだけ過酷な状況にありながら、愚痴の一つも零さない姿は英雄的ですらある。

 良い青年だと思うよ」

「 お父さん……」

 何やら高評価のようだ。

 ホッとしかけた理華の前で、聡弥はメガネをクイッと押し上げた。

「理華を取ろうとしなければな!」

「お父さん!?」

 ズッコける理華の前で、聡弥はシュミレーションの作戦を変更する。

 単騎で敵の群れに突進していったセルイーター・フレイムは理不尽にも砕け散った。

「私はこの船の艦長だぞ」

「ちょっとやめてよ大人げない!

 雄士はこんな馬鹿みたいな動きしません!」

 理華は聡弥を押しのけてキーボードを叩いた。

 先程とは打って変わり、セルイーター・フレイムの軌道が複雑なものに変化すると、プラネットイーターにダメージを与えていく。

 しかし、その攻撃を全く意に介さないプラネットイーターに追いつかれ、またもやフレイムは撃破されてしまう。

「やはりフレイムだけでは無理だね。

 しかし、ここにアレクサンドラ君とJ・アルドを追加した所で結果は変わらないだろうな」

「J・アルドの武装を弄れないかしら?

 次元砲のエネルギーを転用して簡易シールドとして展開すれば、プラネットイーターの弱点を探る時間稼ぎができると思うの」

 理華の提案に、聡弥は微笑んだ。

「私も同じことを考えていたよ。

 でも、運用方法が異なる」

「というと?」

「連合艦隊が壊滅した時の映像を確認していたんだけど、皮膚組織を次元砲が突き破って、内部でエネルギーが炸裂したことにより皮膚の膨張が見られたんだ。

 従来のザーク獣のような肉体構造ならこうはならない。

 プラネットイーターはあの巨体を動かす為に強固な体を持ち合わせるよりも筋肉量を優先しているんだと思う」

 聡弥は信じられない様な提案を口にする。

「私は、戦艦前面に次元シールドを展開し、ドリルの様にプラネットイーターの体内に侵入できないかと考えているんだ」

 正気を疑うような言葉であったが、理華は考え込んでいた。

 ザーク獣は地球の生物と同じく、脳を破壊すれば活動を停止する。

 プラネットイーターもその生態を受け継いでいるのなら、脳に当たる部分を破壊すればどれだけ巨大だろうと撃破できるはずだった。

 線上にしか通せない砲撃を行うよりも、あの巨体の中で持続して脳を探査、破壊できるように移動可能な攻撃を採用すると言うのは理にかなっている。

「ありかも。

 体内ならソナーも役に立つと思うし、脳の場所を探すことができる」

「では、その前提で作戦を組み立てよう」

 来客用の椅子を移動させて、二人はシュミレーションのパラメーターを吟味する。

 キーボードの音の中で、聡弥は徐ろに話し始める。

「……今迄済まなかった」

「なぁに、急に」

「 寂しい思いをさせていた」

 キーボードを叩く音が空間を支配したあと、理華は肩をすくめた。

「お父さん、いつも言っていたじゃない。

 次元エネルギー理論はお母さんと私の夢なんだって。

 ……それに、今更謝られたって困る」

 最後の言葉は、理華の何よりの本音だった。

 関係の修復には期限がある。

 傷は適切な処置を施さなければ、必ず消えない跡が残るからだ。

「 許してくれとは言わない。

 二人の夢を叶えたかったのは何よりの事実なんだ。

 私が理華に誓えるのは、これからの事だけだ。

 いつか、理華の父親だと胸を張れるように頑張るよ」

「どーせ仕事を優先するくせに。

 ……でも、期待しないで待ってる」

 理華はくすぐったいものを感じた。

 父親に思う所はあるが、それでも自分の事を思ってくれていたと言うことが分かっただけで彼女は嬉しいのである。

 我ながら単純だなと理華は思うが、そんな自分も彼女は嫌いではなかった。

「生き残ろうね」

「雄士くんも一緒にね」

「うん」

 理華にとって子供の頃から夢見た時間は、皮肉にも宇宙人の侵攻によって叶えられた。

 理科は、プラネットイーターとの決戦が目の前に迫っている中でこの時間が幸運を、今はただ受け入れた。

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