第35話
連合艦隊壊滅の知らせを受けたスペースウォッチは、呆然として新たな敵の強大さを見つめていた。
会議室の中には恐ろしさのあまり啜り泣く声もあるが、誰もそれを咎めるようなことは出来ない。
「……これが連合艦隊最後の通信記録だ。
世界各地の連邦軍も次々と襲撃され、消息を絶ちつつある」
聡弥はそこで言葉を切ると、小鳩に視線を向けた。
小鳩は立ち上がると、険しい顔で解説を始める。
「これはプラネットイーターと呼ばれるザークの最終テラフォーミング装置だ。
その圧倒的な質量と再生能力で現地の抵抗勢力を徹底的に破壊する」
小鳩は戸惑いを隠せない様子だった。
「武功を重んじるザークの中では禁じ手とされている兵器だ。
惑星の環境に取り返しのつかない破壊を及ぼしかねないものだから、使用記録もほとんど残っていない。
グレイヴめ、正気とは思えん」
「ダメ元で聞きますが、弱点などはないのですか?」
アーシャのすがるような目にも、小鳩は首を振るよりない。
「強いて言うなら、起動までに膨大なエネルギーと時間を要することだが……。
それも今となっては、な」
人類が戦局を巻き返す事をグレイヴは理解していたのだろう。
敵将の素早い判断に、スペースウォッチの隊員達は重い溜息を吐いた。
しかし、こうしている間にもプラネットイーターの進撃は続いているのだ。
聡弥は空気を断ち切るように、通る声で会議を締めくくる。
「最早我々に残された時間はない。
この会議の30分後、ドイツのラムシュタイン基地で補給を行いプラネットイーター攻略の糸口を探す。
以上!」
聡弥の声に隊員たちは何とか立ち上がると、重い空気を引きずり部屋を後にした。
夕食になっても、機内のには笑い声一つ聞こえないまま時間が過ぎて行く。
眉間にシワを寄せて合成肉のステーキを噛み千切っていたラッセルが、呆れたように大声を上げた。
「おめぇら何しょげ返ってんだ!
第一よぉ、雄士が来るまでは似たようなもんだったじゃねぇか。
俺らは勝てるアテもないのに、碌な訓練もなしでこの船に乗り込んだ馬鹿だろ。
何今更先のこと悩んでんだよ!」
ラッセルの声にムッとした数名が言い返す。
「うるせーぞ単細胞!」
「お前みたいに単純じゃね〜んだぞ!」
「はん!考えても答えなんて出ねぇよ!
賢いんならもっと楽しいこと考えろよな」
「楽しいこと?」
「おう、男なら皆乗れるはずだ。
ネットが切れる前にダウンロードしておいたアニマルなビデオを賭けてポーカーをだな……いってぇ〜!?」
アーシャはラッセルの爪先を思いっ切り踏んづけた。
「 テメェ何しやがる!」
「女性の前でそういう話をしない!」
「潔癖症かってんだ。
ほら、小鳩と理華を見てみろ、お前みたいに騒いでないぞ」
ラッセルとアーシャが隣を見ると、雄士が小鳩と理華に詰め寄られていた。
「雄士よ、アニマルなビデオとはなんだ?
男なら……とか言ってたが雄士も持っているのか」
「 待って、小鳩。
私が思うに何かの隠語だと思うわ。
雄士とラッセルが動物が好きだなんて聞いたことないもの」
「理華?嘘だよな……」
小鳩はともかく、理華の反応に雄士は衝撃を受けていた。
「雄士、何を焦っている?
良くないものなら相棒として止める義務がある。教えるのだ」
「そうよ、ただでさえ雄士は溜め込む事が多いんだから!」
「お、おいラッセル!これどうするんだよ!?」
狼狽える雄士からラッセルとアーシャは目をそらす。
「溜め込むって別の意味に聞こえるな」
「悔しいですが同意します。
これは無知シチュというやつですね」
「お前らさぁ!」
自身をネタに会話を繰り広げる二人組に涙目の雄士は、小鳩と理華に肩をガッシリと組まれる。
「話を逸らさない!話しにくいならあっちで聞くから……」
「全く、発散させないと前みたいに爆発するかもしれんのだぞ」
「待って!止まれ!アーッ!」
小鳩と理華に引き摺られていく雄士に、ラッセルとアーシャは十字を切った。
「雄士、可哀想に。
日本の女性って奥ゆかしいんですね。
この年齢で下ネタの知識が無いとは」
「あの二人が特殊なだけだと思うぞ」
気がつけば、食堂には5人の騒ぎによって笑い声が巻き起こっていた。
暗い空気もどこかへ飛んでいってしまったかのようだ。
アーシャはラッセルを流し見た。
「あなた、意外と気を使うタイプですよね」
「使いすぎてうまく行かない事も多いけどな」
「……私、気を使われたことがないような気がしますけど」
ラッセルはアーシャから視線を逸らした。
「お前は本心が分かりやすいからな。
俺も気楽でいいんだよ」
「ふん、分かったようなこと言わないでください」
ラッセルの横顔を見つめるアーシャは、言葉とは裏腹に上機嫌で頬を吊り上げる。
遠くて近い二人だった。
なお、雄士が戻って来たのは数分後の事である。
顔を真っ赤にした理華と、「妾とは正反対のタイプではないか……」と呟く小鳩の後ろで、彼は静かに泣いていたのであった。
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