第30話
森の中を疾走する装甲車両の中で、ラッセルは肩眉を持ち上げた。
装甲車両に搭載されているモニターに、スペースウォッチ隊員からの連絡が表示された空である。
モニターには「如月雄士:この付近に強盗団が近づいているとのこと。各自急いで基地に帰還されたし」というメッセージが表示されている。
「強盗団だぁ?」
ラッセルの呟きに、アーシャは溜息を付いた。
「……元々、銃器の規制が緩い地域ではザーク襲来直後から組織的な略奪行為は行われていました。
しかし、日本でもこうなっているとは」
「こりゃあ戦後が大変だぞ」
「各地の武装勢力の武装解除と地域復興、気が遠くなりますね」
既に戦地の外にも力の秩序が普及してしまっている。
法の秩序を取り戻すには、気の遠くなるような時間を要するだろう。
「そんでどうする。引き返すか?」
「味気ない日々とおさらばできるなら、私一人でも行きますよ!」
「へっ、冗談だよ」
もっとも、それで引き下がるような二人ではない。
嗜好品に飢えた獣たちは、森の奥へと車を走らせる。
「そろそろ着きます。
強盗団の事もありますから、3Dプリンターを回収したら直ちに撤退しましょう」
「嫌な予感がするな。
今のうちに武装の確認しとけよ」
「……やめてくださいよ」
アーシャは腰に差していた拳銃のマガジンを抜いて、弾の装填を確認する。
デトロイト造兵廠製15mmエネルギー弾を使用する、M56拳銃である。熊や猪などの野生生物に対しては絶大な威力を有するが、エネルギー弾対策を施した防弾装備を相手がまとっていた場合が怖い。
きな臭くなってきた状況を前に、アーシャは欲望に駆られた事をちょっと後悔していた。
川島重工の工場から少し離れた位置に装甲車両を止めたラッセルは、車両に搭載されていたM38プラズマライフルを構えながら目的地へと向かっていた。
その背後を、拳銃を構えたアーシャが着いていく。
「強盗団はいないらしいぜ」
「好都合ですね。
3Dプリンターは2階にあります、急ぎましょう」
ラッセルは丁寧なクリアリングから、パーク中に破壊されたであろうひしゃげた扉の中に入っていく。
その動きを背後から観ていたアーシャは眉を顰めた。
「ラッセル」
「なんだよ?」
「あなた、整備兵になる前は何をしていたんですか?」
「なんだよ、藪から棒に」
ラッセルは角から通路を確認し、問題ない事をハンドサインで示して進む。
「動きが熟れています。
私も一応は兵士としての訓練を受けていますが、基礎しか習っていません。
あなたの動きは一般兵科の方々のものと遜色ないように見えますが」
ラッセルは振り返らない。
「答えたくない」
――えっ?
アーシャは無防備な声を漏らした。
徐々に、ラッセルに拒否されたという事実が胸を侵食していく。
誰に対しても気安く、それでいて気を遣う事を忘れないラッセルが明確に自分を拒否したのだ。
想像以上に自分がショックを受けているという事実に更に動揺しながらも、アーシャはおぼつかない足取りでラッセルの背中を追いかけた。
試作品の3Dプリンターが保管された部屋は、その分厚い扉を開け放っていた。
コンピューターに繋がれた3Dプリンターはほとんど無傷に見える。
「よっしゃ、速いとこコアを切り離そうぜ」
「そう、ですね」
アーシャは浮かない表情でキーボードを叩く。
3Dプリンターは軍用として作られているため、その携帯性が強く求められる。
コア部分さえあれば、コア部分で作ることのできる小さな部品を組み合わせて現地で3Dプリンターを組み上げられることが出来る機能は、3Dプリンターに求められる最も重要なものだった。
コアを切り離すべくシステムを弄繰り回していたアーシャの指が止まる。
「どうした?」
「……使用履歴があります。
それも武器の生産履歴ばかりです!」
強盗団が近くにいるという情報が、二人の脳裏によみがえった。
「急ぎましょう!」
キーボードを目にも止まらぬ速さで打鍵し、アーシャは切り離した3Dプリンターのコアをバックパックに放り込んだ。
ラッセルが先導し、階段を駆け下りる二人。
「あぁクソ、マジかよ……」
ラッセルの顔が苦渋に歪んだ。
一階には、既に強盗団と思わしく男達がたむろしていたのである。
荒事に慣れているのだろう、男達の反応は素早かった。
一階に降りてきた二人に動揺することなく銃を突きつける。
しかし、それよりも早くラッセルは動いていた。
アーシャを引っ張るようにして物陰に飛び込むとライフルを連射する。
「やれるか」
「実戦は経験しています。
それに、危なければ変身すればいいですから」
「それは最後まで取っとけよ。
一度変身すると、その日はもう変身できないんだろ。
その間にザークに襲われちゃかなわない」
迂闊に体を出した敵をプラズマ弾で吹き飛ばし、ラッセルは小刻みな連射で周囲を寄せ付けない。
敵の動きが止まった間に、ラッセルは身を屈めて走り近くの柱の裏へ飛び込む。
その姿を追った敵を、アーシャの拳銃が撃ち殺す。
「温室育ちじゃない訳か!」
「デトロイトではよくあることです!」
「ひでぇとこだなオイ!」
ラッセルが弾倉を入れ替える間、アーシャの射撃が敵の前進を食い止める。
柱から飛び出したラッセルが滑るように受付の机の裏に取りつき、銃だけを覗かせて周囲に弾をばら撒いた。
気圧され、後方にじりじりと下がっていた敵が次々と倒れる。
その隙に走り寄ったアーシャが、勇敢にもラッセルを狙った敵を吹き飛ばす。
「待った!降参する!」
柱の奥から最後まで応戦していた敵が、突然抵抗を辞めた。
「そんじゃ、武器を捨てろ」
「これでいいか!」
柱の陰からライフルが滑って来る。
「両手を後ろに組んで出てこい。ここに寝そべって動くなよ」
柱の裏から両手を頭の後ろにおいた男が顔を伏せて這いだし、二人の前で膝を付く。
男がふと顔を上げた。
少し骨張った顔をした男を目にした瞬間、ラッセルが身を強張らせた。
「なんで……」
言葉を失ったラッセルにアーシャが気を取られる。
その隙を男は見逃さない。
アーシャを体当たりで吹き飛ばすと、ラッセルを殴りつけて転倒させる。
2階へ続く階段へ走る男の背中に放たれたアーシャの銃弾は、周囲に弾痕を残すのみで終わってしまった。
「ラッセル、無事ですか!?」
「あ、あぁ……」
「しっかりしてください。
あの人は何者なんです」
ラッセルの手を引いて立ち上がらせたアーシャは彼に詰め寄る。
「あいつは……俺が刑事だった頃の相棒だ」
ラッセルは目を逸らしながらも、今度は話題を逸らすことなくそう言った。
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