第29話
店内はまるで時が止まったかのような内装だった。
くたびれたコンクリートの壁に、緑色のシートが張られた床はまるで演出が感じられない。その店内に、鉄の棚がびっしりと並び、大量の駄菓子を陳列している。
「これだよこれ……!」
人は過去を嗜好するもので、定期的に訪れるレトロブームは再現された駄菓子屋を日本各地に生み出していた。
しかし、雄士に言わせれば、それは理想の駄菓子屋という概念を再現したに過ぎない。
賞味期限や衛生管理が怪しい駄菓子の数々や、空調が効いておらずじめっとした空気こそが駄菓子屋の醍醐味である。
ちなみに理華はこの主張に首を傾げていた。
「ここには夢がちゃんとある。
間違いない、これは昔からやってる駄菓子屋だよ理華!」
「私、雄士の事がたまに分からなくなるな……」
理華は危ない人から一歩距離を取った。
しかし、店内を眺めているうちに彼女も次第にそわそわと視線を動かし始める。
「せっかくだし、私達も何か買っていかない?
昔やったみたいに、値段内でどっちがいい買い物をできるか勝負しましょうか」
「いいね。
そうだ、今回はお互いが選んだものを交換しない?」
「乗ったわ」
お菓子の選び方にも二人には違いが出る。
理華はバランスよく、こんにゃくゼリーやカツなどの触感が異なる比較的高価格帯のお菓子でそろえる。
雄士は質より量と言った様子で、スナック棒や猫ガムを揃え、最後にドーナツを棚から取った。
「はい、全部で200円だよ」
店主の老女に小銭を渡した雄士は、老女に尋ねる。
「現金で問題ありませんか?
最近では、物々交換が主流だって聞いてますけど……」
物流が崩壊する中で、通貨の価値は消えていった。
現在必要とされているのは現物である。
「構わないよ。
もとより、ここにあるお菓子は子供たちの娯楽以外の役に立ちやしないんだ。
それに、どっちにしろ今日で閉店さ」
「閉店?どうしてです。
随分にぎわっているように見えますが」
雄士の疑問に、老婆は首を傾げた。
「あんた、知らないのかい。
ここに強盗団が近づいてきてるんだよ。
最近は集団で武装して物資を奪うやつらも増えたんだ。
本当は店を続けたかったけど、息子がどうしても連れて行くって言ってねぇ」
息子の心配が嬉しいのか、老女の表情は言葉とは裏腹に明るいものだった。
地上の治安はいよいよ崩壊してしまったらしい。
治安維持の戦力どころか、通常戦力すら不足している軍の現状を見れば当然のことかもしれなかった。
「あんたたちも、この町に長居するんじゃないよ」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
駄菓子屋を出て、二人は暫く買った駄菓子を広げられる場所を探した。
瓦礫の積み上げられた児童公園で、二人はベンチで腰を下ろす。
「強盗団かぁ。
この戦いに勝ったとして、世界は元に戻れるのかな。
あ、スナック棒のこの味美味しいわね」
「どうだろうな。
治安の面は連邦軍が兵力をどれだけ残存出来るかに掛かっているんだろうけど。
……久しぶりにカツを食べたけど、なんかカレーっぽい風味だな。これはこれでおいしいかも」
二人は駄菓子に舌鼓を打ち、年頃の男女にしては荒廃した会話を交わす。
「質より量作戦も良いものね」
「質と量は両立してるぞ、失敬な。
でも、高いもの数点は満足度があっていいな」
「高いって言っても30円なんだけどね」
「あはは、確かにそうだ」
駄菓子を食べきった二人は、暫く他愛のない話を続けていた。
しかし、軍隊暮らしでは日常会話の種になる様な出来事はあまり多くない。
理華は会話も途切れた所で、雄士から少し目を逸らす。
「大丈夫なの?」
雄士には、その質問が母を自ら手にかけた事に対しての言葉であると分かっていた。
「……母さん、嬉しそうだったから。
俺が母さんを笑顔にしてやれたことなんて今までなかった」
それはどうしようもなく歪んだ関係。
だが、彼にとって待ち望んだ親子の瞬間だった。
「だから、不思議と今はすっきりした気分だ」
「そっか」
理華は一度口を噤むと、今度は雄士の目をしっかりと見据えた。
理華の瞳に、雄士の姿が映り込む。
見透かすような瞳が雄士を捉えて離さずにいた。
何か言いたいことがあるのだろう、雄士は理華が口を開くのを待つ。
雄士にも、彼女から瞳を逸らすつもりはなかった。
「雄輝の話を聞いたから?」
だから、理華の言葉にも誤魔化すことはしない。
「それもある。
デートに誘ったのは、それがきっかけだ。
だけど勘違いしないでくれよ、別に嫉妬でやってるわけじゃない」
「嫉妬じゃなかったら、本気ってことになると思うんだけど」
「お互いの気持ちを確かめるのがデートの意義じゃないかな」
「確かに」
笑顔が浮かび、理華の視線が和らいだ。
「俺がそういう事言うの、そんなに変かな」
「変というか、正直予想もしてなかった。
だって私達はずっと姉弟みたいな距離感で、ずっと仲良くやって来たじゃない」
「それは兄さんだってそうじゃないの?」
理華は痛いところを突かれたかのように苦い顔になった。
「……ほんとうに、そうよね」
「あ、いや、悪い」
皮肉を言うつもりはなかっただけに、雄士は慌てた。
無傷で関わるには、雄士と雄輝、そして理華の関係はあまりにも絡まりすぎている。
ただ触っただけでも手を切ってしまう様な、針金でがんじがらめになった3人。
それだけに離れるという選択肢は、初めから存在しなかった。
「そうよねー。
私だってズルいって思った」
理華の言葉に、雄士は目を丸くした。
理華がこれまで雄輝を悪く言ったことが一度でもあっただろうか。
「だってさ、私達の関係を盾にしてるようなものじゃない。
しかも雄士が居なくなったら急にだよ?
断ったら私が一人ぼっちになっちゃうって、頭のいい雄輝なら絶対解ってるくせにね」
理華の表情は、どこか吹っ切れたようなものだった。
「なに驚いてるのよ。
私だってもう純粋無垢って年じゃないんですからね」
「……ちょっとショックかも」
理華は肩を竦めた。
「でも、これで本音で話せるでしょ」
「確かにそうだ」
もう「きょうだい」の看板は必要ないから。
過去に築き上げた幻想のつながりがなくても、隣に居られることを二人はもう知っている。
近づきすぎて痛い目を見ても、またやり直せることを二人は信じている。
「俺は昔、きっと理華の事が好きだったんだ。
木に登るのが得意じゃなくても、理華がいるなら全然怖くなかった。
あの頃の俺は、理華の為ならきっとなんだってできた」
それに、ガキだったし。
雄士はそう付け加えて、過去の蛮勇のあれこれに苦笑いを浮かべた。
夜中に宿泊施設から一緒に抜け出したり、自転車だけで海を見に行ったり。
そんな大冒険を雄士は理華の為だけに繰り広げてきたのだ。
「……今は、違うの?」
理華の上目遣いが、雄士を覗き込む。
「分からない。
でも、分かりたい。
きょうだいだってばかり思ってて、もうこの気持ちがどっちに向いてるのか分からなくなってたけど。兄さんが理華と付き合ったって聞いたとき、確かに俺は」
雄士は、汚いものでも引きずり出す様に言葉を絞り出した。
「――ズルいって思ったんだ」
理華は上目遣いを逸らした。
その顔は、赤く染まっている。
ただ、結論は出ていない。理華は逃げ出したい気持ちを抑えて、無言で待つ。
「俺は自分の気持ちを確かめたいと思ってる。
だから、もうきょうだいはおしまいにしよう」
答えを出すために、友達から再スタート。
「……そんなの、雄士だけで解決してよ」
「ごめん」
結局、雄士のやっている事も雄輝と変わらない。
どこまでも自分本位な理由で理華を振り回しているのだ。
「それに、私が雄士に全然魅力を感じてないって言ったらどうするつもり?」
「そりゃぁ……へっ?
い、言われてみれば確かに……理華だからそんなことは無いと思い込んでたけど……。
そ、そんなこと言わない、よね?
二人の兄弟に縛られた理華は、仕方ないなと呟いた。
ダメな幼馴染も可愛いものだ。
「いいよ、最後まで付き合ってあげる。
如月兄弟と付き合うには甲斐性がなくっちゃいけないもの」
でも。
理華はどこか遠くに視線を向けた。
「小鳩の事もちゃんと見てあげてね。
あの子、雄士が苦しんでる間、一瞬だって離れずに看病してたんだから」
なぜここで小鳩の話が出てくるのだろう。
呆気に取られている雄士から表情を隠す様に、理華は立ち上がった。
「それじゃ、噂の強盗団が来る前に帰ろっか」
「お、おう……」
戸惑いながら、理華の背中を雄士は追いかける。
小鳩を思い出してなぜか痛んだ胸に、雄士は一人眉を顰めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます