第28話

 ラッセル・ハーバーはその日珍しく早起きをした。

 彼に言わせれば、これは決して今日の「お礼」 の為に早起きしたのではない。たまたま目が覚めたということになっている。

 つなぎではなく、革のジャケットを着て歩くラッセルを周囲の隊員達が物珍しそうに眺めている。

 彼に言わせれば、たまには気分転換でつなぎ以外も着たくなるとの事だが、彼がつなぎ以外の衣服を着用したのは戦いが始まってから今日が初である。

「すみません、待ちましたか?」

 だから、ラッセルが普段通りの軍服で現れたアーシャを見て落胆した表情を浮かべたことも仕方なかったと言えよう。

「いや、俺もさっき来た所だ」

「……なんだか今複雑な表情を浮かべていませんでしたか?」

 首を傾げたアーシャは、何かに気がついて声を漏らした。

「今日はいつもの作業着じゃないんですね」

「変か?」

「いえ?よく似合っていますよ」

 ラッセルは己との賭けに買った事に、心のなかでガッツポーズする。

「お前さんはいつもの軍服だな。

 今日はどこに行くのかそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

 アーシャからは、今日の行き先を教わっていない。

 アーシャの服装から、ラッセルが想像していた男女のお出かけで無い事に密かに落ち込みつつもラッセルは尋ねた。

「まぁまぁ、まずはドライブから始めましょう」

「あん?

 なぁ〜んか企んでるなお前さん」

 ラッセルの言葉にアーシャは知らんぷりを決め込んだ。

 仕方なく手空きの装甲車両に乗り込むと、ラッセルはキーを回す。

 この時代になっても、物理鍵はなんだかんだで現役を続けている。

 心地よいとは言えないサスペンションの挙動に揺られながら、装甲車両は走り出した。

「あ、そこを右に曲がってしばらくまっすぐお願いします」

「へいへい」

 スペースウォッチの中でも一番人気と名高いアーシャに「お礼」を言い出され、珍しく浮足立っていたラッセルの気分も流石に冷めている。

「ラッセル、これはあなたにしか頼めないことなんです。

 信頼できて、機械の知識がある人が必要だったんですよ」

「話が見えてこねぇが、今日は俺へのお礼って話じゃ無かったか」

「勿論お礼でもありますよ。

 今から取りに行くものは、誰もが喜ぶ夢の装置ですから」

「なに?」

 想像とは違う方向へと傾き始めた話題に首を傾げるラッセルに、アーシャはいたずらっ子のように笑った。

「試作品の川島重工製最新3Dプリンターのありかを知ってるんです。

 覚えていますか?一年前に軍事関係者を騒がせた連邦軍次期主力3Dプリンターですよ!」

「なにぃ~っ!?

 マジかよオイ!

 そりゃはっきり覚えてるぜ!なんせ今までの3Dプリンターがコスト面で採用してなかった原始結合法を採用してたってあれだろ!論理上酒から肉まで何でも作れるってやつ!」

「そうですよラッセル・ハーバー!

 まぁ、実物は兵士が余計なことをしないようにプログラムは組まれていないんですけどね。

 ここには私がいます!

 今なら出血大サービス!手動で組んで差し上げますよ!

 エクレアでもマカロンでもなんでもです!」

「馬鹿、そういう事はとっとと言えよ!

 ヒャッホー!!」

 ラッセルは装甲車両のアクセルを踏み込んだ。

 跳ねる車内に文句を言うどころか、アーシャは声を上げて笑う。

 普段は隠れた彼女の一面に、ラッセルは思わずその横顔に見とれていた。

「あはは!飛ばしてくださいラッセル!」

 装甲車両は土ぼこりを巻き上げて、森の中へ飛び込んでいった。


 

 雄士は乾き始めた風に身を震わせた。

 スペースウォッチの隊服も衣替えを終え、いよいよ冬が迫っている。

 たった一人のセルイーターを倒すために一年近く経ってしまった。

 仮にあと2体を2年かけて倒すとして、人類はその出血に耐えられるだろうか。

「ごめん!待たせちゃった!」

 吹き込む風に体を丸めた雄士は、理華の声に顔を上げた。

「 服で迷っちゃって……。

 私服にするか迷ったんだけど、夏物だと寒いから結局これで来ちゃった。

 ごめんね?」

 理華はスペースウォッチのジャケットに厚手のシャツを着込んでいるシンプルな格好だった。

「いや、俺もほんのちょっと前に来たんだ」

「そっか、良かった。

 今日はどこに行くの?」

「一応プランは立ててあるけど……多分建物が吹っ飛んでるだろうし、その時時で考えようか。

 理華とならどこでも楽しいだろうし」

「……なんで雄士はそういう恥ずかしい事を真顔でいうかなぁ」

 理華は顔を赤らめてモゴモゴと口小声で文句を言った。

 しかし、よく見れば雄士の顔も同じ様に赤みが指している。

「俺も恥ずかしいけどさ。

 こういう所から意識改革していこうかなと思って」

「なにそれ」

 つまりは、自分を男としてみて欲しいと言うことなのだろう。

 現に照れてしまった自分も、やはり今まで通りでは無い。

 理華は昨日の小鳩との話を思い出して、一人赤面するのだった。


 二人は、戦前まで大きな街があったはずの場所を歩いていた。

 眼下には瓦礫の山が広がり、そこに街と呼べるようなものは既に存在していない。

「もしかしたらと思ったんだけど……やっぱりダメか」

 雄士は名残惜しそうに情報端末を眺めた。

 サーバーを管理する会社も次々と失われていった。

 今残っているのは民間人が避難するために必要な地図情報だけである。

「良いじゃない。

 のんびり散歩でもしましょうよ。

 ――あら?」

 ふと、理華が瓦礫の向こうに目を向けた。

「ねぇ雄士、子供の声がするわ」

「あ、本当だ……」

 目を丸くして、二人は声の方へと寄って行く。

 瓦礫の山から顔を覗かせると、そこには破壊されていない建物がぽつぽつと建っており、一つの家屋の中に子供たちが集まっていた。

 中からお菓子を抱えた子供たちが走り去っていく。

「駄菓子屋か!

 信じられないな、ザーク獣の襲撃を逃れているなんて」

 雄士の嬉しそうな表情を見て、理華はつられて微笑んだ。

「行きたい?」

「え?あ、いや、でもデートが」

 目が泳いでいる雄士に、くすくすと理華は笑った。

「目が輝いてるよ、雄士」

「……はい、行ってみたいです」

 観念した雄士のわき腹を肘でつつきながら、理華は駄菓子屋へと向かうのだった。

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