第27話
セルイーター・レジーナの死を感じ取った雄輝は、雄作の元へ駆け込んだ。
「父さん!母さんが……」
「愚か者、何を取り乱している。
感情に飲まれた者が命を失うのは当然だ。
我々は人間である前にザークの名誉ある戦士だと言うのに、お前も明奈も感情的すぎるのだよ」
至って平穏そのものに見える雄作に、雄輝は反感の念を抱いた。
如月雄作という人間は、自身の期待に応えないものを対等に扱わない。
明菜ですら、雄士の教育を怠ったとして邪険に扱っていた時期があった程だ。
無自覚な邪悪さを抱えているのが、この如月雄作なのである。
「それに、計画は達成されている。
プラネットイーターの展開は完了した」
雄輝は一転して顔を曇らせた。
プラネットイーター、それはセルイーターの惑星開拓兵器である。
惑星を飲み込む巨大な生物兵器であり、起動までに大量のエネルギーを要求する欠点があるものの、その破壊力は数多くの文明に対して証明済みである。
「不満気だな、雄輝よ」
「そんなことは無いよ」
雄作を睨みつけたものの、雄輝は雄作の言葉を否定せずに部屋を出ていった。
「しかし、人類とはこれ程までに感情的な生き物だったのか。
やもすると、人類こそが……」
雄作は深く考え込む。
彼の傍に佇む明奈はもう居ない。
レジーナを撃破したスペースウォッチの隊員達は、何処か夢見心地で黙々と夕食を済ませていた。
戦いが始まって7ヶ月、人類を滅亡の縁にまで追いやっている天敵を遂に落したという事実は、あまりにもスケールが大きく首を傾げてしまう。
そんな中でも、雄士と小鳩はいつも通りの会話を繰り広げている。
「雄士よ、お前寝相が悪いのではないか。
妾が目を覚ますといつもお主がさかさまに寝ているのだが」
「小鳩が回転してるんだよ……。
たまに毛布を奪ってくるし」
「バカな、夜の寝相で文句を言われたことなどないぞ」
「ザーク人のベッドってどんな感じなんだ?」
「抵抗力を極小にまで落とした液体の中で寝るのだ!
使用者の眠りを妨げんように、容器がミリ単位で使用者の位置を中心に保つよう動く優れものなのだ」
「……小鳩の場合凄い揺れ方してそう」
「失敬な」
ザークにはそもそも一緒に寝るという文化がないらしい。
実の母親を手にかけたにもかかわらず、雄士はいたって明るく振舞っている。
雄士は自身の仄暗い部分は小鳩に見られたくなかったのだ。
それを知ってか知らずか、小鳩の話題は次に移った。
「しかしアーシャよ、今日は素晴らしい動きだったな。
訓練の時に比べて見違えるような動きだったぞ」
「はい。
親切な誰かさんが特訓に付き合ってくれたものですから。
ラッセル、なぜ目をそらしたのですか?
明日の予定は空けておいてくださいね」
「……お前、昨日の自分がどれだけ理不尽だったかもう忘れてやがんのか。
明日な、覚えとくよ」
明らかに距離の縮まった二人に、雄士と小鳩は顔を見合わせた。
航空戦艦J・ アルドの浴場は1つしかないため、男女で使用する時間が限られている。
その為に、殆どの同性とはこの時間に顔を合わせる事になる。人数が男性より少ない女性は取られている時間があまり長くないため、なおさら顔を合わせやすい。
浴場で小鳩と鉢合わせた理華は、気まずさを押し殺して小鳩に笑いかけた。
「今日はお疲れ様」
小鳩はじっと理華の顔を見つめた。
「後ろめたい所がある顔をしているな」
「そっ、そんな事ないわよ?
急に何を言っているのかしらこの子は?」
「言葉遣いが乱れているな。
最近妾を避けているようだったが」
「うぅ……」
理華は態度に出るタイプだった。
「一緒に体を洗おうではないか、うん?」
「はい……」
理華は小鳩に隣のシャワー迄連行される。
浴場には省スペース化の為に湯船はなく、仕切りすらないシャワーがズラリと並んでいるだけの簡素な作りだった。
最も、戦地でお湯を浴びられるだけでも贅沢な行為だと隊員達は理解している。
「はぁ〜、凄いな……」
小鳩の舐め回すような視線に、理華は胸を隠す。
「 おっさん臭い事言わないでよ」
「見ても減るものではあるまい。
良いではないか」
「侘び寂びの問題なの」
疲れを洗い流し、二人は暫くシャワーを浴びて無言の時間を過ごす。
「それで、最近はどうなの」
「どうとは?」
「……言わなきゃ駄目?」
不覚にも、小鳩は理華にときめいてしまった。
これが侘び寂びなのか。
独りでに納得している小鳩に催促されていると感じたのか、理華は恥ずかしそうに俯いた。
「雄士のことよ」
小鳩はしおらしい理華にいじわるをしたくなった。
「人に尋ねるなら、まずは自分からではないか?」
顔の赤みがさっと増した。
理華の瞳が揺れ動く。
「わからないの。
ただ、雄士はもう男の子になってて……。
今は揺れてる」
照れ隠しに横髪越しに小鳩を見つめた理華は、彼女に問い返す。
「小鳩こそ、どうなのよ」
きょとんとした表情を浮かべた小鳩は、暫し考え込む。
シャワーの音だけが響く。
「そうだな。
考えた事も無かった。
だってあやつは妾の相棒で、あやつが居なくなることなど……」
そこで小鳩は顔を顰めた。
「うん?」
首を傾げ、固まること数分。
「むむむ?」
今まで胸の中にあった暖かいものの正体に、小鳩はようやく気が付く。
「あぁ、なんだ。これが恋なのだな」
小鳩はくすぐったそうに微笑んだ。
その後は、言葉数も少なく二人は浴場を後にした。
更衣室の椅子で火照った体を冷やしながら、理華は背もたれに体を預ける。
「理華よ、妾は遠慮せんぞ」
理華は答えることが出来ない。
雄士のみならず、小鳩も変わっていく。
「……急に言われたって困るわ」
「本当にそうだろうか。
雄士は、ずっとお主に親愛の情を見せていたではないか。
お主とてそうだ。
ただ、お互いに相手を失う事を恐れて踏み込まなかっただけだ」
そして、雄士は戦いの末に、理華から逃げる事をやめた。
それは皮肉にも、小鳩によって周囲の人々を信じることができる様になったが故の行動である。
「私は……」
頬を染めるも、やはり理華はその先を口にすることが出来ない。
小鳩は優しく微笑んだ。
「早い者勝ちだからな。
あまり長くは待っておれんぞ」
「自分だって、今日気がついたくせに」
恨むような理華の視線を躱して、跳ねるように小鳩は更衣室を出ていく。
熱を帯びたため息が、更衣室に消えていった。
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