第26話

  セルイーター・レジーナの発見は、スペースウォッチが想定していたよりも早かった。

 レジーナは姿を隠すことすらしていなかったのだ。

 核融合発電所に張り付いた触手に何らかの作業を行っている姿が小型偵察ドローンで観測されると、航空戦艦J・ アルドは直ちに現地へ向かった。

 格納庫で戦場への到着を待つ雄士、小鳩、アーシャの3人は言葉数も少なく緊張感を漂わせている。

 張り詰めた空気を和らげたかったのだろうか、突然小鳩が口を開いた。

「ところでアーシャよ、変身時の掛け声はちゃんと行っているか?」

「掛け声、ですか?」

「そうだ、若い世代のセルイーターには古い伝統として避けられていると言うがとんでもないことだ。

 戦いの覚悟を示すという掛け声の意義を理解しておらんのだ」

「ちなみにどんな掛け声なんですか?」

 アーシャの疑問に嫌な予感を感じた雄士が距離を取り始める。

 無慈悲にも、小鳩は笑顔で振り返った。

「実演するぞ、雄士!」

「ああっ!体が勝手に!?」

 手を突き出して握りしめ、雄二は叫んだ。

「セットアーップ!

 セルイーター・フレイムッ!!」

 変身ポーズのまま、顔を真っ赤にして固まる雄士。

「恥ずかしいのでやらないですよ」

「なんと!

 アーシャも伝統を捨てるというのか!」

「そもそも私、人工セルイーターですし」

 不要な恥を書いたことに雄士は涙を流した。

 場の緊張感が薄まった所で、小鳩は雄士の袖を引く。

「母上と戦えるか、雄士?」

「大丈夫。

 兄さんのお陰で覚悟は決まったよ。

 兄さん達は……もういない。

 俺は、ここに居るみんなの為に」

 そこで言葉を切ると、雄士は少し照れながら言葉を続ける。

「小鳩の為に戦うよ」

「……うむ、期待しているぞ」

 小鳩は赤い顔を隠すためにそっぽを向いた。

 私が居ることをコイツラは忘れているのではないでしょうか?と、アーシャは気不味さに明後日の方向を見つめている。

  緩むどころか緩み切った雰囲気の中で、聡弥の声が鳴り響いた。

『セルイーター・レジーナを射程圏内に収めた。

 これよりレジーナ討伐作戦を行う。

 諸君らの健闘を祈る!』

 即座に返信した2人は、J・アルドから飛び立った。

 勿論、律儀に掛け声を決めたフレイムがアーシャの後を追う形であった。


 セルイーター・レジーナは順調に進む計画に喜んでいた。

 特に日本は早くから戦力を失ったことにより、大規模なエネルギー生産施設が数多く接収できている。

 計画に必要なエネルギーまであと少し。人類に打ち勝つ光景が脳内に広がり、レジーナは装甲の下で笑みを浮かべる。

 

 しかし、彼女も歴戦の勇士である。

 水平線の奥から瞬いた次元砲の光に、レジーナは即座に動いた。


 回避した次元エネルギーが炸裂し、レジーナの後方を破壊の光で照らす。

 躱した、そう確信したレジーナは、次元エネルギーに紛れて放たれた光線に吹き飛ばされる。

「なにっ!?」

 レジーナを撃ったのは、存在しない筈の5人目。

 アーシャの変身した人工セルイーターであった。

「人類が作った人形なんぞが本物に叶うものかっ!!」

 2射目をブレードで弾き、人工セルイーターに向かって加速するレジーナ。

 建物の陰から飛び出したセルイーター・フレイムが、レジーナを脇から切り裂いた。

「ガァァァァッ!?」

 怒りの混じった叫び声を上げ、レジーナは地面に追突する。

 浮上はせず、地面を這うようにスラスターを加速したレジーナは、アーシャの射撃を軽々と避ける。

 その正面に、セルブレードを振り被ったフレイムが突撃した。

「俺はここだぜ!母さんッ!!」

「雄士!相も変わらず聞き分けの悪い!」

 空中で鍔迫り合い、火花を激しく散らす。

 親子二人は、手心を加える隙もなく打ち合う。

 しかし、そこには憎しみは見えず、奇妙な高揚感が漂っていた。

「雄士さん!今援護を……!」

「邪魔をするなッ!」

 援護射撃を続けるアーシャにレジーナが吠えた。

 地中が盛り上がり、まるでミミズのように這い出した触手がアーシャに迫る。

 アーシャはマルチキャノンのセレクターを操作し、「BLADE」と銘打たれたメモリに合わせる。

 マルチキャノンが変形し、長剣となって触手を切り裂いた。

 次々と襲い来る伏兵に、アーシャはフレイムを援護することが出来ない。

 これで親子水入らず、二人は空で静止して睨み合う。

「ウォォォォォォォォォッ!!」

「ハァァァァァァァァッ!!」

 白刃が交錯する。

 火花が落ちるよりも早くフレイムの後ろへ加速したレジーナが、背面装甲を切りつけた。

「グウッ……!」

 フレイムの斬撃が空振り始める。

 残像が見える程の速度でレジーナは飛び回り、フレイムの装甲を斬り裂いていく。

 フレイムはブレードから手を離すと、ゆっくりと拳を構える。

 ブレードは遥か下の大地へ落ちて行く。

 フレイムは真横から突き出された刃を避け、レジーナの腕を掴む。

 離脱しようとするレジーナとは反対方向にスラスターを振り絞りつつ、空中で静止したレジーナの顔面を殴打する。

 止まらない連打に、レジーナの顔面装甲にヒビが走った。

 顔面をガードしたレジーナの腹に、フレイムの蹴りが突き刺さる。

 しかし、衝撃で離れた二人の距離に、レジーナの振り上げた足が走る。

 腕を撥ね飛ばされたフレイムから、レジーナは距離を取った。

「ふふ……」

 如月明奈――レジーナは、己が笑みをこぼしたことに気が付かない。

 雄士が彼女の求めるをこなした事が今まであっただろうか。

 彼女は、息子の成長を戦いの中でようやく知ったのである。

 息子が初めて己の期待を上回った高揚感に任せて、レジーナは最高速度でスラスターを放出した。

 神速の蹴りがフレイムに突き刺さり、建築物を何件も突き破りながらフレイムが吹き飛ぶ。

 吹き飛ぶフレイムに圧倒的な速度で追いつき、追撃の連打を叩き込むレジーナ。

 フレイムの体が風に揺れる風鈴の様に舞った。

「調子こいてんじゃねぇぞオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 フレイムの反撃の拳を一瞬のスラスター加速で回避し、レジーナはフレイムの背後に回る。

 フレイムは空ぶった拳の勢いに任せてスラスターを吹かし、高速の回し蹴りを後方に放った。

 かかとがレジーナの顎を砕き、動きを止める。

「ブレストショットォ!!」

 至近距離から放たれた弾幕がレジーナを吹き飛ばす。

 レジーナは仮面の下で一人嗤っている。


 見たい。

 もっと雄士の成長を見ていたい!


 加熱するレジーナの脳内に、突然険しい声が響き渡った。

『明奈!撤退しろ!

 もう持たんだろう!』

 パリから送られた雄作の共鳴音声に、明奈の茹で上がった脳がザークとの使命を思い出す。フレイムも消耗している今、レジーナの速度で撤退するのは容易だろう。

 後ろ髪をひかれつつも、スラスターを回すレジーナ。

 その背中から、長大な砲が口を開けている事にも気が付かずにレジーナは飛び立とうとした。

「エネルギー収束率98、99、100」

早々に触手を解体し、会心の一撃をひたすらに待っていたアーシャが変化したマルチキャノンを踏ん張って構える。

「ブラスター・カノンッ!発射ァーッ!!!」

「なっ」

 エネルギー砲を回避できなかったレジーナの体が空を舞う。

 彼女の目の前には、胸部から水晶体の瞼を開くフレイムがいる。

 水晶体に光が収縮する。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 セルバスタァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 その装甲を、セルバスターの光が粉々に叩き割った。


 微睡の中で、明奈は目を開けた。

 彼女は脈動する装甲に自分が身を預けている事に気が付く。

「雄士」

 セルイーター・フレイムは、地上に落下する明奈を抱きとめて地上へ降り立った。

 明奈を地面に横たえて、フレイムは変身を解く。

「凄いじゃない……」

 明奈の称賛に、雄士の顔が歪む。

「あなた、こんなに大きくなっていたのね」

「今更気が付いたのかよ。

 ま、最近まで育児放棄してたんじゃしょうがないよな」

「その口の悪さは誰に似たのかしら」

「アンタだろ」

「まったく……」

 明奈はわずかに笑顔を浮かべる。

「――ありがとう」

 一体それが何に対する言葉だったのかは分からない。

 明奈の最後の言葉は、感謝で終わった。

 動かなくなった明奈の顔に、一筋の雫が落ちる。

「初めての反抗期なんだぜ。

 もう少し、付き合ってくれたっていいじゃんかよ……」

 戦いを通して、確かに一瞬通った心を抱きしめて、雄士は明奈に背を向ける。

 帰るべき仲間の元へ、雄士はゆっくり歩き出した。

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