第25話

 如月雄輝は物心付いた時から対等の存在を求めていた。

 学術的な成功を求めてくる両親や、その出来の悪さから周囲の注目を引く弟ではなく、彼と同水準の知性を持ちありのままでいられる相手を求めていたのである。

 それ故に、彼にとって伊藤理華の登場は衝撃的なものであった。

 惑星モングレルの鉄の雨の話も、惑星ワオンの沈まない太陽も、理華にとってその原理は明確だった。

 理華を手に入れたい。

 雄輝の心に仄暗さが指したのは、きっとこの頃からだろう。

 

 雄輝にとって誤算だったのは、理華が寂しがり屋の年相応な少女だった事だ。

 周囲の大人たちから将来を決定付けられ、その為のコネづくりとしての社会活動も行ってきた雄輝と、研究一筋の父親に連れ回される理華ではその性格に大きな開きがあったのである。

 そして、理華の気質は、誰からも期待されず、それ故に他者の苦悩を見過ごせない雄士と惹かれ合っていった。


 何時もの様に遊んでいたある日、雄輝は理華の姿が見えないことに気がついた。

「理華〜?どこ〜?」

「えへへ〜!ここだよーっ!」

 理華の声は頭上から聞こえてきた。

「すっげぇ!理華、どうやって登ったん!?」

 雄士の賞賛の声に、理華はますます気を良くした様だった。

「隣の木から飛んで来たのー!」

「ターザンじゃん!」

 無邪気に感心する雄士に呆れつつ、雄輝は理華に呼びかける。

「そろそろご飯だよ!降りておいで!」

「うん!」

 木の枝を移動する理華の足が不意に止まった。

 その顔がだんだんと渋いものに変化する。

「……戻れないかも」

「行きは大丈夫だったんでしょー?」

「こんなに枝細くなかったもん!うぅ……」

 怯えた理華は動けなくなってしまった様だった。


 雄士の影響なのか、理華は最近お転婆な行動が多い。複雑な思いを抱えて聡弥を呼んできた雄輝は、木の近くで足を止めた。

「だからさー、俺は30円でタレカツを買うよりもうまい棒2本とガム買ったほうが賢いと思うんだよなー」

「でも、この前雄士に教えてもらったタレカツ美味しかったよ。

 わたし、タレカツの方が好き」

「 そっかー。

 じゃあ今度半分こしようぜ」

「うん!」

 雄士と理華が、にこやかに木の上で話をしていた。

 怯えた様な顔を浮かべていた理華は既に居なくなっている。

 正しい行動を取ったのは雄輝の方だろう。

 しかし、理華の最も求める行動を取ったのは雄士だったのだ。

「あー!お兄ちゃん、おじさん呼んできてくれたの!

 たすかったー!」

「ゆうきー!ありがとー!」

 仲睦まじく手を振る二人に、雄輝は手を振り返さなかった。


 その日の夕方、3人で並んでの帰り道、雄輝はふと思い立った様に話し始める。

「僕たち、きょうだいみたいだね」

「じゃあ、俺が理華のお兄ちゃんだな」

「えー、雄士お兄ちゃんって感じじゃないもん」

 ガーン!とショックを受けている雄士。

 その様子に笑いつつも、雄輝は腹の中の企みを続行する。

「僕たちは家族みたいなものだ。

 お互いで助け合おう。

 そして……ずっと一緒にいよう」

 理華が雄士を男として見る前に、家族やきょうだいであるという認識を擦り込む。

 その為に、雄輝は何度もこの話題を出しては雄士の心理にある恋と家族愛を同一視させていった。

 計画は上手く行っていた。

 雄輝が理華と付き合い始めるまでは。


 雄輝は液体の中で目を覚ました。

「忌々しいな」

 自身を包む肉体修復作用のある培養液に満たされた水晶体を叩き割り、外に出る。

 鍛えられた裸体を晒しながら、雄輝は周囲を見渡した。

 ここはパリにあった陸軍基地をセルイーターが改造したものである。

 触手によって形作られた城を歩き、雄輝は広い部屋の小高い椅子の前に辿り着いた。

 それはまるで王の謁見室のようである。

「父さん、母さんはどこだい?」

「雄輝、体が治ったようだな。

 明奈は今日本で核融合発電所のエネルギー収集を確認している所だ。

 計画もいよいよ最終段階と言ったところだな」

「人類はまだ僕たちの動きに気がついていないようだね。

 艦隊の大規模な移動も確認されていないよ」

「ナイロビでの勝利と、我らの動きが止まったことを結びつけているだろうからな。

 我々の真の目的がパリにある事に気がつくにはまだ時間がかかるだろう」

 人類初の勝利に終わったトロイ作戦で失ったナイロビ基地は、ザークの大規模な囮であった。

 人類がザークの次の動きを見逃さんとしている間にも、セルイーター達はパリで計画を黙々と進めている。

 ザーク獣に制圧された世界各地のエネルギー施設から伸びた触手の管は、地下深くを通ってパリ基地に集まっていた。

「雄士達の様子はどうかな」

「昨日インドネシアにて動きが確認された」

「……近いな。

 母さんと交戦する可能性があるんじゃない?」

 思案する雄輝に、雄作は顎を撫でる。

「その可能性は私も考えた。

 しかし、お前まで出ていってしまえば、人類に余計な情報を与える事になる。

 我々の動向は可能な限り伏せたい。

 明奈には仮に苦戦した場合は即座に撤退するように指示してある」

 セルイーター・レジーナは速度を強みとするセルイーターである。

 彼女が一度最高速度を出せば、フレイムが幾ら強くとも追い付けはしないはずだった。

「……しかし、雄輝よ。

 お前はなぜそこまで雄士を警戒する?

 お前の強さを持ってすれば、雄士を恐れる必要はないだろう」

 雄作の言葉に、雄輝は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「雄士は僕にとっての天敵だからね。

 僕が幾ら勝っていたとしても、確実に僕の急所を突いてくる。

 これは理屈じゃないんだ、父さん」

「分からんな。

 兎に角、ヤツに執着する様な事はないようにしろ。

 我々はザークの繁栄のためにのみ動けばよいのだ」

「わかっているよ、父さん」

 父に背を向けて、雄輝は部屋を出る。

「相変わらず、何もわかっちゃいないんだね」

 誰にも聞こえないように、雄輝はぽつりと言葉を漏らした。




 日本に到着し、セルイーター・レジーナの目撃地まで向かう航空戦艦J・アルドの中では、戦前のご飯にありつくために隊員たちが詰め寄っていた。

「んで、理華ちんはなんでここで飯食ってんの?」

 砲撃班のニーナ・ペトロヴィッチに胡乱な瞳を向けられた理華は、気弱な表情で身を縮めた。

「別に、私がここでご飯食べたっていいじゃない。

 それとも何?ニーナは私の事嫌いなんだ?」

「あ~ヒスんな?

 そうじゃなくて、最近小鳩っちと雄士の事避けてんじゃん」

「うぐっ」

 誤魔化しの代償は高く付いた。

 のどに詰まったパンを牛乳で流し込んで、理華は涙目で抗議した。

「ちょっとは誤魔化されてよ!

 それに、別に避けてなんかいないわ。

 たまたまタイミング良く、雄士と小鳩に会ってないだけなの!」

「タイミング良く?」

「揚げ足厳禁!」

 豪快に会話を打ち切ろうとする理華、しかしそうは問屋が卸さない。

「小鳩っちが雄士とイチャイチャしてるの見て気まずくなったんか」

「ブーッ!!

 ごほっ、ごほっ、ちょっと牛乳吹いちゃったじゃない!」

「ウチが浴びたから良いんだよ。

 そんで図星な訳?」

 ナプキンで牛乳を拭うニーナに、観念したように理華は両手を上げた。

「わかったわよ。

 確かに避けてる。だけど、向こうに原因があるんだからね」

「何見たかわかんないけど、よっぽどエグイことしてたんじゃなかったら避けることないっしょ。

 ――それとも、雄士のこと気になってるからどうしていいかわかんないとか?」

「グイグイ来るわね……」

「ここ最近ずっと付き合わされてるし、これぐらいは首突っ込ませてもらわないと割に合わないっつーの」

 恋バナに飢えた雌豹がそこには居た。

 餌を与えない限りは止まりそうにない、理華は諦めて口を開く。

「別に何かあったってわけじゃないわ。

 ただ、小鳩と雄士が仲良くなるにつれて、私の居場所がなくなって行って……。

 初めて、雄士と私が一緒に居る事が当たり前じゃないって気が付いただけ」

 理華は自分が苦しそうな表情を浮かべていることに気が付いているのだろうか。

 そこに嫉妬があるのなら、それは既に恋と呼べるものなのに。長すぎる時間が二人の関係の意味を隠してしまう。

「そんじゃ、寂しいんだ」

「そうね。

 それは認める」

「だってさカレシ。

 かまってやるのが役目なんじゃね?」

 間抜けな声を漏らして理華が振り返る。

「どっちかっつーと寂しいのは俺なんだけどね。

 俺と理華の仲なんだから、遠慮なんてして欲しくなかったなぁ」

「……どっから聞いてた?」

「小鳩と俺が仲良くなった云々から」

「ほぼ全部じゃない!」

 噴火しそうな程顔を赤くしてわななく理華に、雄士は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 兄妹同然に育った二人には、滅多に見せることのない表情だったから。

「この作戦が終わったら、付き合って欲しい場所があるんだけど。

 久しぶりに二人で出掛けない?」

 まだ顔を赤くしている理華の横腹をニーナが突く。

 雄士の言葉に目を白黒させながら、理華が激しく頷いた。

「そっ、そうよね!

 私達姉弟みたいなものだし!?

 出かけましょう!仲良く!」

 雄士の瞳がわずかに動く。

「違うよ、俺達は兄妹なんかじゃないだろ」

 理華がぽかんと口を開ける。

「仲がいい友達同士だって、デートぐらいするって」

 それは兄に対する対抗心か、それとも理華に対する独占欲か。

 それじゃあと言い残しテーブルを去って行く雄士を、理華は乱れ切った髪で呆然と見送った。

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