第24話
夜の食堂でコーヒーを入れ、ラッセルらアーシャが口を開くのを待っている。
暫くはラッセルへの反感や、機密事項を口にした後悔から目を白黒させていたアーシャも観念したように話し出した。
「ザークによる侵攻が始まった直後、連合軍に聡弥さんからのデータが届きました。
それはセルイーターの詳細な遺伝子情報と戦闘データでした。
私は上層部に情報を連携し、すぐに研究に取り掛かりました。
……今思えば、これが最初の過ちだったのかもしれません」
ラッセルは黙ってアーシャの話を聞いている。
「戦局の悪化する速度は凄まじい物がありました。
それに比例するように、研究成果を求める声もヒステリックなものになっていきました。
私達はパニックに陥っていたんです」
アーシャは、空調が効いている中で汗を拭った。
「ある時、一部の被験者達が研究者たちに直訴を始めました。
自分達の命はどうなってもいいから研究を進めてくれと。
上層部の圧力もあり、私達は――いえ、私は、その訴えに折れたんです」
アーシャは涙を浮かべながらも、冷静であるために自分を律しているようだった。
自分には泣く権利がないとでも言うように、彼女は激しく手を握りしめている。
「人工セルイーターは、セルイーターの細胞に生物的な制御装置を埋め込んだものです。
制御装置もセルイーターの細胞を加工したもので、人間の体に接続して使用する以上、適合率が低ければ装着者は制御装置に捕食されてしまいます。
技術者である私が変身しているのは、研究所の中で私の適合率が一番高かったからなんです。
それが判明するまで、多くの命が消えました」
人命を無視した研究は、原因不明の要因を総当たりで突き止めてしまったのだ。
「起動可能時間は30分、それを超えると細胞が抑え込めなくなり、装着者を攻撃し始めます。
……これが、私達が被験者の血で書いた人工セルイーターのマニュアルです。
血塗られた私の手は、最早戦後の平和に触れる資格はないでしょう。
しかし、被験者の方々の命が無駄では無かったことを証明する為にも、私は勝たなくてはならないんです」
「それは危険な考えだな」
ラッセルはアーシャの言葉を切り捨てた。
ラッセルに驚いた様な表情を向けるアーシャに、ラッセルは言葉を選びながら話を続ける。
「それは、過去の戦争で色んな国ががやったことと変わらねぇ。
犠牲者をお題目にして、目先の申し訳無さを消費したいだけだ」
「そんな事思ってません!」
「あんたに期待されているのはあくまでも雄士のサポートだ。
それでセルイーターが倒せるなら大戦果だ、違うか?」
「それは……そうです」
「わかってるんなら、なぜ焦る」
ラッセルが聞きたかったことは、アーシャの心のより深いところにあった。
彼女が目を逸らしている何かに、ラッセルは向き合って欲しかったのだ。
長い沈黙の後、アーシャの恥じ入るような声が溢れた。
「ほんとうは、怖いんです」
アーシャの目から、抑えきれなくなった涙がぽろりと落ちる。
「これだけ、研究で人を殺しておいて、死ぬことが怖いんです!
無辜の青年が、家族を相手に懸命に戦っているというのに私は生に執着しているんですよ!?下劣にもほどがある!
私は、汚らしい存在です……っ」
言ってしまった。
アーシャは涙をこすって顔をあげる。
どんな謗りでも受ける気でいた。
しかし、彼女を咎める言葉はいつまでたっても返って来ない。
「気は済んだか?」
「っ……うぇ?」
涙で詰まった鼻で、アーシャは素っ頓狂な声を出した。
「俺は裁判官じゃねぇしな。
そもそもお前さんに説教できるような人間じゃねぇんだ、これが」
「で、でも……」
「ちょっとは楽になったろ」
ラッセルの大きな笑顔に、アーシャは先程とは違った恥ずかしさに襲われた。
自分がずっと苦悩を吐き出したがっていたことをこの男は見抜いていたのだ。
「んじゃ、アーシャが少しでも戦闘を怖がらなくなれるように特訓するか。
それが今の俺達のやる事だ、懺悔じゃねぇ」
「良いんですか?」
「あんまり長くはやれないけどな。
1時間で仕上げるぞ」
「はっ、はい!」
アーシャは1つ深呼吸をして、ラッセルのあとを追いかけた。
トレーニング室に戻ったアーシャは、渋々雄士のトレーニングスーツを着て戦闘シュミレーターを起動する。
限りなく現実に近かった先程までの設定とは異なり、視野にAIによる映像が数秒先の理想的な動きを像にして投影されている。
その動きを参考にして、アーシャは敵の斬撃を避けて飛翔し、ビルの中に窓を突き破って逃げ込んだ。
狭い通路の中、飛び込んでくる敵を予測して先進したまま体は反転、アーシャを追ってビルに突っ込んできたセルイーター・レジーナにチャージしていたエネルギーライフルを叩き込む。
ゴム毬のように地面を転がってビルの外へ跳ね墜ちるレジーナ。
アーシャはビルのガラス壁を体当たりで破って抜けると、ライフルのセーフティを操作し、上空に向かって弾丸をばら撒く。
その弾丸は天空まで駆けると、アーシャを追って空に向かっていたレジーナを追って急降下した。
レジーナの周囲に降り注いだ追尾弾が、彼女にぶつかり炸裂する。
人工セルイーターは弾丸の性質を数種類使い分ける複合ライフル、マルチキャノンの性能を限界まで回転させて、レジーナを翻弄していた。
今までのアーシャの戦い方は素直すぎた。理華がアーシャの動きを分析し、理想的な動きへ再構成したAIは、アーシャの精神的な制御力と脳の回転の速さを生かした搦め手を多用する道を彼女に示したのだ。
「エネルギー収束率98、99、100……」
追尾弾の衝撃によろめき、その爆風で敵を見失ったレジーナの遥か下方から、青い人工セルイーターが長大な砲に変化したマルチキャノンを踏ん張って構える。
「ブラスター・カノン!発射ァー!」
アーシャの方向と共にエネルギー砲が火を噴いた。
レジーナは速度を生かす間もなく、その身を塵に変え崩れ去る。
空で巨大な爆発が起こり、太陽のように地上を照らす。
『Mission Complete』
勝利を知らせるシステム音声に、アーシャは声にならない歓喜を叫んだ。
「ッ~!!!!!!!」
戦闘趣味レーターから飛び出すと、ラッセルに飛びつく。
「あはははははははっ!ラッセル・ハーバー!
やりました!私達やったんですよ!
ジャイアントキリングです!」
「おい!抱き着くな馬鹿!」
「うぇっ?」
爆発した感情に任せて動いていたらしいアーシャは、顔を真っ赤にして離れるとラッセルを睨みつけた。
「セクハラです」
「お前がやったんだろうが!?」
理不尽に倦怠感を感じながらも、ラッセルは笑顔を浮かべた。
「よく頑張ったじゃねぇの」
目を合わせずに、そっぽを向いたアーシャは返事を返す。
「私達二人の勝利です」
「どっちかっつーと理華とお前の勝利だけどな」
ラッセルの言葉に、何故か機嫌を悪くしたアーシャは拗ねる。
「細かい男ですね。
私達の、でいいんですよ。ムードってもんがあるでしょう」
「あぁ?よくわからん所にこだわる奴だな。
じゃあ俺達の勝利ってことにしとこう。
さて、これでもう眠れるだろ?」
ラッセルにため息をつき、いつもの理知的な雰囲気が戻って来たアーシャは更衣室に向かう。
もう大丈夫だろう、ラッセルはトレーニング室の扉に向かう。
「ラッセル・ハーバー!」
彼の背中に、力強い声が響く。
「この貸しは作戦後に必ず返します。
楽しみにしておいてください!」
「あぁ、期待してるぜ」
ラッセルは背中を向けたまま返事をした。
少し赤くなった顔を、彼もまた見られたくなかったのである。
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