第23話
日本に居るセルイーター・レジーナを叩く。
この作戦の号令により、J・アルドの艦内には緊張が漂っていた。
作戦決行は2日後である。日本に向かうJ・アルドのトレーニング室で、雄士達はトレーニングに勤しんでいた。
体にピッタリと張り付く専用スーツを着込んで、雄士はとある箱型の機械の中に入っている。スライム状の物体で満たされた箱は、人間が内部に入るとスーツを媒介して皮膚の感覚とコンピューターを接続し、感覚を仮想世界に接続する。
このシュミレーターは、ラッセルが箱を作り、理華が論理モデルを構築したスペースウォッチお手製の戦闘シュミレーターである。
箱の中の仮想世界で、雄士はセルイーター・ フレイムに変身して戦闘を行っていた。
仮想敵はセルイーター・レジーナである。
速度で勝るレジーナをブラストショットで牽制し、動きが鈍った所にセルブレードを投げつける。
足が止まったレジーナを蹴りで吹き飛ばし、フレイムはセルバスターを放った。
『Mission Complete』
勝利を知らせるシステム音声に息をつき、雄士は箱の外に出る。
「お見事でした!
貴方の話は研究所でも兼ね兼ね聞いていましたが、聞きにしに勝る強さですね」
「当然だ、妾の相棒なのだからな」
賞賛を贈るアーシャに自慢気な小鳩。
「シュミレーターだからな……。
実戦だと相手はもっと柔軟に動いてくるし、あまり参考にはならないと思うよ」
しかし、雄士は浮かない表情を浮かべている。アーシャは雄士の様子を見て身を引き締めたようだった。
「私、まだこのシュミレーターをクリアできてないんです。
どうしても性能差で押し切られてしまって」
「人工セルイーターは、実際のセルイーターの6割程度の力しか出ないんだっけ」
「はい、このままでは足手まといになりかねません。それだけは避けられるように頑張ります」
息巻いたアーシャに、雄士は苦笑いを浮かべた。
彼女はどうも気合が入りすぎているようである。
「いや、ザーク獣の露払いをしてくれるだけで凄く楽になるよ。
あまり気負わないで」
雄士の本心から出た言葉は、アーシャの表情を変える。
「それではいけないのです!」
身を乗り出して険しい表情を浮かべたアーシャに、雄士は困惑の表情を浮かべた。
夜も更けた頃、ラッセルは机の上に放っていた情報端末のアラートが鳴った事に苦笑した。
このアラートは、戦闘シュミレーターを1日で5時間以上使用すると起動する。
トレーニング室では、突然止まったシュミレーターに雄士が困惑しているだろう。
「たっく、戦闘前に詰め込みすぎるなよなぁ」
ラッセルはトレーニング室へ向かうと、シュミレーターの扉を開けた。
――そこに、全裸のアーシャが入っているとも知らずに。
「きゃああああ!?」
全裸で、スライ状の感覚接合剤を纏ったアーシャの姿は艶めかしく映る。
ラッセルは両手の間からアーシャを覗きつつ、悲鳴に負けじと声を上げた。
「うぉおおおおお!?お前さん何してんだ!?」
「覗きなんてサイテーですよ!」
「露出魔のお前が言うな!
はっ、早く服を着ろ!」
背中を向けたラッセルの後ろで、ロッカーをひっくり返す音がする。
音が鳴り止んだ頃合いで、ラッセルは振り返った。
そこには、ダンベルを掲げたアーシャが立っている。
「こいつでぶん殴って記憶を消します!
そして私も死にます!」
「どわぁぁぁぁ!!?
自分で見せたくせになんだよお前は!」
「 見せてません!
勝手に扉を開けたのはあなたじゃないですか!」
「 じゃあ何で裸でシュミレーター使ってたんだよ!」
「そっそれは……」
なぜか言い淀むアーシャに、ラッセルは後ろのロッカーを指さした。
「小鳩用のシュミレータースーツが余ってたろ。あれってフリーサイズだから、服の方が体型に合わせてくれるぜ」
「 ――ですよ」
ラッセルが聞き取れないアーシャの呟きに耳を寄せた瞬間、アーシャが顔を真っ赤にして叫んだ。
「胸のサイズが対応してなかったんですよっ!」
「あぁ……」
アーシャの胸はかなり控えめだった。
それはもうまな板だった。
シュミレーターを使うには全身がスライム上の感覚接合剤に覆われている必要があるから、胸の隙間のせいで使えなかったという事なのだ。
何故俺がこんなお約束展開に付き合わないといけないんだ、そこは雄士の仕事だろ。
などと八つ当たりしながら、ラッセルはアーシャにアドバイスを贈る。
「多分雄士のスーツなら問題ないと思うぜ」
「っ〜!
ラッセル・ハーバー!私あなたのことが嫌いです!」
「嫌味じゃねぇよ……」
眉間を押さえたラッセルは、戦闘シュミレーターの箱を叩いた。
「そもそもな、あんたはこんなにハードなトレーニングをしてないで休め。
作戦決行は明日だぞ」
「……まだ、セルイーターに勝てていません。
もう少しなんです」
「基本性能に劣る人工セルイーターで勝って貰おうなんざ、誰も思ってねぇよ」
「それでは、死んでいった被験者の命が報われないではないですか!」
トレーニング室の空気が凍りついた。
軍の実験で命を落とした被験者がいる。
平時であれば相当なスキャンダルだろう。
失言に気が付き、露骨に動揺の表情を見せたアーシャは、上手く言い訳を並べることができないでいる。
「……聞かなかった事にしても良いが、あんた誰かに話さないと何時か爆発するんじゃないか」
「……」
「はぁ、聞いてやるから食堂に来い。
一旦何か飲んで落ち着け」
うつむき、唇を噛んで何かに堪えているアーシャを押すようにしてラッセルは食堂に向かった。
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