第22話

 晩飯の時間になっても、J・アルドの食堂ではアーシャの話題が止むことはなかった。

 最も、男たちは専らその美貌について話題にしていることが多い。

「アーシャさんってやっぱり彼氏いるのかなぁ」

「わかんねぇぞ、あの若さで少尉となれば働き詰めだろうさ。

 忙しくて彼氏なんざ作ってる暇がなかった可能性は高いに違いねぇ」

「 ラッセル!お前さんにゃ無理だよ!

 美女と野獣だって最後には王子様に戻るんだぜ!」

「お前らには俺のワイルドな魅力が理解できねぇのか?」

 食堂に笑いが広がった。

 豪快に笑っていたラッセルは、隣で笑いを噛み殺す雄士をどつく。

「おいおい、お前までヒデェじゃねぇか。

 んで、雄士はどう思う?

 俺は独り身に賭けるぜ」

「いやぁ、キレイな子には彼氏が居るもんだろ。

 こう言うのは期待したいのが一番なの」

「な〜に悟った様なこと言ってんだ。

 それとも、理華と小鳩がいるから関係ないってか?」

「……なんで二人の名前が出てくるんだよ」

 雄士は慌てて周囲を見渡した。

 女性陣はアーシャとの部屋割りの相談を行っているらしく、まだ姿を見せていない。

「なんでって……お前、さすがに自覚はあるだろ?

 特に小鳩とは最近べったりだったじゃねぇか」

「自覚って言われてもな……」

 ラッセルは狐につままれた様な顔をした。

 首をひねると、雄士に手招きをして小さな声で話し始める。

「なんだよ、ハッキリしない感じだな。

 理華の事はどうなんだ?」

「理華とは……どうなんだろ。

 兄妹みたいな感じでさ、昔から、家族としての好きなのか、異性として好きなのかわからないんだよな……」

 これは重症だ。

 ラッセルは顔を顰めた。

「雄士、お前この年になって中学生みたいな事言ってんな。

 流石にちょっと妙だぜ」

「やっぱり?」

「よぉ~し、お兄さんが簡単な判別方法を教えてやろう!

 恋か否かってのはな、単純でいいんだよ。

 相手に彼氏がいる場面を考えてみな」

 雄士は瞳を閉じて、小鳩に彼氏がいる様子を考えてみる。

 人懐っこい小鳩は、彼氏とじゃれ合いながら手を繋いで満足そうに微笑んでいる。

 雄士の胸に、僅かに痛みが刺した。

 次に、雄士は理華の事を考えてみる。

 悪い事に、理華の彼氏役として登場したのは雄輝だった。

 雄輝の隣で物腰柔らかに佇み、しかし熱を帯びた視線で彼氏を見つめる理華。

「ラッセル、どっちも嫌な場合はどうするんだよ」

「 んなのおめぇ、どっかが好きかで決めるんだよ。

 色気出すと碌な事になんねぇぞ」

「そ、そういうもんかなぁ?」

「んで、どっちだよ。

 誰にも言わねぇから」

「やだよ、ラッセルに教えたら賭けの対象にされそうだし」

「しねぇよ!……多分」

「おい」

 ここ最近、一緒に居て心が安らぐのは小鳩だろう。

 しかし、小鳩はどちらかといえば妹のような存在では無いだろうか。

 彼女として付き合っている姿はいまいち想像出来ない。

 彼女と聞いて、雄士の脳裏に浮かんだのは理華である。

 雄輝が理華と付き合っていたと言う事実は、皮肉にも雄士に理華を女性として意識させるきっかけになっていた。

 しかし、これが恋だとして、自分は兄の変わりが務まるだろうか。

 雄士は今更ながら、理華と兄が付き合っていたという事実に言いようのない不快感を感じていた。

 ――俺には、理華はきょうだいだから、なんて言ってたくせに。

 今更触れ合っていた兄の仮面が崩れ、知らない誰かの顔に張り替わっていく。

「なぁ、ラッセル。

 気になってる女の子に元カレがいたとしたらどうするんだ?」

 誰の話なのかを詮索するほど、ラッセルも意地悪ではなかった。

「それもひっくるめて自分のモノにしちまうしか無ねぇな。

 この年になると知り合う女は大抵交際経験があるからな、そんな事を気にするのも今だけさ」

「結局は相手にどれだけ好きになってもらえるか、ってことかぁ……」

 兄さんに魅力で勝つ。

 恋の難しさに、雄士は苦笑いを浮かべた。

「 何にせよ、恋愛するなら早めが良いぞ。

 女心と秋の空って言うだろ」

「俺もまた上の空になるかもしれないし?」

「……お前、その冗談は理華と小鳩に言うなよ」

「……うす」

 ラッセルに謝りつつも、雄士は少し浮足立っている。

 今度理華と遊びに出かけてみようかな。

 雄士は、今までを全て失った事で、ようやく一歩を踏み出しつつあった。


 食堂から部屋に戻る最中、雄士は談話室が騒がしことに気がついた。

 何となく覗いてみると、そこには女性隊員に囲まれたアーシャが笑顔で会話を交わしている。

 こちらに気がついたアーシャに雄士が手を振ってみると、にこやかにアーシャが振り返した。

 しかし、突然アーシャの笑顔が苦笑いに変わる。

 アーシャの視線の先には、雄士の後ろからアーシャを睨みつける小鳩が居た。

「やめなさい」

「あいた!

 何をするのだ雄士、ここは先輩として舐められては行けないところなのだぞ」

「宇宙人にも体育会系ってあるんだ」

 嫌な所で共通点が見つかった。

 ザーク人の部活道とかあるんだろうか。

 雄士がザーク星の上下関係に思いを馳せている間に、小鳩は小さな声で呟く。

「まぁ、それだけではないのだが」

 拗ねたような声は、雄士には届かなかった。




 夜も更けた頃、艦長室では浩然将軍が聡弥に秘密回線での通話を行っていた。

『アレクサンドラ少尉が無事到着してくれたようだね。

 君が提供してくれたセルイーターの情報で完成した貴重な人工セルイーターだ、十二分に活躍させてやってくれ』

「こちらの戦力増強要請に応えてくださりありがとうございます。

 なにせ、セルイーターの青年の疲労が激しく、このままでは戦闘不能に陥る寸前でしたから」

『構わないさ。

 初めから、人工セルイーターはセルイーターの補助に回そうと初めから考えていたのだよ。

 セルイーターといっても所詮は急造、本物の六割程度の出力しか出せん。

 単独で配備してすぐに敵に撃破されてしまっては元も子もない』

 浩然将軍の表情には疲労が色濃く浮かんでいたが、その目に宿る闘志は今だ爛々と輝いている。

『此処の所ザークの動きが鈍い期間が続いたが、昨日日本でセルイーター・ レジーナの姿が発見された。

 君達には日本に向かい、レジーナを撃破してほしい。

 散っていった同胞たちの為にも、地球の未来の為にも、あの憎き宇宙人をここで打ち倒すのだ!

 あっ、ついでに聞きたいのだが、セルイーターって私も変身できたりするのだろうか……』

「夜分遅くですので失礼します」

 長話を察知し、通信を切断する聡弥。

 浩然は1人悲しそうにモニターを眺めるのであった。

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