第21話
インドネシア基地に滞在するスペースウォッチは、近隣地域からの救助要請に従って出撃していた。
食料やエネルギーは軍に優先して配給されている故に、住民からの軍に対する視線は厳しい。
荒々しい住民からの通報に、聡弥のポーカーフェイスも心無しかくたびれている。
「そろそろ作戦空域だ、病み上がりの君に戦闘を任せるのは忍びないが……」
「もう大丈夫です。
寧ろ、次に兄さんと戦う時に備えて戦闘の勘を戻さなくちゃいけないですから!」
爽やかな笑みを浮かべて、出撃の為に貨物路へ向かう雄士と、疑わしそうな視線を向けながらついて行く小鳩。
操縦室の隊員たちは顔を見合わせた。
「無理させてるよなぁ……」
「あと一人、あいつの代わりのセルイーターでも居れば良いんだが」
隊員達は雄士の数日前の様子を思い浮かべて、ため息を付いた。
聡弥は艦長席のモニターを覗く。
そこには、今日の日付と、この船に何かが運び込まれる事を記したメッセージが表示されていた。
航空戦艦J・アルドから飛び出したセルイーター・ フレイムは、空から敵を捜索する。
地元住民によれば、黒色のザーク獣によって街が繰り返し襲われているとのことで、数の多さから甚大な被害を受けているらしい。
「黒色ってことは……変異ザーク獣だよな」
『うむ、クモ型ザーク獣があれだけ強力だった事を考えれば、今回は慎重に戦う必要があるな』
「黒か……」
雄士の脳裏によぎったのは、人類に脱兎の如く嫌われる一匹の黒い虫であった。
「まさかな」
嫌な想像を振り払い、フレイムはザーク獣の目撃位置までたどり着いた。
高度を下げて治療まで近づく。
地上の熱帯雨林の中から、無数の視線がフレイムを捉えた。
ザーク獣がフレイムを捉え、空へ飛び立つ。
その黒い姿は――どう見てもゴキブリだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
『きゃあ!』
可愛らしい悲鳴を上げる小鳩に突っ込む余裕もなく、フレイムは飛びかかってきた黒いザーク獣の頭を捻り潰した。
クシャリとザーク獣が潰れ、グロテスクな内面が覗く。
「キメェ!!!!」
鳥肌を盛り上がらせながら、フレイムはなんとか戦闘を続行する。
ゴキブリ型ザーク獣は森と空を埋め尽くしてフレイムに向かってくる。
『雄士ぃ!触感が不快過ぎる!
頼むからセルブレードで戦ってくれぇ!』
「 そんなこと言っても数が多すぎるって!
どこに隠れてたんだよこんな大群!?」
蹴りで胴体を砕き、手動で首を落とす。
ゴキブリ型ザーク獣の体は従来のザーク獣と比べて脆いが、少しの欠損では止まらない生命力と数でフレイムを押し込む。
セルブレードを抜く暇もなく、フレイムは素手での応戦を続けていた。
航空戦艦J・アルドも通常兵器を片っ端から撃ち尽くしているが、黒い津波の様にも見えるザーク獣の群れにじりじりと後退して行く。
『雄士くん、一旦退却だ。
こちらが次元砲を撃つのに合わせてセルバスターを放ってくれ。
敵との距離を空けて撤退する』
「くそっ、了解!」
敵の内臓を引きずり出しつつ、フレイムは後退する。
次元砲のエネルギーが砲塔に収束する直前、何者かが突如通信回線に割り込んだ。
「撤退の必要はありません。
次元砲の発射を中止してください」
後方から飛来した細い光線が、ザーク獣の波を両断した。
光線の跡を追うように、一つの影が飛来する。
それは流線型の装甲を纏った、どこかヒロイックな姿のセルイーターであった。
背中にコードのようなもので繋がった巨大なライフルを抱えている。
「あなたはいったい……」
『馬鹿な、我々以外にセルイーターは地球に訪れていないはずだ!』
困惑するフレイムを、そのセルイーターは手で制する。
「私はアレクサンドラ・イグナチェフ。
話は後です。
先に敵の殲滅を」
アレクサンドラと名乗ったセルイーターは、敵へ突進しながら巨大なライフルを連射する。
ザーク獣に掠る度に爆風が巻き起こり、その体を吹き飛ばした。
「ブレストショットォ!」
雄士も負けじとエネルギー弾を肩から放ち、ザーク獣を吹き飛ばしていく。
跳ね上がった火力の前に、打って変わり押し戻されていくザーク獣の群れ。
『よぉーし!とどめだ雄士!』
「セルバスターァァァ!!ウォオオオオオオオ!!」
胸部装甲から水晶体が瞼を開ける。
タイミングを合わせるように、アレクサンドラがライフルを操作した。ライフルが変形し、細長い砲の様な形状に変化する。
「エネルギー収束率98、99、100!
ブラスター・カノン!発射!」
砲から圧縮されたエネルギー粒子が開放され、弧を描いて敵の群れへと雪崩込む。
空に爆炎が立ち上り、余波が周囲の木々を揺らす。
一瞬にしてひっくり返った戦況に、J・アルドの乗組員たちは驚愕の表情でモニターを見つめていた。
戦闘終了後、J・アルドの会議室に集まったスペースウォッチの隊員達は怪訝な表情を浮かべた。
変身を解いた謎のセルイーターの中から出てきたのは、可憐な姿の女性だったからである。
「地球連合軍技術士官のアレクサンドラ・イグナチェフ少尉だ。
バイオウェポン専門の技術者で、彼女には今まで人工セルイーター計画を進行してもらっていた」
聡弥の言葉に、会議室はざわめきに揺れた。
人工セルイーター、もしこの兵器が量産できれば、人類の勝利は確実である。
色めきだったスペースウォッチの隊員たちに、アレクサンドラは申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「糠喜びさせる形になって申し訳ないのですが、人工セルイーターは現在試作段階のものを実戦に投入しているに過ぎません。
開発のためのエネルギーもザーク獣の襲撃によって十分に用意できていませんし、量産は難しいでしょう」
アレクサンドラの言葉に肩を落とす隊員も居たが、殆どの隊員の表情は明るい。
ついに雄士をカバーしてくれる戦力が現れたのだ。彼一人に無理をさせ無くても良くなるという事が、今まで雄士のザークとの激闘を見届けてきたスペースウォッチの隊員たちには何より嬉しかった。
「アレクサンドラ少尉にはこれからスペースウォッチの配属になる。
皆も仲良くしてやって欲しい」
「皆さん、私のことはアーシャとよんでください。
これからよろしくお願いします」
気さくなアーシャの様子に、J・アルドの面々は口々に歓迎の意を評したのだった。
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