第20話

 インドネシア基地は襲撃の際に酷く破壊されたこともあり、既知の一部機能が麻痺している。

 そのため、この場所に寄港してからのスペースウォッチ隊員はJ・アルド艦内で食事を済ませることが多かった。

 幸い、食料生産が盛んな地域であるため食材の調達には苦労しておらず、食堂には色とりどりの料理が広がっていた。

「雄士、これも上手いぞ」

 小鳩が唐揚げを雄士の口まで運ぶ。

 雄士は隣に座る理華をちらりと見たが、意地でも箸を下ろさない小鳩に観念し、唐揚げを一口で食べた。

 小鳩がにやりと笑った。

「おいひいよ、小鳩。あふい……」

「どうだ雄士、理華ではこんな事はできるまい。

 妾ならいつでも飯をあーんしてやるぞ」

 当て馬にされた理華はそんな二人を見て表情を強張らせていたが、やがて自分も箸で唐揚げをつまむ。

「できるし」

「なにっ!?」

「私だってあーんできるし」

 内心恥ずかしがっていた小鳩は、腹をくくった理華の勇気に慄く。

「さ、流石に恥ずかしいんですけど……」

「食べなさい」

「はい」

 ひきつった笑顔で唐揚げを差し出す理華に、雄士は若干引きながら唐揚げを咥えた。

「な、中々やるではないか……。

 雄士のお世話係の席も盤石ではないという事か」

「こっちは雄士がこんなちっちゃい頃から親友なんですからね、あまり大きな顔をしないほうが良いわよ」

 大胆不敵に笑う理華、妙なテンションになっていた。

「雄士、野菜も食べないと体に悪いと聞くぞ!」

「それは嬢ちゃんが野菜嫌いなだけだろうが、雄士の皿に野菜を移すんじゃねぇ」

「あーっ!」

 雄士の皿に写された野菜を、メカニックで磨かれた器用さで小鳩の皿に返却するラッセル。

「はは……」

 気がつけば、雄士は声を上げて笑っていた。

 釣られて笑いは伝播し、食堂の隊員達は理由もなく大笑いを始めた。

 夜が更けるまで、その大騒ぎは続いた。


 小鳩が目を覚ましたのは、隣に寂しさを感じたからであった。

 体を起こすと、やはり雄士はいない。

 遂に、この時が来て

 小鳩は、自身の脳裏に触れた卑しい思いに苦笑いした後、溢れる喜びのまま部屋の外へ飛び出した。

「雄士、雄士……!」

 探し人は、食堂で早めの朝食を取ろうとしていた様だった。

「ゆうじぃーっ!もう、もう大丈夫なのだなっ!

 お主の夜は、もう明けたのだな!

 雄士、良かった、ほんとうによかった……」

 小鳩は雄士の胸に飛び込んだ。

 雄士の心が壊れてから3週間、一度も流さなかった涙がぽろぽろと零れ落ちる。

 雄士は優しく小鳩を抱き返した。

 今までの縋りつくような抱擁ではなく、壊れ物を扱うような手つきだった。

「もう大丈夫。

 心配かけて、ごめんな」

「許すものか、馬鹿者!

 お前は大馬鹿者だ!

 二度と自分が孤独などと思うな!分かったな!」

 泣けばいいのか、笑えばよいのか小鳩には分らなかったようだった。笑顔と涙が混ざり合い、怒った様な表情になってしまっている。

 二人は、お互いを縫い合わせたかのように、長い間抱き合っていた。

 二人の声を聴いて駆けつけた理華が、その様子に目を見開き、その場を逃げるように去ったことも知らぬまま。

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