第16話

 カルフォルニア基地に帰還した雄士は、何をする気にもなれずにただ天井を見つめていた。小鳩は雄士が疲れていると考え、大人しく彼の横でゴロゴロしている。

『スペースウォッチ隊員は即座に作戦会議室へ集まるように。

 繰り返す、スペースウォッチ隊員は即座に作戦会議室へ集まるように。』

 二人はベッドから跳ね起きると、会議室へ向かって走り出す。

 ザーク人との戦いが始まって1か月、二人にもすっかり隊での生活が染みついていた。

 会議室に付いた二人は、先に座っていた理華の隣に腰を下ろす。

「おじさんから何か聞いてる?」

「ううん、何も。

 だけど、お父さん何か緊張しているみたいだわ。

 今日急に来られなくなった事もこの招集と関係あるのかも」

 不安そうに聡弥を見つめる理華。

 人数を確認した聡弥は、情報端末で何処かへと合図を行った。

 大モニターに表示された男の姿に、スペースウォッチの隊員たちは驚きの声を上げる。

『初めまして、スペースウォッチの諸君。

 私は地球連合軍指揮官の王浩然将軍だ。

 君たちの奮闘は聞き及んでいる、正規の軍人ではない諸君たちがここまでの戦果を残していることに我々は驚きと称賛を送らざるを得ない』

「将軍、あいさつはそれ位に」

 浩然は、聡弥の静止に赤面した。

『すまない、話が長かったな。

 本題に入ろう。

 我々の残存戦力が4割を切った。

 最近は防衛線を維持できていたのだが、進化したザーク獣たちの出現によってそれも突破されつつある』

 動揺が作戦会議室を包んだ。

 いくらスペースウォッチが勝ち続けても、それ以外の戦線が壊滅しては意味がない。包囲による補給線の断絶が行われれば、J・アルド簡単に撃破されてしまうだろう。

『そこで、我々は全残存勢力を投入した最後の反撃作戦に出ることにした。

 作戦名はオペレーション・ラグナロク、異界の神々共を送り返してやるんだ』

「将軍、我々の役目についてご説明を」

 将軍はわざとらしく咳払いをした。

『すまない、気持ちが高ぶった。

 君たちスペースウォッチ、もとい、セルイーター・フレイムには陽動の役目を任せる。

 この作戦の成否は君たちに掛かっている、頼んだぞ』

 硬い表情で手を握りしめる雄士に、理華は苦しさで目を伏せた。

オペレーション・ラグナロクの説明に画面が移り変わる。

 攻撃対象は敵の一大拠点となっているナイロビ基地、スペースウォッチが陽動として敵を誘き寄せている間に連邦軍艦隊が敵の本拠地を破壊するという作戦だった。

 解説が終わると、理華が手を挙げる。

「連邦軍艦隊が主攻撃を務めるとのことですが、通常兵器ではセルイーターを撃破できませんよね。

 次元砲搭載艦であるなら理解できますが……」

 浩然は理華の言葉に頷く。

『その通りだ。

 我々はこの作戦に秘密裏に新造した5隻の次元砲搭載艦を投入する』

 ざわめきが作戦会議室に広がった。

 一艦でもセルイーターにダメージを与えられる 次元砲搭載艦が5機もいれば、セルイーターすら撃破可能だろう。

 地球連合軍の強気は新造艦を当てにしての事らしかった。

『繰り返しになるが、この作戦は君たちが陽動としてどれだけ粘り強く戦ってくれるかにかかっている。

 この作戦が頓挫した場合、戦況はより一層悲惨なものになるだろう。

 背水の陣で戦いに挑んでくれたまえ、以上』

 通信が途切れると、作戦会議室は騒がしさを増した。

 考え込むもの、喜ぶもの、暗い表情を浮かべるもの、スペースウォッチの面々の表情は一様では無かった。

 会議の終了が告げられ、隊員達は次々と作戦会議室を後にする。

 雄士は席を動かず、無言で何かを考え込んでいた。

「雄士、行きましょう」

 理華の言葉に雄士は我に返り、バツが悪そうに頷いた。

「……そうだな」

 雑談を交わしながら、三人は部屋に戻る。

「じゃあ、おやすみ。

 あまり思い詰めちゃだめよ、雄士。

 一人でなんとかなる戦いじゃないんだがら、できる事をこなすだけでいいの」

「心配しなくても、何でも一人でできるとは思ってないよ。

 おやすみ、理華」

 まだ何か言いたそうな様子の理華から逃げるように、雄士はそそくさと自室へ向かった。

「勝てると思うか?」

 先程から静かだった小鳩がようやく口を開く。

「無理だ。

 今まで戦ったセルイーターの強さからして、複数体のセルイーター相手じゃ精々足止めが限界だ。……戦艦5隻ぽっちじゃ到底足りない。

 この作戦は失敗する」

「しかし、人間の指揮官がそこまで愚かとは思えん。曲がりなりにも、ザークに対してここまで戦えている辺境の惑星は珍しいからな。

 どうも腑に落ちんのだ」

 二人は黙り込んだ。

 浩然将軍の言うことにも間違いはない。

 このままではいたずらに戦力を消耗するだけであり、時間が経過するたびに人類の勝利確率は低下していく。

 だから博打を打つ、理屈としては間違っていない。

 あくまでも、言葉の上では。

「……考えても仕方ないな。

 妾達に出来ることは、よく寝てよく戦うことだけだ。違うか?」

「そう、だな」

 二人は言葉数も少なく、その晩はすぐに眠りについた。


 2日後、作戦空域に到達したJ・アルドでは、決戦を前にして尋常ではない空気が流れていた。

 極度の緊張感が張り詰めている。

 どの顔にも希望はなく、これが悪あがきの為の作戦に過ぎないことを誰もが理解していた。

「これより、予定を変更する。

 予定の作戦ポイントはB-3となっているが、D-4への移動を開始する。

 また、今後機外への通信を禁止する」

 船長席から放たれた聡弥の言葉に、操縦室は困惑に包まれた。

 進路を変更したJ・アルドがD-4ポイントに到着すると、聡弥は口を開く。

「本作戦は、オペレーション・ラグナロクを釣り餌にした反乱分子のあぶり出しと、偽情報に釣られた敵を奇襲するものである。

 先ほど、スペースウォッチ内部からもザーク側に情報をリークしているものがいることが確認された。現在拘束中だ」

 大きなどよめきが起こった。

 裏切り者がこの船に、いや、連邦軍に居たというのだ。

「敵は内通者の情報により、こちらの裏を掻くような布陣を取ってくるだろう。

 我々はその裏を突き、奴らに打撃を与える」

 聡弥は、険しい顔で声を上げた。

「これより、オペレーション・トロイを実行する!

 奴らを切り崩す最初で最後のチャンスだ、各自健闘を祈る!」

 困惑の声が、歓声に変わった。

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