第15話
理華の案内でたどり着いたアパレルショップは、妙に手入れが行き届いていた。
アンドロイド達の清掃の賜物というには、他のフロアと比べても抜きんでている清潔感に、雄士とラッセルは後退りする。
「どうかしましたか?」
二人の耳元で、女の声が囁いた。
「うわぁあああああああああああ!!!!「
「ひえぇええええええええええええええ!!」
二人で抱き合って振り返った雄士とラッセルを、青白い肌の女がきょとんとした顔で見下ろした。
「すみません、驚かしちゃったみたいですね」
小鳩は呆れた表情を浮かべた。
「何をやっているのだお前たちは……。
しかし、まだこの町に残っている人間がいたのだな」
「とは言っても、私もいつこの町を出るか考えていたところだったんですけどね」
先ほどから定期的に背後を確認していた雄士達の目に、この女の姿は見えなかったはずである。
冷や汗を垂らす雄士とラッセルを意に介さず、青白い肌の女は小鳩と理華に頭を下げた。
「私はこの店の主人、レンリーです。
折角ですし、色々見て行きませんか?」
「あ、それじゃあこのブランドの服ってありますか?」
「えぇ、一か月前に仕入れたものになりますけど」
まだ抱き合っている男達を完全に無視して、女性達はファッションショーを始めた。
「雄士、この服はどうだ!」
ツインニットとフレアスカートを着込んだ小鳩は、彼女のやんちゃなイメージに相反し落ち着いたお嬢様のようにも見える。
「お嬢様って感じでいいんじゃないか」
「そうだろう!」
フレアスカートを膨らませて、小鳩はくるりと一回転した。
小鳩の肉体年齢は高校生程度だろうか、人間だった頃の御子柴小鳩もこうやっておしゃれをすることが好きだったのかもしれない。
雄士は自身の相棒でありながら、すでに消えてしまった女の子の事を考えた。
「下着見えちゃうからやめなさい」
「はーい。
レンリー、次の服を頼む!」
理華は小鳩を諫めつつ、女店主に頭を下げる。
「すみません、あんまり沢山買えるわけじゃないのに……」
「いいんですよ。
この店、開店準備をしたはいいものの、ザークが攻めてきて全て台無しになっちゃいましたから。
今、私がやりたかったことが出来てすごく嬉しいんです」
「では、お言葉に甘えさせてもらおう!」
「小鳩はもうちょっと遠慮しなさい」
理華が軽く小突くと、小鳩は大げさに痛がった。
「それで、私も着替えてみたんだけど」
理華は雄士の方をちらりと見た。
何かを期待するような視線に、雄士は照れたように視線を逸らした。
「理華も似合ってるよ」
「それだけ?」
ブラウスにタイトなパンツを纏った理華は、普段よりも大人びて見える。
「大人っぽくていいと思う」
「もうちょっと具体的に聞きたいかな」
「 ……スタイルの良さが際立っていていいと思う、とか?」
「 セクハラ」
「おい!」
「冗談よ。ありがとう」
妙に機嫌の良い理華が次の服を選びに行くのを見届けて、ラッセルは雄士に耳打ちする。
「ったく、デレデレしてる場合かよ」
「うるさいな……仕方ないだろふたりとも可愛いんだから。
それより、思ったより普通じゃないか……?」
情報端末を覗き、コソコソと話す二人は目の前に店主がいないことに気がついた。
「誰が普通なんですか?」
「「ぎゃああああああ!!」」
またしても二人の耳元で囁いたレンリーに、二人は抗議する。
「それやめてくださいよ!」
「お二人が楽しそうにお話しているものですから」
「心臓に悪いぜ……」
ゲッソリしている二人に、レンリーは僅かに笑った。
その横顔は、彼女の幻のような存在感の薄さを際立たせている。
「そろそろ、でしょうか」
レンリーは窓の外を見て呟くと、服を楽しそうに選ぶ小鳩と理華に話しかけた。
「申し訳ないのですが、そろそろ私はいこうと思います。
夜に電気をつけていると、ザーク獣も引き寄せてしまいますから」
「そうか……名残美味しいな」
「お会計は現金が良いですよね?」
しょんぼりとする小鳩の服の値札を確認して、理華は財布を取り出そうとする。
その手をレンリーが押し留めた。
「お釣りは結構ですよ。
もうお金があっても意味がないですから」
「そう……ですね」
文明が失われつつある世界で貨幣は無力である。理華は仕方なく財布を仕舞う。
「この店の最初で最後のお客様があなたたちで本当に良かった。
――それでは、お元気で」
レンリーは、夜を背にして微笑んだ。
戸締まりをするからと言うレンリーと別れた4人は、ホバークラフトで帰路についていた。
「 楽しかったな理華!」
「えぇ、なんだか昔に戻った気分だったわ。
雄士とラッセルも付き合ってくれてありがとう、お陰でリフレッシュできた」
明るい女性達の声に、雄士とラッセルは気も漫ろな返事を返す。
「おうよ」
「 こちらこそ」
ラッセルはハンドルを規則正しいリズムで叩きながら黙っていたが、指を止めるとゆっくり口を開いた。
「雄士、俺が今回の話を聡弥博士に頼まれる時、博士から妙な話を聞いたんだよ」
後部座席の理華と小鳩は貰った服の見せ合いにはしゃいでおり、前部座席の重苦しい会話には気がつかない。
「博士は俺がロサンゼルスに行くって言った時、こう言ったんだ。
あそこは大都市故にザーク獣の襲撃が激しくて、早々に避難勧告が始まっていたはずだってな。人が残っているとは思えないと。
俺がそれでもお前たちと一緒にここに来たのは、カジノの奴らと俺が会っていたからだ。まだ残ってる頑固な奴らがいるから、お前たちの遊ぶ場所も残ってるかもしれないと思ったんだ」
ラッセルは豪快な性格に似合わない、押し殺したような声で話し続ける。
「なぁ、雄士。
さっきポケットを確認してみたんだが、カジノの奴らからの手紙は消えてたよ」
雄士はなんとか声を堪えた。
恐る恐る、雄士はラッセルに訪ねる。
「レンリーさんって、ラッセルの言ってたカジノ仲間の妹じゃないのか」
「さぁな。
真実は藪の中だ」
雄士は情報端末から激しいノイズの走った写真を削除した。
「……何にせよ、彼女の、いや、彼らの幸福を祈ろう」
人工の光が消えた、星が瞬く夜の摩天楼からホバークラフトは去っていく。
その一角に残っていた最後の光は、ホバークラフトの姿が見えなくなると同時に消えた。
カルフォルニア基地に帰還した雄士は、何をする気にもなれずにただ天井を見つめていた。小鳩は雄士が疲れていると考え、大人しく彼の横でゴロゴロしている。
『スペースウォッチ隊員は即座に作戦会議室へ集まるように。
繰り返す、スペースウォッチ隊員は即座に作戦会議室へ集まるように。』
館内放送が響いた。
二人はベッドから跳ね起きると、会議室へ向かって走り出す。
ザーク人との戦いが始まって1か月、二人にもすっかり隊での生活が染みついていた。
会議室に付いた二人は、先に座っていた理華の隣に腰を下ろす。
「おじさんから何か聞いてる?」
「ううん、何も。
だけど、お父さん何か緊張しているみたいだわ。
今日急に来られなくなった事もこの招集と関係あるのかも」
不安そうに聡弥を見つめる理華。
人数を確認した聡弥は、情報端末で何処かへと合図を行った。
大モニターに表示された男の姿に、スペースウォッチの隊員たちは驚きの声を上げる。
それは、この戦いの初期に毎日のように顔を見ていた男であった。
『初めまして、スペースウォッチの諸君。
私は地球連合軍指揮官の
君たちの奮闘は聞き及んでいる、正規の軍人ではない諸君たちがここまでの戦果を残していることに我々は驚きと称賛を送らざるを得ない』
「将軍、あいさつはそれ位に」
浩然は、聡弥の静止に赤面した。
『すまない、話が長かったな。
本題に入ろう。
我々の残存戦力が4割を切った。
最近は防衛線を維持できていたのだが、進化したザーク獣たちの出現によってそれも突破されつつある』
動揺が作戦会議室を包んだ。
いくらスペースウォッチが勝ち続けても、それ以外の戦線が壊滅しては意味がない。包囲による補給線の断絶が行われれば、J・アルドも簡単に撃破されてしまうだろう。
『そこで、我々は全残存勢力を投入した反撃作戦に出ることにした。
作戦名はオペレーション・ラグナロク、異界の神々共を送り返してやるんだ。
まだ勝負は終わってなどいない!』
「将軍、我々の役目についてご説明を」
将軍はわざとらしく咳払いをした。
『すまない、気持ちが高ぶった。
スペースウォッチ、そして、セルイーター・フレイムには陽動の役目を任せる。
この作戦の成否は君たちに掛かっている、頼んだぞ』
硬い表情で手を握りしめる雄士に、理華は苦しさで目を伏せた。
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