第14話
カリフォルニア州ロサンゼルスは、産業構造の変化や大規模な気候変動により全盛期の賑わいは失ったと言っても、多数の人口を抱える大都市だった。
しかし、人の気配は往来に全く無く、高層ビルによる日光の反射が日陰の動かない街を焦がしている。
初めから人など存在しなかったかの様に静まり返った通りを、ザーク獣襲来を知らせる機関紙が風に吹かれて飛んで行った。
「人はどこへ行ったのだ、雄士」
静けさに不安を覚えたのか、小鳩は雄士の手を握った。
それを受け入れつつ、雄士は誰も居ない街を見据える。
「都市ってのは、食料やら燃料を全てほかの地域から調達してるんだ。
物流が死ねば都市は死んでしまう。
一応カルフォルニア基地から定期的な配給があるだろうけど、十分な量じゃないのかもしれない。
みんな農地のある場所へ移動してしまったのかもな……」
「大都市にはエネルギーも集まるし、ザーク獣の襲撃回数も多かったでしょうしね」
三人の下へ、街へ着くなり別行動を取ったラッセルが戻ってきた。
見るからにしょぼくれたラッセルに小鳩が駆け寄る。
「何かあったのか?」
ラッセルはため息を付くと、贔屓のカジノに貼り付けられていたという手紙を皆に見せた。
『アホラッセルへ。
ツケはチャラにしてやるよ!
……元気でな。
カジノ・サルバドール一同より』
ラッセルは手紙を丁寧に畳むと、ポケットにしまった。
「奴らも、こんな時に金を求めてギャンブルをしてたわけじゃないのさ。
気の良い奴らの集まりだったんだぜ」
夏の暑さは、この気まずい沈黙から気力すらも奪って行く。
理華は情報端末を難しい顔で見つめていたが、やがて頬を軽く叩くと気合の一声を放った。
「それでも、遊ぶわよ!」
「おお!?」
小鳩が何もわかっていない驚き声を挙げると、理華はガッツポーズを突き出した。
「この日のために色々調べて来たんですから!
雄士の外出許可なんて、滅茶苦茶苦労したんですからね!
ここで帰ったらザークに負けた気がして気に食わないじゃない!行くわよ!」
「お、おう!……ん?俺の外出許可?」
「声が小さい!」
「いてて、腕を引っ張るな!」
「ズルいぞ理華!妾とも手を繋げ雄士!」
「じゃあ俺もちょいと失礼して」
「ラッセルはダメだ」
「ひでぇ!」
「冗談だ、行くぞラッセル!」
4人で手をつないだ奇妙なテンションの集団は、騒ぎながら摩天楼の中に消えて行った。
数週間前までは商業施設として機能していたであろうビル群を、理華は次々と踏破していった。
ザーク獣の襲撃や人間による略奪で内部が荒れ果てている事も覚悟した理華であったが、その警戒は杞憂に終わる。
アンドロイド達が、人が一人もいなくなったビルの内部を休まずに整備し続けていたのだ。
割れた窓をどこからか切り出してきたと思われる鉄板で溶接するアンドロイドや、ここを離れる際に店主に命じられた命令であるという無料の食糧配布を行うアンドロイド、中には業務を続けるために周囲の乗り捨てられた車からバッテリーを集めるアンドロイドまでおり、雄士達を驚かせた。
「これ、美味しいな。
具材もすっごく豪華だし」
「でしょ?
本当なら長蛇の列に並んで、それでも売り切れって商品なんだから。
ここのアイスクリームブリュレクレープが食べられる日が来るなんて!」
満面の笑みでクレープを頬張る理華の傍では小鳩が唸っている。
「ぐぬぬぬ!これはクレープなのかケーキなのかどっちなのだ!
どこからスプーンを入れればいいのだこれは!」
「こりゃうめぇな、行列が出来るのも分かるわ」
四人はテラス席でクレープを頬張ると、次の目的地を確認する。
「アンチグラビティゾーンはもう行ったし、これ以上食べると夜ご飯食べられなくなるわよね。次はどうしようかしら」
「待て待て、帰りの時間も考慮するとそろそろ良い頃合いだぜ」
ラッセルの言葉に、理華は慌てて時計を確認する。
時刻は夕方を指していた。
理華はあっと声を上げた後、赤面する。
「ご、ごめんなさい、楽しくって時間を忘れてしまっていたわ……」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「ちょっと待つのだ、まだ服屋を見ておらぬ!」
席を立とうとした3人に、小鳩が意義を唱えた。
「でも、もう時間が……」
「まぁ、あんまり長居しないなら構わねぇぜ。
帰りはちょっと運転が荒くなるかもしれんが」
ラッセルの言葉に、小鳩と理華の顔が華やいだ。
「さっき、ここの案内図に服屋があるのを見つけたのよね。
行きましょうか、小鳩」
「うむ、楽しみだな!」
小走りで先を良く二人を男性陣は後から追う。
ほほえましい理華と小鳩の様子に頬を緩ませていた雄士は、ラッセルが先ほどから無言であることに気が付いた。
振り返ると、険しい顔をしたラッセルが背後を振り返っている。
「ラッセル?」
「……誰かに見られているような気がしたんだがな。
気のせいだったみてぇだ」
首の後ろを摩りながら歩き始めるラッセル。
その後ろに白い人のようなものが映ったような気がして、雄士は声を上げた。
「ラッセル!」
「な、なんだよ!脅かすなって!」
二人は背後を暫く見つめた。
何かが動く様子はない。
「き、気のせいだよな雄士。
俺こういうのはどうも苦手でよ」
「だ、大丈夫だって。
早く行こう……」
男二人は小走りどころかダッシュで女性人の背中を追う。
外では夕日が沈み始めていた。
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