第13話
航空戦艦J・アルドの住居スペース付近に設置されたジムは、滅多に使用されることがない。
現代の戦場に必要とされるスキルは高度に自動化された工業機器を扱う知能であり、鍛え上げられた肉体がものをいう時代は過去に過ぎ去っている。
しかし、ここ最近のJ・アルドのトレーニング室には毎日の様に明かりが点灯していた。
「腕が下がってきているぞ!ガードを挙げろ雄士!」
「はぁ……はぁ……」
丸いフォルムのトレーングパートナー・アンドロイド「アシスモくん」のコンパクトなフックを回避した雄士は、カウンターの右ストレートを撃ち込んだ。
アシスモくんの顔ディスプレイに笑顔の絵文字が表示される。
『キックボクシング初級講座、クリアです!おめでとうございます!』
「や、やった……!」
息も絶え絶えといった様子の雄士は、アシスモくんの言葉と共に倒れ込む。
「さすが私の相棒だ!
剣術初級もクリアしたし、次の戦いに向けての準備は万端ではないか」
「待て!なんで小鳩はコーチ側なんだよ!」
ガバッと身を起こして非難の声を上げる雄士に、小鳩は胸を張った。
「ふふん、妾の役目はセルイーター状態を維持することにあるからな。
肉体労働は意味がないのだ」
「へぇ、それじゃあ精神力と集中力が必要だなぁ?」
「えっ」
迫りくる雄士に、小鳩はぽかんと口を開けた。
「ぐおおおおお!!やめろ!来るな雄士!」
「墜ちろ!」
「がぁぁぁああ!また負けたぞ!クソゲーではないか!」
「何を言うか、この大混戦スラッシュシスターズΣは全世界4000万本のヒット作だぞ」
「えぇい!次のゲームに行くぞ!負けっぱなしで終われるものか!」
「望むところだ!」
部屋に戻り、まだ止まっていないらしいゲームプラットフォームよりゲームを片っ端からダウンロードした雄士は、精神力の特訓と称して小鳩と対戦を繰り広げていた。
次のゲームを吟味する雄士の顔を小鳩は伺い見る。
「……楽しいな、雄士」
「それならよかった。
でも、ちょっと調子に乗ってやり過ぎちゃったな、ごめん。
次は協力ゲームで遊ぶか」
雄士の細やかなやさしさが小鳩は好きだった。
一人の少女として振舞える、この時間が小鳩には愛おしい。
この時間がずっと続けばいい。
小鳩はコントローラーを握りしめて、叶わぬと知っている願いを祈った。
「小鳩!そっちに行ったぞ!」
「任せておけ!ドラゴン砲は既に冷却済みだ!」
爆撃槍が大爆発を起こし、画面のモンスターを吹き飛ばす。
クエストクリアの表示が画面に浮かぶと、二人はハイタッチを交わした。
「これで素材も揃ったし、あの強い装備が作れるな」
「うむ、我が爆撃槍の火力が更に強化されてしまうとは……モンスター共は夜も眠れないであろうな!ははは!」
長寿作品であるモンスターハンティング56で遊んでいた二人を、ノックの音が現実に引き戻す。
「雄士、ちょっといい?」
音の主は理華であった。
彼女は小鳩に気がつくと、にこやかに手を振る。
「小鳩も一緒なのね。
ちょうどよかったわ」
いつものスペースウォッチ隊服ではなく、キャミソールに上着を羽織った理華に小鳩と雄士は顔を見合わせる。
「ちょっと街に遊びに行かない?」
心なしか、その声はいつもより弾んでいるようだった。
ラッセルが運転するホバークラフトが、戦闘で荒れ果てたアスファルトを跨いで飛んでいく。
「 理華、いい加減機嫌直せって。
聡弥博士も忙しいって事は分かってんだろ?」
「……なら、最初からそう言って欲しかったのよ。
いつもそうだわ、期待させるだけなんだから」
理華の当初の計画では、聡弥に送迎をしてもらいつつ一緒に街を回る予定だったらしい。
しかし、聡弥は訪ねてきた3人を一瞥すると、「すまない、緊急の仕事が入った」とだけ言って、キーボードを叩き始めてしまったのである。
むすっとした表情を浮かべて腕を組んでいた理華は、諦めたように首を振った。
「確かに、もう仕方のないことね。
所でラッセル、あなた街には何の用があるの?
ついでに連れてってくれるのは嬉しいけど」
理華の疑問に、後部座席から身を乗り出した小鳩が答える。
「妾は知っているぞ、ラッセルが隙を見ては街のカジノに通っていることをな!」
「ラッセル、あなたこの前『もう一文無しだ!』なんて騒いでなかったかしら」
女性陣からの追求の声も、ラッセルは念仏のように聞き流す。
「ギャンブルは男の嗜みみたいなもんさ」
「 それに、お金があっても使い所はほぼないしね。借金を作らない限りは良いような気もするけど」
「雄士は分かってるねぇ!」
雄士のフォローに、ラッセルは豪快に笑った。
事実、戦いの日々においてお金の使い所は殆どない。
食事は食堂から提供される上、衣服は激しい動きに対応できる隊員服を装着する事が義務付けられている。
そして、外出の許可が出る事は殆どない。ザーク獣の活動が僅かにでも観測されれば、スペースウォッチの隊員は基地で待機しなければならないのだ。
戦闘要員であれば尚更である。
本日、外出許可が出た事自体が非常に珍しいことだった。
「楽しみだな、理華!」
「うふふ、そうね。
そうだ、小鳩の服も選びましょうか!
私、友達とお洋服選ぶのが夢だったのよね。
雄士も付き合ってくれる?」
「えっ、俺も行くのか?」
「良いではないか、雄士。
お前の好みの服を着てやる!嬉しいだろう?」
「いや別に」
雄士の言葉に肩を落とす小鳩は、顔を覆って悲しみ始めた。
「妾の事を都合よくストレスのはけ口にしたのにこの扱いとは、うぅ……。
でも良いのだ、雄士が幸せなら!」
「……雄士?」
冷え切った理華の視線が雄士に突き刺さる。
「ゲームの話ね、ゲームの!」
「妾とは所詮遊びの関係、か」
「 やかましい!
わかった、行くから!」
「くふふふ、それで良い」
まるで兄妹のようにじゃれ合う二人を、理華は静かに見つめていた。
ホバークラフトは誰一人として他の利用者が居ないアスファルトの上を走る。
道路上には乗り捨てられ、破壊された自動車があちこちに放置されている。
文明は滅んだ、そう言われれば信じてしまいそうな風景だった。
「服か」
ホバークラフトを運転するラッセルが不意に呟いた。
ラッセルにとっては無意識の呟き出会ったそれは、彼の野太い声もあり、社内の注目を集める。
視線に気が付いたラッセルは、困ったように鼻の上を掻いた。
「口に出てたか、今の」
「服がどうしたのだ?」
前の席に身を乗り出す小鳩に、ラッセルは歯切れの悪い声を漏らした。
「いや、俺のギャンブル仲間の一人にパーカーってやつがいるんだがな、そいつの妹が念願の独り立ちをして、この町に店を出したって話を思い出したんだ」
「本当か?だったら今日はそこにも寄りたいぞ!」
「それは無理だ」
小鳩の無邪気な言葉に、ラッセルは小さくかぶりを振った。
「ザーク獣の襲撃によって、オープン前日にその子は死んじまったらしいからな」
車内を沈黙が包む。
「わりぃ、水を差しちまった」
「気にしないで、ラッセル。
……もう一か月たったもの。私達は運よく犠牲者を出さないでここまで来れたけど、きっとそうじゃない人の方が多いんでしょうね」
周囲の車の残骸が、嫌な説得力を持って4人にのしかかった。
重くなった空気に、雄士の能天気な声が響く。
「俺達に今できることは、よく遊んでよく休むこと!そうだろ?
ここで俺達がストレスを発散する事こそが一番の準備だって」
「それもそうだな。
それじゃ、俺もいっちょ高レートの勝負に挑んでくるか!」
「それ、新しくストレスを調達するだけじゃないのか」
「雄士!なんで俺が負ける前提なんだよ!?」
ラッセルが後部座席の雄士を覗き申し訳なさそうに眉を下げると、雄士は気にするなといった様に片頬を釣り上げる。
「うわぁ~!雄士!理華!高い建物があんなに沢山あるぞ!」
男達の会話に笑いを漏らしていた小鳩が、驚きの声を上げる。
そこには、遥か彼方からホバークラフトを見下ろしている、超高層ビルを森林のように連ねた摩天楼があった。
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