第12話
赤い触手が絡まり合い、天高く伸びている。
触手の塔の頭頂部では、巨大な水晶体が蠢き下界を見下ろしている。
蠢く触手で築かれた城は、元は地球連邦軍の最大拠点、ナイロビ基地の成れの果てであった。
生きた城は世界中のザーク獣の情報を収集、総括すると、その情報を雄輝の脳内に送信する。
計画は至って順調だった。
二人のセルイーターが傷を負った事は想定外だったが、ザーク獣は世界中の発電所を占領しており、破滅の種はすくすくと育っている。
「父さんと母さんの体が治った時がお前の最後だよ、雄士」
塔の上のセルイーターは、突然姿を掻き消す。
人類に残された時間は残り僅かであった。
敵襲の警報を受け、作戦会議室に駆け込んだ小鳩と理華を確認すると、聡弥は会議室を見渡した。
「全員揃ったな。
現在カルフォルニア基地にザーク獣が集結しつつある。
先程偵察機が撮影した映像を確認して欲しい」
会議室の大スクリーンに ザーク獣の大群が映し出される。
その姿に、雄士は眉をひそめた。
スクリーンに移されたザーク獣の尻には、大きな袋のような器官が出現していた。
「姿が今までと違うな」
会議室の視線が一斉に小鳩に集まった。
「こほん。説明しよう。
ザーク獣の売りの一つに、高い適応能力がある。
現地の動植物を参考に、その姿をより環境に適応したものへと変化させるのだ。
頑固な原住民もこれでバッチリ!と言うのが星での売り文句であった」
ザークの趣味が悪いジョークに失笑を浮かべる乗組員達。
しかし、今迄とは違い、小鳩は胸を張らずに気まずそうな表情を浮かべていた。
隣で微笑む理華に、口をへの字に曲げた小鳩は複雑な心境である。
「小鳩くんの言うように、ザーク獣の行動パターンが変化していると思われる。
相手の動きに注意し、安易な接近は控えるように。
以上、スペースウォッチ、出動!」
「ラジャー!」
聡弥の声に乗組員達が声を上げた。
J・アルドの乗組員が正規の軍人でないことに、どれほどの市民が気がつけるだろうか。
死線をくぐり抜けてきたスペースウォッチの隊員は、戦士の顔へと変貌を遂げつつあった。
セルイーター・フレイムは、航空戦艦J・アルドを飛び出すと、速度を抑えてザーク獣の群れに接近する。
ザーク獣がフレイムの存在を察知した瞬間、フレイムの後方から放たれた無数のミサイルがザーク獣の群れに降り注いだ。
航空戦艦同士の戦闘では、空間歪曲装甲の強度を図るためにミサイルなどの実弾兵装が使用されることが一般的である。聡弥は新型ザーク獣の動きを見るために、あえてザーク獣相手に通常の戦法を取った。
雨のように途切れないミサイルの連射は、ザーク獣の群れを飲み込む。
呆気なくザーク獣が爆散し、地上に落下していく様子を見て雄士は眉を顰めた。
「普段ならこれぐらいじゃ死なないのに」
『妙だ、警戒を怠るなよ雄士』
ミサイルの炸裂炎を切り裂いて、何かが飛んでくる。
気配を察知したフレイムは素早くスラスターを噴射し、回避行動を取った。フレイムが居た位置を通り過ぎたものは、白い紐のようなものであった。
『なんだこれは!?』
ミサイルの爆炎を免れたザーク獣の尻から、空に白い紐が一斉に放たれる。
網のように広がるそれを回避不可能だと判断したフレイムは、即座に両肩の水晶体を見開いた。
「ブレストショットォ!!」
扇状に広がった無数の光弾が白い網を食い破り、その隙間を縫うようにフレイムは上昇する。その間、フレイムの体には白い紐の残骸がいくつも張り付いた。
『べとべとする、これは……?』
「小鳩、ザーク獣は現地の生き物を参考にするんだな!?」
自身に殺到する白い紐をバレルロールと激しい上下移動で回避するフレイムは、ザーク獣の群れにもう一度ブレストショットを放つ。
爆散する仲間の破片を押しのけながら、次々とザーク獣が溢れ出た。
『そうだ!』
「だったら、多分こいつらが参考にしたのはクモだ!」
『クモは空を飛ばんだろう!』
「それを言ったら人は空を飛ばないんだよ!
とにかく、あの糸には捕まらないようにしないと!」
妙な所で外宇宙生まれを感じさせる小鳩に突っ込みながら、フレイムは肩の水晶体から剣の柄を引き抜く。
「セルブレード!」
尻を突き出して放たれるクモの糸を切り払いながら、フレイムはクモ型ザーク獣の集団にたどり着いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
糸の鬱陶しさを晴らすべく、目の前のザーク獣を切り捨てるフレイム。
脆い体はあっさりと切断され、辺り一面に白い糸をまき散らした。
「なにッ!?」
体中に貼りついた糸はフレイムの自由を奪う。
背後から襲い掛かって来たザーク獣にセルブレードを投げつけ両断すると、フレイムは体を張り付ける糸を引きちぎる。
『雄士、囲まれているぞ!』
「クソっ!」
足を止めたフレイムを包囲したザーク獣から、一斉に糸が放たれた。
雪だるまのように何重にも糸で縛られたフレイムは、糸を引きちぎることができない。
フレイムを囲むザーク獣の群れが、フレイムを無感情に見つめている。
航空戦艦J・アルドの空間歪曲装甲が敵の糸を叩き落とし、側面の105mm速射砲がクモ型ザーク獣を撃ち落としていく。
「次元砲の演算終了、何時でも撃てます!」
演算を終えた理華は声を張り上げながらカメラ映像を確認する。
モニターには、複数の敵から糸の掃射を受けて宙に貼り付けになったフレイムが映っていた。
「そんな!」
汗を流しながら、理華は高速で思考を巡らせる。
「フレイムを狙う敵にミサイルを散布しろ、フレイムを守るんだ!」
艦長である聡弥の命令によって、ミサイルハッチが開かれる。
「フレイムを狙うべきです!」
突如上がった理華の声に、操縦室内でどよめきが広がる。
理華は、必死に声を張った。
「セルイーターには通常兵器では効果が薄いはずでしょう!?」
聡弥の判断は素早かった。
「フレイムに標的を変更!打て!」
「ラジャー!」
白い尾を引いて空を駆けるミサイルが、フレイムに殺到する。
爆風がフレイムを絡めとる糸を焼き切るも、フレイム自身は何のダメージも感じさせない俊敏な動きですぐさま包囲を抜け出した。
「次元砲、撃てェ―ッ!」
「了解!」
理華は次元砲の引き金を引く。
先程までフレイムを包囲していたザーク獣を、次元エネルギーの奔流が磨り潰す。
半壊状態になったザーク獣たちを、太陽を背にしたフレイムが見下ろす。
その胸には、ぎょろりと震える水晶体が見開かれていた。
「セルバスタァアアアアアアアアア!
死ねぇええええええええええええええええ!!」
上空から放たれた破壊の光に、ザーク獣たちは跡形もなく消し飛ばされる。
一瞬の静寂が訪れる。
「敵の全滅を確認。
諸君、よくやってくれた」
聡弥の勝利宣言に湧く操縦室の中で、理華はひとり汗を拭い椅子に体を預けた。
「ほんと、心配したんだから」
戦闘後、カルフォルニア基地の食堂で雄士、小鳩、理華は顔を突き合わせて夕食を食べていた。
「俺も流石に今回はダメかと思った」
小鳩が理華に噛みつかないかと心配していた雄士は、ひそかに胸を撫でおろす。
小鳩は至って上機嫌の様である。
「妾は心配しておらんかったぞ!
それに、聞いたぞ理華。あの糸を焼いた攻撃はお主の提案だったのだろう?」
「とっさにね。
でも、無敵のセルバスターで何とかしちゃえば良かったのに。
心臓に悪いわ」
「セルバスターは滅茶苦茶疲れるのだ。
安易な発射が死を招くことはザーク人なら常識だぞ」
雄士は、仲睦まじく話す二人をぽかんと見つめた。
「小鳩、お前いつの間に理華と仲良く……?」
雄士の容姿に、得意げに鼻を鳴らす。
「ナイショ、でしょ?」
理華に助けを求めた雄士をスルーし、理華は指を口に当てて悪戯っぽく小鳩にウインクをした。
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