第11話

 航空戦艦J・アルドのカタログスペックから運用データを照らし合わせ、実際値を弾き出した理華は頭を揉みくちゃにして机に突っ伏した。

 雄士とセルイーター2体の交戦記録から弾き出した戦術シュミレーションでは、セルイーターに損傷を与えることすら珍しい悲惨な結果が表示されている。

 既に親友の一人、如月雄輝は失った。

 そして、残された親友、如月雄士すらも絶望的な戦況に身を投じている。

「雄輝……会いたいわ」

 理華は机の上の写真立てを取る。

 そこには、満面の笑みで映る3人の子供が写っていた。


 伊藤理華には友達がいなかった。

 理華の母は幼い頃に亡くなり、研究者としては高名だが、仕事に忙しく、父としての姿は殆ど見せない聡弥に理華が不満を抱くのは無理もない話である。

 ある日、父親の研究発表会に連れて来られ、寂しさに膝を抱えていた彼女の耳にコソコソと話す声が届いた。

 理華が顔を上げると、二人の男の子が扉の端から理華を覗き込んでいるのが見える。

「やばっ!バレた!」

 男の子二人は慌てて逃げ出す。

「まって!いかないで!」

 二人を追って駆け出した理華は、慌てたせいか廊下に飛び出したあたりで転んでしまう。

 その瞳にみるみるうちに涙がたまり、理華はワッと泣き出した。

 廊下の先を逃げていた二人の足が止まる。

「おにぃちゃん!」

「戻ろう雄士!」

 すぐに理華のもとに駆け寄った二人は、ポケットを探り始めた。

「あれ?ハンカチどっかいっちゃった」

「お母さんに怒られるから入れといてっていったのに……。

 ねぇ、大丈夫?」

 兄弟らしい二人の男の子の、兄の方はポケットからハンカチを取り出すと理華に手渡した。

「じゃあ、俺はこれあげる!」

 ハンカチを目に当て、涙の潮が引くのを待っていた理華の手に、四角いなにかが手渡された。

 片目をハンカチから外した理華の顔が喜びの色に変わる。

 それは、2個の四角い飴玉が入ったパッケージだった。

「さっき受付からこっそり貰ってきた。

 うまいよなーこれ」

「うん、わたしもこれ好き!」

 子供らしい単純さで笑顔を浮かべた理華につられて、兄弟も微笑んだ。

 自身が泣き止んでいることも気が付かずに、理華は二人の手を取る。

「わたし理華っていうの!二人は?」

 ドギマギしながらも、二人は答えた。

「お、俺は雄士」

「僕は雄輝」

 これもまた子供らしい単純さで、3人は友人になり、親友になるまでに時間はかからなかった。

 

 思い出に浸っていた理華は、ふと吾に帰る。彼女を現実に引き戻したのはノックの音だった。

「失礼するぞ、理華」

「小鳩ちゃん!?どうしたの?」

 扉の向こうにいた意外な人物に、理華は驚き手を口に当てた。

「ちょっと話をしたくてな。邪魔するぞ」

 戸惑っている理華を置いて、小鳩はするりと部屋の中に入り込んだ。

「えぇ、構わないけど」

 小鳩はベッドに腰掛け、理華は正面に椅子を回して腰を下ろす。

「ん?その写真は……」

「あ、こ、これは何でもないのよ!」

 机の上の写真立てに気が付いた小鳩から隠す様に、理華は慌てて写真立てを倒す。

 小鳩が怒りだした昼食前、雄士は小鳩の怒る理由がぴんと来ていなかったようだが、理華にはそれが嫉妬だということがなんとなく分かっていた。

 それは、友人の少なかった理華が、いつも雄士や雄輝に感じていた独占欲のようなものであったから。

「理華と雄士は昔からの友達だったのだな」

「え?えぇ……」

 しかし、予想に反して小鳩はにこやかに話しを続けた。

「妾には昔ながらの友人がおらんからな、少し羨ましい。

 雄士以外の友人を募集しているところだ」

 ちらりと理華を覗き見た小鳩だったが、理華には小鳩のアピールは届いていないようだった。

 結構鈍感だな!と、小鳩は脳内で突っ込む。

「でも、ラッセルと仲良くしていたようにみえたけど……」

「妾は異星人だからな、やはり警戒されているようだ。

 それに、どうも子ども扱いされているような気がする。

 妾は地球年齢で19歳なのだがな」

「見た目の影響もあるかもしれないわね」

 小鳩は肩を竦めた。

「やはり、この体と融合したのは失敗だったという事か」

「……小鳩ちゃん」

 小鳩の言葉を聞いた理華の表情が毅然としたものに変わる。

「それは、言ってはいけないことよ」

「なに?」

 小鳩は戸惑った様に理華を見上げた。

「あなた達ザーク人にはその感覚がないのかもしれない。

 だけど、ザーク人に融合されるという事は地球人にとっての死に等しいの。

 そのことを分かって頂戴」

「しかし、妾は死にゆく体を拾っただけであるぞ!

 妾が殺したわけではない!」

 話の本題ではない、ややズレた反論だったが、理華はあえて真正面から答える。

「事実がそうだとしても、死者への敬意は異なるわ。

 私達が仲間になるために、これはきっと大事なことだから」

 小鳩は目を吊り上げるが、それは一瞬の事だった。

 肩から力を抜くと、理華から目を逸らす。

 どこか疲れたような言葉が、小鳩の口から漏れ出した。

「お主の言う通りだ。

 妾は、まだどこかで偉大なるザークとして侵略する側のつもりだったのだろうな。

 惨めな脱走兵にすぎぬというのに」

「小鳩ちゃん……」

 このプライドの高い異星人が、気弱な一面を見せたことに理華は驚く。

 それほどの苦悩を陰で重ねたのだろうか。

 理華は、小鳩の等身大を見つめていた。

「非礼を詫びよう。

 時間はかかるかもしれないが、態度を改めることを約束する」

「私こそ、もっと柔らかい言い方が出来なくてごめんなさい」

 理華という人物の強さを、小鳩はじんわりと胸の奥で感じる。

 雄士とはまた違った人の好さに、小鳩は思わず頬を緩めた。

「気にするな。

 雄士が、お主を気に入るわけだな」

 小鳩は納得したように深く頷くと、理華に手を差し出した。

「理華、頼みがある。

 妾と友達になってほしい。

 ……本当は、最初からこの話をするつもりだったのだ」

 恥ずかしそうに微笑む小鳩の手を、理華は握った。

「よろこんで。

 よろしくね、小鳩ちゃん」

「ちゃんはよせ」

「小鳩」

「よろしい」

 二人は顔を見合わせ、笑った。


 平和な一幕を、突如鳴り響いた警報が掻き消す。

「警報だわ!小鳩!」

「急ぐぞ!」

 二人は部屋を飛び出すと、作戦会議室へ向かった。

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