第10話
「いやっほぅ、プリント肉じゃない本物だぜ!」
「もう2週間も本物の食材にありつけなかったもんなぁ、ありがたい」
長テーブルに敷き詰められたフライドチキン、ステーキ、ローストビーフ、ハンバーグ、油とタンパク質の祭典に男達は歓喜した。
「なんで肉料理オンリーなんだよ」
「なんでも、出荷予定だった肉が宇宙人のせいで輸送できなくなって困っていたところを、比較的人が集まっている軍が格安で買い上げておいたらしいわよ。
うへぇ、見てるだけで胸焼けしそう……」
雄士の疑問に、辟易した表情の理華が答えた。
雄士はフライドチキンをかじりながら、食堂の中を見渡す。
無意識のうちに、雄士の目は小鳩を探し始めていた。
出会ってまだ数日であるとはいえ、すでに何度も死線を乗り越えてきた中である。
食事に遅刻した程度で小鳩がへそを曲げるとは、雄士にはどうしても思えなかった。
食堂を見渡していた雄士は、やけに盛り上がっている人だかりを覗き込む。
「スゲェな嬢ちゃん、まるで底なし沼だ」
「あの体のどこに収まってんだこりゃ?」
「まだまだ足りんぞ!次の皿を持ってくるのだ!」
人だかりの中心に居たのは小鳩だった。もとはフライドチキンの山だったはずの骨の山を築き上げてなお、貪欲に肉料理を掻き込み続けている。
「むっ、雄士!相変わらずの少食だな!
セルイーターは食える時に食うが鉄則だと教えたはずだぞ。ほれ、お主も来い!」
「うわっ!手が油でべちゃべちゃ!
口回りも汚しちゃって……ほら、拭くから動かないでくれよ」
「悪いな雄士!」
雄士が衣や油で酷い有様になっている小鳩の口をウェットティッシュで拭うと、小鳩はくすぐったそうに体を揺らした。
随分と機嫌がよさそうな小鳩に、雄士は安堵する。
雄士は女性の怒りが苦手だった。
どうしても、自身をしかりつける時の母の形相が脳裏に浮かんでしまう。
「どうかしたのか、雄士?」
「いや、何でもないんだ。
よぅし、今日は俺も食べるぞ!」
「勝負だ雄士!」
「受けて立とう!」
雄士は嫌な感情を振り払うべく、空元気のまま無謀な戦いに突入した。
「は、吐きそう……」
「貧弱な奴め」
腹を風船のように膨らませて、苦しそうに呻く雄士に小鳩は呆れ返った。
何を話しても生返事しか返さない雄士にため息を付くと、小鳩は退屈しのぎの散歩を始める事にする。
カルフォルニア基地は、先程の食堂が夢であったかのように静かだった。
節電のために照明が切られた館内では、埃が光を弾いて舞っている。
長い間、母体になるものとして施設に軟禁されていた小鳩にとっては、たったそれだけの情報も楽しめるものだ。
乗っ取った地球人の脳内にある鼻歌を歌いながら、小鳩は散歩を続ける。
館内を歩いていた小鳩は、微かに聞こえる人の声に耳をぴくりと動かした。
小走りで向かうと、オイルの匂いが鼻を突く倉庫に押し込められた航空戦艦を何名もの男たちが整備していた。
「次回の戦闘がいつになるかわかんねぇぞ!
手っ取り早く済ませちまうぞ!」
男たちの中でも一際日に焼けたガタイのいい男が叫ぶと、小気味良い返事が倉庫内に木霊した。
小鳩は近くにあったオイル缶に腰掛け、巨大な船を男たちが手入れする様子を飽きもせずに見つめていた。
2時間ほど経つと、整備は一段落したらしかった。整備員達は汗を拭いながら館内に続々と戻っていく。
そんな中、一人の男が列から外れ小鳩の傍にやって来た。
「よう、嬢ちゃん。こんなところに来るなんて、相当暇だったと見た」
「雄士のやつ、先程の飯でダウンしてしまってつまらんのでな、散歩していたのだ」
「そりゃ嬢ちゃん、あれだけ食べりゃ普通はそうなるさ」
先ほど整備員達に活を飛ばしたガタイの良い男、整備長のラッセル・ハーバーは豪快に笑った。
小鳩の近くのドラム缶に腰を下ろすと、ラッセルは小鳩に尋ねる。
「それで、何の様だ?話し相手を探しているように見えたけどな。
小遣いをねだるなら他の奴にしな、この前賭けポーカーでずいぶん剃っちまった」
「ギャンブル癖は身を滅ぼすぞ、ラッセル」
「なに、一文無しになってからが腕の見せ所さ。
話を逸らそうとしている所で悪いが、この後は弾薬の補給を行う予定があるんだ。あまり長くは待ってやれねぇぜ」
ラッセルの言葉にぎょっとした小鳩は、焦ったように視線を右往左往させていたものの、やがて諦めたように口を開いた。
「人間の感情について教わりに来たのだ」
小鳩の言葉に、ラッセルは目を丸くした。
「 聡弥博士の方が適任だと思うんだが」
「やつは信用ならん、探るような視線がどうも気になる」
「信用ならんって、それを宇宙人の嬢ちゃんが言うか!ワハハハ!」
「……笑えんジョークはよせ」
ひとしきり笑ったあと、ラッセルは目線を小鳩に合わせて身を屈めた。
「さて、話を聞かせてくれ」
この気の良い整備長は、小鳩がJ・アルドに乗り込んだ当初から、当然のように人として接してくれる。
乗員の半数はまだ小鳩を受け入れられていない中で、気を張らなくてもよい話し相手がいるということは小鳩にとって大きな助けになっていた。
「ラッセルよ、お前は嫉妬を覚えたことがあるか?」
「あるぜ、昔付き合ってたやつがタチの悪い女でな。ヤキモキさせられたもんだ」
「嫉妬とは……友達にもするものか?」
口ごもった小鳩に、からかわずにラッセルは頷いた。
「するさ。
一番のダチだと思ってた奴に、自分より仲の良い友達が居た時なんかは嫉妬したね」
「それだ!」
小鳩は勢いよく指を突きつけた。
「雄士のやつが、妾には見せないような表情で理華に話しかけているのを見ると胸がチリチリするのだ。
以前ならこんなことは無かったのだが……。
地球人と融合してからというもの、どうもおかしい」
融合、その言葉にラッセルの表情はわずかに揺れたが、小鳩が気付く間もなく波は消える。
「よくある話だ。
それとも何か、お前さんの星では感情を見せることは少ないのかね」
「あぁ、ザーク人は感情を完璧に操ることが……そうだな、この星で言う『紳士的』という事になるのだ」
「ははぁ、異文化だねぇ」
「雄士にも、それに理華にも失礼を働いてしまった」
話している間に気分が落ち込んできたらしい小鳩は、がっくりと肩を落とした。
「二人とも気にしてないと思うぜ。
それに、いい機会だ。謝るついでに理華と話してこい。
理華も女友達を欲しがってるんじゃねぇか?」
「……わかった、この後行ってみよう」
未だに浮かない小鳩の様子を見て、ラッセルは首を傾げる。
「お前さん、雄士と出会ってまだ2週間なんだろ?
随分と入れ込んでるじゃねぇか」
小鳩は何故か嬉しそうに胸を張った。
「雄士は私に嫌悪感を殆ど抱いていないからな!
念のために感情を測定する神経を仕込んでおいたが、完全に杞憂だった。
妾の唯一の友人だ」
「おいおい、俺は友人じゃないのかよ?」
わざとらしく悲しむラッセルに、小鳩は不思議そうに首を傾げた。
「だって、お主は妾の事を信頼しておらぬだろう?」
「ったく、冷や冷やさせてくれるぜ。
天然なのか、それとも――食えねぇ奴だ」
ラッセルと小鳩の会話が流れていた電子機器を停止して、ラッセルは疲れた表情を浮かべた。
少女の体を奪ったこと、雄士の体に何かを仕込んでいるらしいこと、そして、それらを臆面もなく語ってしまえること。
小鳩の致命的なズレは、ラッセルの警戒心をどうしても逆撫でるものだった。
ラッセルの報告を受け取った聡弥は、顎を撫でて通信機のAIが字幕に起こした会話文を眺めている。
「しかし、興味深いデータだと言えよう。
特に、小鳩君が従来より感情的、いや、人間に近づいているらしいことは重要な事実になるかもしれないな」
聡弥の言葉にラッセルは肩を竦める。
「そっちかよ。
学者の考えることは分かんねぇな」
「我々には情報があまりにも少ない。
わずかな価値観の差異ですら、今の我々には金に等しい。
苦労を掛けるが、今後も引き続き彼女との接触を続けて欲しい」
聡弥のためらいがちな声に、ラッセルは聡弥の肩を叩いて答えた。
「嬢ちゃんには信頼してないなんて言われたけどよ、俺はとっくに嬢ちゃんの事仲間だと思ってるんだぜ。
仲間の話を聞くぐらいどうってことないさ」
「おじさん同士、警戒されやすいのが悩みだな」
「はははははは!ちげぇねぇな!」
ラッセルの笑顔に、聡弥も小さな笑みを浮かべたのだった。
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