第9話
カルフォルニアの乾いた空気が頬を撫でる。
太陽を遮っていたJ・アルドから離れて、理華は強烈な太陽を見上げた。
セルイーター・グレイヴとの戦いを制したスペースウォッチの面々は、補給もかねてカルフォルニアにある連邦軍基地に船を寄せていた。
異星人の侵略が始まって一週間、世界を恐怖に陥れていたセルイーターは一人しか出現しないようになり、ザーク獣の侵略に対して人類はようやく防衛線を構築することに成功したのである。
しかし、人類とザーク獣のキルレシオは6:4。強固な肉体を持ち、発電所などのエネルギーから猛烈な速度で増殖するザーク獣に対して、人類は有効な戦法を見つけられずにいた。
「せめて次元砲が量産できれば……」
幼馴染の雄士に過酷な運命を背負わせている事は、理華の心に暗い影を落としている。
今まで勇気が出せず彼に一歩踏み込めなかったこと、そして、一歩踏み込んだ所で自分には何もできないこと。
突き付けられた無力に、理華は立ち尽くすことしかできない。
戦闘員の殆どが出払い、閑散とした連邦軍基地を目的もなく歩く。
ぼうっとする理華は、後ろから忍び寄る人影に気が付かなかった。
「元気ないな」
首筋に冷たい棒のようなものが当たる。
「きゃあっ!?」
首筋を抑えながら振り返ると、先ほどまで思いを馳せていた幼馴染が得意げな顔で立っていた。
「ちょっと、びっくりするじゃないの」
「悪い、それ奢りだから許してくれよ」
不満の声を漏らしながらも、理華は缶を開けてジュースを一気に飲み干した。
味は理華の好きなオレンジ。
雄士が自分の好みを憶えていたことを嬉しく思い、理華は無意識に微笑んだ。
「元気出たみたいだな」
「あっ、私今笑ってた?」
「ちょっとだけ。
そろそろ戻ろう、飯が出来たから呼びに来たんだ」
理華は驚き、手首の通信端末を確認する。
そこには雄士からの複数の連絡が表示されていた。
「ごめんなさい、全然気が付かなかったの」
「気にしないでいいよ。俺も理華と話したかったし。
ゆっくり帰ろう」
二人はカルフォルニア基地の食堂まで歩き始めた。
「静かだね」
「本当にな。
まるで宇宙人の侵略なんて嘘だったみたいだ」
「この静けさも、宇宙人の侵略があったからもたらされたものなんでしょうけどね」
「そうだな。
今度セルイーターに遭遇した際には、絶対に仕留めないと」
「仕留めるだなんて……」
理華の咎めるような声に、雄士はばつが悪そうに頭を掻いた。
「ごめん、理華にとっても他人じゃないもんな」
「う、ううん、雄士が一番大変なのに、変な事言っちゃってごめんなさい」
二人は、無言のまま歩く。
理華は何度かためらいつつ、数回目にしてようやく口を開いた。
「家族の事、許せないのね」
再度の沈黙を、理華は根気強く待っていた。
「かもしれない。
でも、俺も知らなかったんだ、こんな俺がいるなんてことは。
あんな風に、父さんを憎んでいただなんて知りたくなかった」
二人はお互いの顔を見ずに歩き続ける。
「雄輝の事も嫌い?」
雄士は、思わず手を強く握りしめた。
「……分からない、兄さんの事は好きだ。
でも、やっぱり嫉妬もしていたから。
兄さんは、俺の欲しいものはなんだって持っていた」
理華は寂しそうに笑った。
「私、あなたの事何も知らなかったのね」
「そんなことないよ」
理華は汗で貼りついた髪をかき上げた。
長髪が風に揺れる。
「覚えてる?
夏休みの度に、雄輝と雄士と私でよく遊んだこと」
「そりゃ覚えてるけど」
「私、あの頃から何も変わってないと思ってた。
でも、2人とも、とっくにあの頃のままじゃなくなってたんだね」
「理華……」
「これからは、雄士の事ちゃんと見てるから」
理華に見つめられた雄士は、照れたようにそっぽを向いた。
「理華も変わったってことだな」
「そう?」
「昔は俺が悩んでいたら『男の子でしょ!』なんて言って、俺を外に引きずり出すのが常だったのに」
「ちょっと!それは本当に小さい時の話じゃない!」
理華が軽く雄士を叩き、雄士は大げさに痛がる。
暫くの間、二人はおかしそうに笑い合った。
「遅い!どこまで行っておるのだ!」
二人が驚いて声の方向を向くと、そこには腕を組んだ小鳩が立っていた。
「ごめんね小鳩ちゃん、私が遠くまで出かけちゃったから」
「早く来るといい、皆待っておる」
雄士と理華の仲睦まじい光景を見かけた際に生じた、不快な胸の痛みに戸惑ったまま。呆気に取られる二人に背を向けて、小鳩は逃げる様に走って行った。
「童には雄士しかいない……。
それなのに、童は雄士の事を何も知らないのだな」
消えない鼓動に、小鳩はぎゅっと胸を掴んだ。
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