第8話

 戦闘が終わり、夜の空を巡行する航空戦艦J・アルドの館内はお祭り騒ぎである。

 世界中の人類が抵抗すらできず数で押し切られている現状に、J・アルドとセルイーター・フレイムで一矢報いたのだ。

 しかし、艦長の伊藤聡弥と、娘の伊藤理華だけは浮かない表情を続けている。

「父さん、戦況はどうなっているの?」

「アジアの残存戦力が50%、欧米が40%、南米が30%、初動で激しい攻撃を受けたアフリカは壊滅状態だ。

 局所的な反撃は成功しているようだが……セルイーターによって主力艦隊が壊滅させられた今の連邦軍が戦うにはザーク獣の数が多すぎる。

 すぐに押し返されているようだ」

「このままじゃ、人類が滅びるのも時間の問題という訳ね」

「小鳩君の話では、ザーク獣は発電所のエネルギーなどがあれば増殖できるらしい。

 優先して襲うのもエネルギー生産地の様だ、補給もそのうち厳しくなるだろう」

 沈黙が二人の間に流れた。

「でも、私達には雄士がいる。

 諦めるにはまだ早いわ」

 明るく振舞う娘に何か言いかけた聡弥は、口をつぐむと頷いた。

「そうだな。

 雄士君の精神状態も心配だ、理華も大変だと思うが雄士君の事を気にかけてやってくれ」

「父さんこそ、無理しちゃだめよ」

 理華が去った後、聡弥は通信機を取り出すと、どこかに電話をかけ始める。

「アレクサンドラ、送信したデータを見たか?

 そうだ、可能な限りのリソースをつぎ込んでくれ」

 その表情には、拭えない陰りがあった。


 雄士と小鳩は、割り当てられた個室のベッドの上で寝転がっていた。

 戦闘後、精密検査を受けたのちこの部屋に通された二人の間に会話はない。

「……雄士、枕をお主だけが使っているのはズルいのではないか?」

「仕方ないだろ、一人部屋なんだから」

 ようやく発せられた小鳩の言葉に拍子抜けしながらも、雄士は気だるげに答えた。

「貰って来ればよかろう」

「自分で行きなよ」

「もう疲労困憊なのだ」

 仕方ないなぁ、と肩を竦めた雄士は小鳩の方に手を突き出す。

「ほれ、腕枕」

「なななななにぃ!?」

 顔を赤くした小鳩が飛び起きる。

「何を言い出すのだお主は!」

「だから、腕枕だよ。

 眠れないときに兄貴が良くやってくれたんだ。

 よく眠れるんだぜ、これ」

「そ、そうか、それでは失礼する……」

 赤面しつつ、雄士の腕に頭を乗せた小鳩暫くして跳ね起きた。

「ええい!こっぱずかしいわ!距離感が近いのだお主は!」

「そうかな?」

「そうなの!」

 ぷんすかと怒っていた小鳩は、ふと笑みを浮かべる。

「憑き物は落ちたか?」

「……ああ、もう大丈夫だよ」

 雄士は気まずそうに目を伏せた。

「俺は、俺のことが分からない。

 本当に家族と戦えるのか自身がなかったぐらいなのに」

 雄士は身震いし、顔を歪める。

「父さんを相手にした時、俺は怒りに支配されていたんだ……」

宇宙からの来訪者が居なければ、気が付くことのなかった醜い感情に雄士は恐れを憶えていた。

「俺はどうかしてる」

 雄士は苦しそうに吐き捨てる。

 雄士の独白を静かに聞いていた小鳩は、雄士にニヤリと笑う。

 呆気にとられた雄士に、小鳩は勢いよく言い切った。

「ならば、全てをぶちまけてしまえ!

 お主の家族は実質的に死んだ。

 しかし、その思考や記憶を受け継いだ相手がそこに居るのだ。

 今まで言えなかったことをすべて言ってしまえばよい」

「でも……」

「雄士、これはお主と家族の最後の会話になるのだ」

 諭すような小鳩の言葉に、雄士はハッとしたような表情を浮かべた。

 如月家は、外部から見れば名誉ある理想の家族である。

 しかし、その内情は悲惨なものであった。

 母の如月明奈は、子供達を周囲の期待通りに育てなければならないというプレッシャーによって、勉学の出来によってしか子供を愛せなくなってしまった。

 父の如月雄作は、研究者でない雄士を自身の子供として認識していないような素振りで生活していた。

 そんな環境において、雄士は兄に多大な劣等感を抱いている。

 如月家は、異星人が来る前から既に崩壊していたのだ。

 小鳩の言葉を、雄士は異なる文脈で受け取った。

 これは雄士に残された、家族との最初で最後の対話なのだと。

「己の感情に戸惑う事は分かる。だが、後悔だけはするな」

 表情を崩して、小鳩は自嘲気味に呟く。

「侵略者の一味が言う事ではないがな」

「もう仲間だろ、俺達」

 雄士の言葉に小鳩はまた赤面した。

「だからお主はこっぱずかしいと言っておるのだ」



 ほの暗い部屋の中に、赤い触手が蠢いていた。

 ぎょろりと蠢く水晶体が不規則に並ぶ中、二つの人影が水晶体の中で眠っている。

 それは傷を負った雄作と明奈であった。

「まさか、父さんも母さんも雄士にやられるとはね」

「すまないな、雄輝。

 私としたことが」

 蠢く部屋の中で、雄輝は肩を竦めた。

「だから言っただろう、雄士を侮ってはいけないって。

 ……いつもそうなんだ、雄士は僕が欲しいものをすべて持っている」

 雄輝の瞳には、確かな殺意が光っている。

「雄輝?」

「なんでもないよ。

 計画は順調に進んでいるんだし、二人にはゆっくり傷をいやして欲しいな」

「頼りにしているぞ、雄輝」

「気を付けてね」

 部屋を後にしながら、雄輝は怪しい笑みを浮かべた。

「あぁ、早く会いたいよ雄士……」


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