第7話

 薄暗い兵器貨物搬入口の前で、雄士と小鳩は通信機に耳を傾けていた。

『雄士君、我々は君を可能な限り支援するが、実際の所ザーク獣に撃墜されないように立ち回る事で精いっぱいだ。

 奴らの殲滅は君に任せきりになってしまう、すまない』

「気にするな、支援攻撃と後方からの情報共有だけで十二分よ」

 小鳩は不敵な態度を崩さない。

『……雄士君、小鳩君、君たちは人類の最後の希望だ。

 手に負えないと思ったなら即座に撤退して欲しい。

 我々が殿を務める』

 雄士は返事を返さず、拳を強く握りしめた。

「セットアーップッ!」

 小鳩が体を溶かし、二つの肉体が一つになる。

「セルイーター・フレイム!」

 背中のスラスターを全力で噴射し、突風が吹き込む兵器搬入口から飛び出した。


 赤い光の線が空に伸びる。

「セルブレードっ!」

 流星のようにザーク獣の群れに飛び込んだセルイーター・フレイムは、肩から抜いたブレードを滅茶苦茶に振り回す。

 ザーク獣の体液で周囲が見えなくなるが、フレイムは止まらない。

 その身に触れるものが居なくなるまで、狂ったように刀身を振り続ける。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 空を埋め尽くすザーク獣の絨毯に、ぽっかりと穴が開いた。

 フレイムを囲むザーク獣の口が一斉に開き、エネルギーの弾幕が放たれる。

 フレイムは突如下方に加速して弾を回避、再度急浮上するとまたもやザーク獣を蹴散らした。

「凄い……あれが雄士だっていうの……?」

 航空戦艦の操縦室が圧倒的な強さでザーク獣を殲滅するフレイムに湧く中、理華はひとり困惑の表情を浮かべていた。

 雄士は争いを好まない性格で、家族に疎まれながらも反抗期すら来なかったような穏やかな人物である。

 その雄士が今、一心不乱に暴力を振るっている。

 自分の知らない幼馴染の姿に、理華は恐れを感じていた。

 そんな理華を一括するように、艦長席に座る聡弥の声が響く。

「何を浮かれている!雄士君をサポートするぞ!

 理華、次元収束の演算はどうなっている?」

 航空戦艦J・アルドの次元エネルギーエンジンおよび次元砲は、強固な装甲を持つザーク獣すら容易に撃破できる破壊力を持つが、その運用は未だ自動化できていない。兵器でありがなら専門の技術者が直に演算とエネルギー制御を行わなければならない難点がある。

 そのため、この操縦室にいるのは艦長の聡弥も含め技術者が過半数を占める。

理華は親譲りの頭脳と次元研究における数々の実績を買われ、次元砲の操作を一任されていた。

「進行度97、98、99、100%!打てます!」

「次元砲、撃てェ―ッ!」

 手法から光の帯が放たれた。

 ザーク獣の集団を薙ぐように主砲は旋回する。

 その動きに連動して、ザーク獣の集団が横一線に爆発した。

「敵の総数はどうなっている」

「今の一撃で残りわずかです!

 いや、何か来ます!高エネルギー反応が、は、速い!」

 空から星と見紛う何かが飛来する。

 高速で接近する物体に、フレイムは衝突寸前で身を躱した。

「なんだ!?」

『……セルイーターだ!雄士、気を付けろ!』

 地面に降り立った光を追い、雄士は地上に降下した。


 そこに待っていたのは、灰色の重装甲を纏ったセルイーターである。

『セルイーター・グレイヴ……』

 小鳩の声に、セルイーター・グレイヴの目が鋭く光った。

 雄士の脳内にグレイヴの情報が流れ込む。

 防御力と近距離戦闘に優れたセルイーターが、セルイーター・グレイヴなのだ。

「フレイムよ、それだけの戦闘力をこの星の野蛮人を守るために使うか。

 戻ってこい、今ならお前の席はまだ残っている」

『籠の中の小鳥が幸せだとでも?』

「……愚かな」

 取り付く島もない小鳩の言葉に、グレイヴは声を一段と険しくした。


「なんだ、異星人に融合されたって変わらないんだな」


 静観していた雄士は、二人の会話に突如言葉を挟んだ。

「……む?」

『雄士?』

戸惑う小鳩の言葉を無視して、雄士はどこか嘲る様な声で続ける。

「分かんないのかよ父さん、俺だよ、雄士だよ」

 突然の告白に、グレイヴも驚きの声を上げる。

「なんと!フレイム、貴様2人でセルイーター形態へ変化しているのか!?

 ……雄士、家族同士で殺し合うなんてことは許されないことだ。

 母さんも兄さんも我々ザーク人となった、お前もこちらへ合流しなさい」

 グレイヴ――如月雄作の誘いに、雄士は笑い声を挙げた。

「ははは……息子の声を聴いて分かんなかったアンタが言うのかよ!

 今まで俺の事なんて眼中になかったアンタがさぁ!」

「聞き分けのない奴だ!」

「これで俺の事を無視できなくなったなぁ父さん!」

「いいだろう、裏切り者として死ぬがいい!」

 他の生命体と融合したザーク人は、融合した生命体の精神に影響を受けるという。

 まるで、ただの憎しみ合う親子のように二人は殺意を向け合った。

「雄士ぃ!」

「父さんッ!」

 フレイムの刀身とグレイヴの拳が交錯する。

 お互いの攻撃で吹き飛んだ二人は、それぞれ建物の壁に背中を打ち付けた。

「ぐぅ……!」

『雄士、冷静にならんか!』

「分かってる!」

 フレイムは今まで押し殺していた鬱屈と暴力性を爆発させるように、全力でスラスターを加速させる。

 地面すれすれを加速しながら、勢いのままグレイヴの顔面にフレイムは蹴りを打ち込む。

「甘いわぁ!」

 動きを読んだグレイヴがキャッチした蹴り足を支点にスラスター加速で身をよじると、フレイムは斬撃をグレイヴに打ち込んだ。

「グゥっ!」

「終わりだぁあああああああ!」

 地面に身を叩きつけられたグレイヴに追撃を放ったフレイムの刀身を、グレイヴは両の掌で受け止める。

 真剣白刃取り、その芸当に驚愕するフレイム。

 グレイヴはスラスターの加速で起き上がりながらフレイムの顔を殴りつけ、よろけたフレイムの腹に蹴りを叩き込んだ。

「ゴッ……!」

 大地を転がるも、片手を地面で押すだけで身を浮き上がらせたフレイムは大地を滑るようにして勢いを殺す。

 立ち上がったフレイムは目を見張った。

「終わるのはお前だ!雄士、いや、フレイム!」

 グレイヴの胸の中心に、水晶体の様な物体が痙攣と共にエネルギーを集めている。

 フレイムも負けじと胸の水晶体を開くと、エネルギーを一気に集中させた。

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「くたばれぇええええええええええええええええ!!」

「「セルバスタァー!」」

 二人から放たれたセルバスターの余波により周囲の窓ガラスが吹き飛ぶ。

 二つの破壊の渦は、二人の間でぶつかり合うと、拮抗して停滞する。

『押し切れん!離脱するぞ雄士っ!』

「く、くそぉっ!」

 威力は拮抗したまま、衝突部分のエネルギーが膨張する。

 二人のセルイーターの間で、エネルギーが激しく炸裂した。

 爆発は周囲に放射状に広がり、一体の建物を吹き飛ばす。

「なんて威力だ……」

 空中に退避したフレイムは、爆発でできた巨大なクレーターに驚きの声を上げた。  

 煙が晴れ、地上に降り立ったフレイムは周囲を見渡すものの、既にグレイヴの姿はない。

『逃げられたようだな』

「あぁ」

 小鳩と雄士の肉体の結合が溶け、2人の人間に戻る。

 迎えに来た航空戦艦J・アルドの姿を見上げる雄士の傍で、小鳩は雄士の表情を見つめていた。

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