第5話

 館内を歩く雄士と小鳩に無遠慮な視線が注がれる。

 小鳩は周囲を威嚇するように、選管の乗組員たちを睨みつけた。

「全く、見世物ではないぞ!じろじろ見おってからに!」

 憤る小鳩に、彼らを案内する一人の女性が困ったような笑みを浮かべた。

 長い黒髪に、強い意志を湛えた女である。

「ごめんなさいね、皆宇宙から来た子がどんな姿なのか気になっているだけなのよ」

「ふん、どうだか」

 小鳩の扱いに困り果てている女に、雄士は助け船を出す様に話題を変えた。

「しかし、理華ちゃんがこの船に乗ってるなんて思わなかったな。

 5年ぶりの再会が戦艦の中になるとは」

「ちょっと、私もう20なんだから。

 ちゃん付けはやめて」

「……もう20歳なのか、なんだか調子狂うな」

「雄士は1歳差なのに昔からお兄ちゃん風吹かせすぎなの」

「悪かったよ、理華」

「よろしい。

 ……無事で良かった。急に発表会に遊びに来なくなって、ずっと心配してたんだから」

 目を逸らす雄士に、理華は目を伏せた。

 伊藤理華は、宇宙分野で数多くの功績を残した伊藤聡弥博士の一人娘である。

 同じ研究分野であることから伊藤家は如月家と仲が良かった。子供同士も幼い頃から自然と親睦を深めており、如月兄弟と理華は親友と呼べる仲であった。

「そ、そうだ、心配といえば兄さんは大丈夫かな。

 ここ2日何度か連絡したんだけど、向こうも大変なのか連絡が付かなくって」

 沈んだ空気を換えようと、強引に絞り出した雄士の言葉に理華は血相を変えて詰め寄った。

「……知らないの?」

 肩を掴んで、顔を近づけたその表情は真剣そのものである。

 雄士は困惑の色を隠せない。

「知らないって、何が?」


「その説明も含めて、私から現状を説明させてもらいたい」

 二人の間に、落ち着いた声色が割って入った。

「お父さん」

「おじさん、お久しぶりです」

 眼鏡を掛けた、神経質にも映る細身の男性が電子ロックのドアを開いていた。

 伊藤聡弥は、雄士を一瞥すると、僅かに表情を曇らせる。

「……すまない、雄士君。

 君に辛いことを知らせなければならない」

 雄士の背筋に、嫌な汗がべったりと張り付いた。


 如月家と研究所が全滅する様子を、雄士は青ざめた顔で見つめていた。

 痛ましい姿に、理華は思わず目を逸らす。

「……以上が、地球外生命体が侵略を開始した直後の映像だ。

 この映像が如月研究所届いた直後、研究所より多数の飛行生命体と3体の人型生命体が各地の軍事施設への攻撃を開始した。

 昨日夜間に行われた主力艦隊による総攻撃は、飛行生命体の群れを押し込んでいたところに一体の人型生命体に壊滅せられた、地球防衛軍は半壊状態だ」

 艦内の作戦会議室に移された映像では、エジプト、フランス、ケニアなどの世界各地で軍が撃破されていく様子が映し出されている。

「我々スペースウォッチは、宇宙人の知的生命体が居ることを事前から予測していた地球連邦政府により秘密裏に結成された組織である。

 この最新鋭艦J・アルドは、どんな脅威が訪れても通用するように次元エネルギーエンジンを世界で初めて採用し、次元エネルギーによる物体乖離現象を利用した次元法は理論上既存兵器と比較し10倍の効力を発揮する」

 もっとも、統一された敵なき世界で兵器開発を継続するための方便でしかなかったのだがね、と漏らす聡弥。

「現在、地球連邦軍は防衛ラインの構築すらままならない状況だ。

 その上、頑強な飛行生命体の群れを突破できるような兵器を搭載した艦は少ない。

 そこで、君たちという謎の存在に対するコンタクトを我々が任されたのだ」

 説明を終えた聡弥は、メガネを引き上げた。

「次は君の番だ。小鳩くん、君は一体何者だ。

 一体何が起こっている」

 聡弥の手のひらはじっとりと湿っている。

 フレイラ、または小鳩と名乗るこの地球外生命体の行動原理は一切が不明である。

 如月研究所の再現が、いつこの船の中で起こるか分からない。

 この船に乗る人間にほとんどは軍人ですらない研究者である。次元エンジンは最新鋭の技術であり、そのインターフェースはまだ完成しておらず、開発に携わった者が乗務員として搭乗しなければ動かせなかったのだ。

 しかし、研究者でしかない彼らは、恐怖を抑え込み、小鳩の言葉を待っていた。

「そう怯えるでない、人間たちよ。

 童はとうにお前たちの味方なのだ」

 少女は、注目を一身に受けて小さく笑った。

「我々はザーク人。

 宇宙各地の文明を探しては、その星を侵略し版図を広げている」

「なぜ地球人の姿に変身しているんだ」

 聡弥の質問に、小鳩は首を振った。

「……そこからだったな。

 地球人に化けているのではない、地球人の肉体と同化しているのだ。

 我々ザーク人は他生物の体内に入り込み、その体と同化する形で乗っ取ることが出来る。

 最も惑星環境に適応しているのはその星の生命体であるし、その星の知識があるほど侵略は容易になるからな。融合による肉体の奪取は知識も適応も獲得できるのだ」

 一瞬、聡弥の表情が歪む。

 聡弥は、抑え込むように表情を平静に戻すと、質問を続けた。

「君たちには大量にいる個体と、君のように人間型の個体が居るようだが何か違いがあるのか?」

 小鳩は目を丸くした。

「そうか、そこの区別もついていないのか……。

 人型の生命体は我々ザーク人だ、現地生命体と融合していない場合は不定形だが、戦闘時はセルイーターと呼ばれる戦闘形態に移行して戦う。

 それ以外の生物は我らザーク人が使役しているザーク獣だな。

 わずかなエネルギーで量産でき、細かな命令もセットできる優れものだぞ」

 誇らしげに語る小鳩に多くの乗務員は怒りの形相を浮かべていたが、聡弥は目配せでそれを抑える様に示す。

「君は何故離反した」

「強いセルイーターを生み出すには母体の才能が必要なのだ。

 童には母体の才能が有り、童は子を産み続ける一生など御免だった。

 たったそれだけの事だ」

 聡弥は暫し沈黙した。

 訝しむ小鳩に向かい、眼鏡を押し上げた聡弥は口を開く。

「最後の質問だ。

 君たちザーク人が活動を開始した如月研究所ではすべての授業員が殺害された。

 しかし、如月一家の死体のみが発見されていない。

 そして、研究所から送信された映像の中で、最も早く襲われたのが如月一家だ。

 ……この場合、如月一家がザーク人に同化されたと判断すべきか?」

「我々は現地生命体と融合してから、現地の食に関する知識を取り込む以外に捕食を行うことは無い。

 ほぼ確実に同化されたのはその人間達――」

 小鳩は顔を跳ね上げた。

 如月姓の男は、彼女の隣で絶望の表情を浮かべていた。

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