第3話

「まだなのか、雄士よ……。

 随分焦らしてくれるではないか」

「駄目だって……」

「そういうのも嫌いではないが、もう我慢の限界なのだ……。

 それっ!隙ありっ!」

「あっ!」


 少女は「ドカ盛!」と刻印されたカップ麺のラベルを3分待たずに剥がすと、まだ固い麺を箸で崩して掻き込み始めた。

「食いしん坊だなぁ」

「セルイーター形態にはとにかくエネルギーを使うのだ!

 雄士、お前からもエネルギーを徴収しているのだぞ、食えるだけ食え」

 雄士はカップ麺を喜色の表情で啜る少女をしげしげと眺めた。

 この少女の言う事が全て事実であるとするならば、彼女は地球外生命体として地球に飛来し、少女の体を乗っ取り、同胞に敵対している存在だということになる。

 つけっぱなしになっているテレビでは、アフリカの地球連邦軍本部が壊滅したこと、各地の主要基地が連邦軍の決死の抵抗虚しく次々と破壊されている事が叫ばれている。

 世界の終わりは、唐突に訪れた。

 恐怖の大王は、80年も遅刻してやって来たのだ。

「むっ、どうした雄士。童の顔に何かついているか?」

「いや、君の名前、結局なんて呼べばいいのかなって」

「小鳩で良いぞ。

 ……このカップ麺とやら、ジャンキーな味がクセになるな」

「それは、その……君が乗っ取った子の名前だろ」

 部屋の空気が張りつめる。

 部屋の中に響くのは、小鳩が麺を啜る音のみ。

 雄士の額に汗が伝う。

 小鳩が容器を置いた瞬間、雄士の体は思わずピクリと跳ねた。

「雄士、そう怯えるでない。

 融合元の意識と折り合いをつける為にも、小鳩と呼んでくれた方がよいのだ」

 悲しそうに眉を曲げるその姿に、雄士は頭を掻いた。

「ごめん」

「仕方あるまい。

 もう少しエネルギー補修に努めたかったが、相互理解を優先するとしよう。

 命を預ける相棒に疑われては戦いにならんからな」

 カップ麺の汁を飲み干した後、実感引いている雄士に小鳩は指を突き付けた。

「時に雄士、この広い宇宙で、お主が知的生命体の住む星を効率よく見つけるにはどんな手段を選ぶ?」

「……見つけるのは難しいから、いろんな場所にメッセージを載せた物体をばらまいて、相手からの返答を待つ、とか」 

いきなりの質問に、雄士は苦し紛れの答えをひねり出す。

 しかし、意外にも小鳩の返答は関心の色を含んでいた。

「ふむ、悪くない線だな。

 実際の所は、知的生命体が居ると思わしき区域に信号を発する装置と我らザーク人を設置しておくのだ。

 信号か、我らの信号発生装置につられた知的生命体が我らを持ちかえれば、我らは容易に内側から惑星を侵略できるのという訳だ」

「それはいくら何でも力業すぎないか?

 相手がその……ザーク人より科学力やら武力で上回っていたらどうするんだよ」

 雄士の疑問に、小鳩は胸を張って答えた。

「そのために、我らセルイーターが居るのだ。

 相手の科学力や武力を鑑みて、武力で制圧可能なら今回の様に正面より、そうでなければ他生命体の体を乗っ取り内部から敵を崩壊させる」

 その表情に僅かな陰りを雄士は感じたが、小鳩はお構いなしに話をつづけた。

「この乗っ取りは融合の様なものだ。

 現地の知的生命体の記憶、思考様式、文化まで無理なく身に着けるには、人格をある程度統合させてしまったほうが良いからな。

 副作用として、融合元の人物の性格に影響を受ける点があるが……これもザーク人の人格を根本から覆すようなものではない。

この体も、崩壊した建物の瓦礫に挟まっていたのでな、死ぬ前に有効活用させてもらったわ」

「そんな言い方はないじゃないか」

「それが我らだ。

 地球に飛来したザーク人は童を含めて四名、仲にはお主の知り合いもおるかもしれんが、それは人格や思考を道具として取り込んでいるだけのザーク人だという事をしかと心に刻んでおけ」

 ぴしゃりと小鳩は言い放った。

 わざとらしく悪辣な一面を見せてるようにも見える少女に、雄士は何故か強い怒りを抱くことが出来ない。

 目の前にいるのは、一人の少女の体を奪い去った侵略者であるにもかかわらず雄士は小鳩に親近感のようなものを感じていた。

「君たちがどんな存在かは分かった。

 でも、そうなると君が人類に協力する意味が分からないよ。

 未知の惑星で仲間割れだなんて、正気の沙汰とは思えない」

「……その通りだな、童は狂っているのかもしれん」

 小鳩は自嘲するように、薄く笑った。

「圧倒的な戦闘力を持つセルイーター形態だが、その戦闘力は母体の素質に大きく影響を受ける。

 長期戦になれば、新たなザーク人を現地で生み出す必要も出てくるであろう。

 そのため、ザーク人が侵略を行う際には必ず一人、新たにザーク人を生み出す役割を持つ「母体」が同行することになっているのだ。

 ……未知の惑星で、戦力として子を産み続ける工場としてな」

 息を飲む雄士に、悲しみを隠す様に小鳩は笑う。

「ザーク星では童たち母体の才能のある者はまるで女王の様にもてなされた。

 そして、童の事など誰も見てはくれなかった。

 興味があったのは童の母体としての能力だけ」

 異星の迷い後は、ずっと一人だった。

 そして、雄士が彼女に抱いたのは、反発よりもシンパシーである。

「お前も、ずっと寂しかったんだな」

「えっ?」

 驚きに小鳩は顔を上げる。

「俺、家族の中じゃ落ちこぼれでさ。

 誰も俺の事なんて見てくれなかったよ、みんなが見てるのは落ちこぼれってレッテルだけさ。

 立場は真逆なんだろうけど、気持ちは分かるよ」

「雄士……」

「正直地球の危機なんて言われてもピンとこないけどさ。

 ムカつくやつをぶっ飛ばす手伝いならいくらでも手を貸すよ」

 雄士の差し出した手を、小鳩は顔を逸らして握り返す。

 その頬は赤く染まっていた。

「二言は許さんぞ」

「……心配しなくても、逃げ場なんてなさそうだぞ」

 雄士の視線の先には、空をびっしりと埋め尽くすザーク獣の群れが広がっていた。

「この短時間でこれだけのザーク獣を生み出したか!メジーナめ!

 雄士!セットアップだ!」

「あれ恥ずかしいんだけど!やらないとダメ!?」

「駄目!」

「えぇい!」

 ザーク人がセルイーターに変化する際の作法であるという言葉を、雄士は腹の底から叫ぶ。

「セットアァァッープ!」

少女の皮膚が溶け落ち、一塊の肉塊へと溶けだす。

 肉塊は雄士の体に絡み合い、自身の肉と雄士の体を融合させる。

 肉塊と雄士の体が溶けあい、一つの生命体として生まれ変わる。

「セルイーター・フレイムッ!」

 生物のように有機的な歪さを持つ赤い騎士が咆哮する。

 

 フレイムはスラスターを全開にすして飛び出すと、肩部装甲の瞼を開く。

「セルブレード!」

 瞼の中からぎょろりと現れた水晶体が、ブレードの柄を吐き出す。

 ブレードを抜き放つと、フレイムは速度を下げずにザーク獣の群れに突入した。

 フレイムに殺到するザーク獣。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ただ我武者羅にフレイムはブレードを振り続ける。

 肉の壁を削り切り、群れからフレイムが顔を出した。

 みじん切りにされたザーク獣の群れが、雨となって大地に降り注ぐ。

「ブレストショットォ!!くたばれれぇええええええええ!!!!」

 肩部か瞼のように盛り上がり、開かれる。

 中の水晶体がザーク獣の群れを捉え、エネルギー弾の弾幕でザーク獣を吹き飛ばす。

 空一面に、ザーク獣の爆発が広がった。

『雄士、飛ばし過ぎだ!』

「でも、敵はあと少しだ!」

 突進してきたザーク獣の腕を受け止め、腕力に任せてその体を引きちぎる。

 最後の一匹の頭部を手刀で切り落とし、フレイムはザーク獣の群れを殲滅した。


 小鳩は戸惑いを隠せない。

 彼女は雄士がトラックに引かれた際、瀕死の彼を生かすために細胞を彼の体内に植え付けている。細胞による脳内干渉で雄士の恐怖心を和らげてはいるものの、完全に打ち消すようなことはしていない。

 つまり、この苛烈な攻撃性は雄士本来の性質なのである。

『雄士、お主は……』

 怯えではなく、むしろ気遣う様な小鳩の言葉に雄士は我に返った。

 雄士は自分自身に戸惑うように、手のひらを見つめる。

「ごめん」

『気にするでない、ご苦労だった』

 変身を解こうとした雄士は、弾かれたように顔を上げる。

 ザーク獣とは違う、強烈な死の気配が訪れる。

「小鳩、これは!?」

『セルイーターの気配だ!構えろ雄士!』


 有機的な鎧をまとった純白の騎士は、空より羽毛のようにゆっくりと舞い降りた。

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