第2話

 同時刻、一人の青年が如月研究所の駐車場でしきりに情報端末を覗いていた。

「……兄さんが来いって言ったのに、メッセージを無視するのは妙だな。

 何かあったのか?」

 青年には、如月雄士という名があった。

 あまり活発ではないことを示す白い肌に浮かぶ赤い虫刺され跡が増えていくのに嫌気がさし、雄士は待つことを辞めて研究所に歩き出した。

 親戚に至るまでほぼ全員が研究者である如月家において、研究者ではない、それも有名大学の出ですらない雄士は肩身の狭い生活を送っている。

 そんな中でも、幼い頃と変わらず接してくれる兄の存在は彼の心の支えとなっていた。

 兄から電話が来たのは1時間前、無人探査機がとある惑星から未知の物体を見つけたという報告とともに、兄は雄士を研究所に呼びよせた。

 自身の事をよく思っていないらしい母と顔を合わせるのは憂鬱だったが、兄と喜びを分かち合えるならば悪い話ではない。

「ん……?」

 雄士は、暗闇にうずくまる小さな人影に足を止めた。

 目を凝らすうちに、その人影の細部が浮かび上がる。

 それは乱れた服装を纏った少女だった。

「なっ!?

 君、大丈夫か!」

 慌てて少女に駆け寄る雄士に、少女は顔を顰めた。

「む……男か。

 童の好みではないが……この体では戦闘に支障がでるからな」

 訳の分からないことを呟く少女に戸惑う雄士に構わず、少女は立ち上がる。

 その超然とした態度に、雄士は思わず後ずさった。

「喜べ、人間。

 貴様の体を童の器に選んでやる」

 少女が手をかざす。


 突如、タイヤがアスファルトを噛む音が駐車場に鳴り響いた。


 トラックの運転手は如月研究所の従業員の制服を着ていたが、その服は真っ赤に染まり、息も絶え絶えといった形相を浮かべている。

 トラックは二人目がけて加速していく。

「危ないっ!」

 突き飛ばすには間に合わない、雄士はとっさに少女を抱きかかえるようにして庇う。

 その背中を、トラックが容赦なく跳ね飛ばした。


 背骨を砕かれ指一つすら動かせない雄士は、ただ死を待って地面を転がっている。

 その胸の中から少女が抜け出した。

 彼女の頭の骨は砕け、内部が覗いているものの、彼女は意に介さない。

「……余計なことを。

 これでは童のに耐えられんではないか」

 少女の表情は、冷徹な口調とは異なり、どこか戸惑いを伴っていた。

「そうだな、下僕の一人でも作っておくに越したことは無いか」

 少女は、呟きと共に雄士に跨った。

「死ぬことは許さん、今からお前は童の物だ」

 少女の唇が雄士に重なる。

 

 それは嵐の前のように静かな、初夏の夜だった。

 

 目を開いた雄士の前に広がったのは、白い天井と、ベッドを包むレースであった。

「そうだ、車に引かれて」

 病院にいるところを見るに、自分は助かったらしい。

 あの少女は助かっただろうか?

「あの~、誰かいませんか~?」

 ベッドから降り、レースを開いた雄士は息を飲む。

 窓際のベッドには、一人の少女が腰掛けている。

「キミも助かったんだな、良かった……」

 茶色がかった髪に月あかりを纏いながら、雄士がトラックから庇った少女は、雄士を見つめていた。

「まったく、いつまで寝ているつもりだ。

 ザーク獣が近くまで来ているというのに」

「えっ、ご、ごめん?」

「ふん、まぁいい。

 貴様が童を庇ったことで、短い回復時間で済んだのは事実だからな」

 訳も分からず謝る雄士から、少女は顔をそむけた。

「そうだ、看護婦さんから何か聞いてない?

 近くには居ないみたいだけど」

 あれだけのケガを負ったのにも関わらず、体はいつもと変わらず動く。

 違和感に不安を感じた雄士の問いに、少女はため息をついた。

「ザーク獣の襲撃に怯え、とうに逃げ出しておる。

 この病院に残っているのは童とお前だけだ」

 少女はスマートフォンを操作すると、雄士に投げつける。

 画面の中には、『異星人の襲撃により地球連合軍本部壊滅!』というテロップと共に、廃墟と化した巨大な軍事基地と、禍々しい鎧の様なものを全身に纏った謎の存在が映り込んでいる。

「な、なんだよこれ……」

「外を見てみるが良い」

 慌てて窓際に走りよった雄士は、思わず口を覆った。

 そこには、炎上する街と、奇妙な獣が街を破壊する光景が広がっていた。

 雄士の頭に、兄の「未知の物体が見つかったんだ!」という言葉がよぎる。

「細かい説明はお主の脳内で直接行う事にしよう。

 ……ゆっくりはしていられないようだからな。

 お主の損傷部分を童の肉体で埋めておいた、動作に支障は出ないはずだ。」

 物騒な少女の言葉と共に、窓の月あかりが遮られた。

 窓一杯に広がったのは、複数の水晶の様な瞳を忙しなく動かして飛ぶ、蟹と昆虫を継ぎ合わせたような怪物だった。

「雄二、セットアップと叫べ!」

「はい!?」

「それがセルイーターのしきたりなのだ!」

「そんなことやってる場合じゃ」

 本人の意思に反し、雄士の体は少女の命令通りに動いた。


「セットアァァァァップ!」


 雄士の掛け声に合わせ、少女の体がドロリと溶ける。

 肉塊に変化した少女は、雄士の体を飲み込んだ。

 肉塊は雄士の体を消化し、自身の肉と雄士の体を融合させる。

 肉塊と雄士の体が溶けあい、一つの生命体として生まれ変わる。

 

 そこに現れたのは、騎士の様な鎧をまとった赤と黒の異形であった。

 四本のアンテナブレードを持つ顔を完全に覆った仮面、分厚い胸部装甲、大きく突き出した左右の肩当て、ヒロイックというにはグロテスクな生物的外見の異形。

「セルイーター・フレイムッ!」

 宇宙の騎士は、産声の名乗りを上げた。


 半ば勝手に動いた体に困惑する雄士に、生体強化装甲となり彼を包む少女が語り掛ける。

『これこそが、我らザーク人が戦う時に取る戦闘形態、セルイーター。

 もっとも、エネルギー消費が激しいため他の生物の体を借りなければ長時間戦えんことがネックだがな。

 戦い方は脳内に保存済みである、思う存分暴れてこい!』

 雄士の脳内に、様々な映像が浮かんでは消える。

 少女の名前がフレイラであること、彼女たちが外宇宙からの侵略者「ザーク人」であること、そして、このセルイーターという存在が地球侵略を容易に達成してしまえる能力を持っている事、全てが彼の脳内に流し込まれた。

「なんなんだよ、これはっ!」

『後でいくらでも説明してやるから、今は戦え!』

 ザーク人が自身の一部を植え付けることで生まれる彼らのしもべ、ザーク獣が敵を食い殺すべく窓ガラスを割って室内に突入する。

 セルイーター・フレイムは、突撃してきたザーク獣を動くことなく受け止めた。

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 そのザーク獣の体を腕力のみで真っ二つに引き裂くと、背中のスラスターからエネルギーを噴射し、窓の外に飛び出す。

「飛んでるよ、俺……」

『来るぞ雄士!』

 感傷に浸る間もなく、セルイーター・フレイムに飛行ザーク獣の群れが殺到した。

 セルイーター・フレイムは、上空に飛び上がりながら時間を稼ぎ、叫ぶ。

「セルブレード!」

 肩の装甲に、瞼の様な盛り上がりが生まれ、開く。

 そこには、宇宙からもたらされた赤い箱に蠢いていた水晶体と同じ色の物体がはめ込まれている。

 両肩の水晶体から押し出された柄を握り、カマキリの鎌の様な形状をした剣を自身の体から引き抜くと、セルイーター・フレイムはスラスターを切った。

 自由落下しつつ反転、追って来た飛行ザーク獣の群れを落下しながら切り続ける。

 着地と同時に、ザーク獣の死骸が雨の様に降り注いだ。

『敵はあの一団で最後じゃ、セルバスターで吹き飛ばしてしまえ!』

 空に広がるザーク獣の一団。

 相対したセルイーター・フレイムの目が赤く光った。

 胸部装甲の中心部が瞼のような形に盛り上がり、開眼する。

 巨大な水晶体が瞳のようにぶるぶると震えた。

「セルバスターぁああああああああ!!うおぉおおおおおおおおお!!!!!」

 大きな水晶体にエネルギーが収束し、破壊の帯となって体外へ放出される。


 エネルギーの帯が空を切り裂いた。

 空に展開するザーク獣の集団は、直撃であれば塵も残さずに消え去り、エネルギー派の近くにいたものは連鎖爆発を起こして消滅する。

 

 セルイーターの最も強力な破壊兵器、セルバスターはザーク獣の群れを一掃したのだ。

『反応の消滅を確認。よくやったぞ雄士!』

 セルイーターの表面装甲がヘドロのように溶け落ち、一塊になると少女の形に纏まった。

 生物の鎧から解放された雄士は、荒い息で膝に手を付く。

 戦闘中に脳内に映し出された映像のフラッシュバックが雄士の脳裏に焼き付いていた。

「お前は……なんだ?」

 怯えるような雄士の瞳に、少女は鼻を鳴らした。

「もう知っておろう、馬鹿なことを聞くな」

 少女は胸に手を当て、赤い瞳を爛々と揺り動かす。

「童はザーク人、フレイラ。

 そして今は御子柴小鳩という地球人である」

 少女は高らかな声で雄士に告げる。

「童とお前だけが、地球を救えるのだ」

 燃え盛る街が少女を照らした。

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