Natural Enemy 着装戦記セルイーター
渡貫 真琴
第1話
西暦2080年、外宇宙への進出は資源の枯渇により人類にとっての一大プロジェクトとなり、争う資源が枯渇する事でようやく人類は手を取り合った。
未知の惑星への冒険をより安全なものにすべく、地球圏でも有数の外宇宙研究施設である「如月外宇宙研究所」では、日夜外宇宙への研究が続けられている。
その日は、静かな初夏の風が肌を撫でるような穏やかな一日だった。
「母さん!未知の物体を無人探査機が発見したって本当かい!?」
振り返った白衣の女性、如月明奈は自身の息子である如月雄輝に頷いた。
「えぇ、報告書によれば、微弱なエネルギー波を発する祭壇の様な高層の建築物の上部に設置してあったそうよ。
発見位置はD-110ポイントで、文明どころか生物の生存が難しいほど荒廃しているはずなのに……」
「その人工物はもう運び込まれているの?」
「先ほど到着したわ、さっそく見に行きましょうか」
明奈と雄輝はこの如月研究所において、もっとも高名な研究者の一人である。
代々宇宙研究において名を残してきた如月家の中でも彼らは抜きんでた功績を誇っており、若くして研究所を任されるほどであった。
「そうだ母さん、雄士もさっき研究所に呼んでおいたよ。
この世紀の大発見を見せてやらなくちゃ」
嬉しそうに話す雄輝に、明奈は顔を顰める。
「……雄士は部外者よ、勝手な行動はよして頂戴」
「母さん、そんな言い方はやめなよ。
雄士だけ仲間外れはかわいそうじゃないか」
「研究者になるための努力を怠った雄士が、世界中の研究者が欲する外宇宙の情報に真っ先に触れるなんて皮肉なものね」
「母さん!」
明奈は、雄輝の抗議の声を無視して足を進める。
そんな彼女の背中を、雄輝は小走りで追った。
網膜認証の分厚い扉を複数超えた先にある研究棟、そこには無菌のカプセルケースに入れられた人工物が各種センサーによる調査を受けている。
コンソール画面に表示される情報を眺める男は、怪訝な表情を浮かべていた。
「父さん、どうかしたの?」
雄輝の言葉に、如月研究所所長を務める如月一家の父、如月雄作は困惑の声を漏らす。
「いや……この物体だがな、どうにも生きているらしいんだ。
地球の技術体系と全く違う物質と言わざるを得ない」
カプセルケースの中を覗き込んだ雄輝は、驚きの声を上げる。
そこには、赤い箱のようなものが3つ鎮座していた。
箱には丸い水晶体のようなものが複数過去の表面を動き回り、箱は呼吸するように規則正しく鼓動を繰り返している。
「うっ……」
邪悪な雰囲気を纏わせるその物体に、雄輝は思わず後ずさった。
「あなた、この物体の構成物は分析できたの?」
「それが、破片を採取しようとしたんだが通常の研究用レーザーでは傷一つつかなくてな。
もっと強力な出力を持つものに換装してもらってるんだ……っと。
ほうら、もう換装が完了した様だぞ」
如月夫妻が嬉々としてカプセル内にレーザーを照射する手はずを整える中、雄輝の表情は曇っている。
「どうしたの雄輝、表情がすぐれないようだけど」
「う、うん……。
なんだか、この箱を眺めていると嫌な予感がするんだ」
雄輝の気弱な言葉に、雄作は豪快に笑った。
「はははは!何を今更。
惑星ゴレウスの肉食生物の方がおぞましい生態をしていたじゃないか。
それに、何か問題があればすぐに隔壁プログラムが作動するさ。
それ、この物体の組成物の採取を開始するぞ!」
レーザーを備え付けたマシンアームがカプセルの土台に開いた穴から出現すると、レーザーを赤い箱に照射し始める。
途端に、箱の上の水晶体が激しく動き始める。
突然、箱の中から触手のようなものが飛び出した。
それはカプセルケースを殴りつけ、ケースに亀裂を入れた。
「いかん!隔壁起動!」
雄作は慌ててコンソールを叩いた。途端に赤い箱を分厚い金属の壁が包む。
しかし、次の瞬間、金属の壁に複数の隆起が生じた。
内部から触手が金属の壁を殴りつけているのだ。
「馬鹿な!宇宙戦艦の装甲素材なんだぞ!」
雄作が唖然とするなか、あっさりと壁は吹き飛ばされる。
「雄輝、明奈、逃げなさい!!うわぁああああああああああああ!!!!」
箱から伸びた触手は、あっさりと雄作を飲み込んだ。
雄輝はショックで固まった明奈の手を引き、研究室から飛び出す。
「逃げるんだ母さん!」
研究室から飛び出した二人は、研究棟の入り口まで走る。
その背後には赤い触手が通路一面を埋め尽くしながら二人を追っていた。
「くそっ、早く開けてくれ!!」
雄輝が研究棟の扉を開く網膜スキャンを行っている間にも、触手は容赦なく接近する。
明奈はその様子を見て、入口付近の部屋に飛び込むと触手の群れに瓶を投げつけた。
割れた瓶から流れた薬品が触手の皮膚を焼き、雄たけびの様な音を漏らした触手は明奈の飛び込んだ部屋に赤い津波となって流れ込む。
「こっちよ化物!!雄輝、このことを早く警察と政府に知らせて!」
研究棟の分厚い扉が閉まる寸前、明奈の悲鳴が隙間から零れた。
無情にも閉じた扉の前で、雄輝は突然の悲劇に呆然としていたが、悲しみを理性で振り切る。あの箱は地球の危機につながるかもしれないのだ。
研究者としての使命が、雄輝を動かす。
しかし、無情にも、研究棟の扉を叩く音が雄輝の背後で響いた。
「そ、そんな……そんな馬鹿な……」
隔離用の防壁を兼ねた分厚い金属扉が、一瞬のうちに触手の殴打によってひしゃげる。
「うわぁあああああああああああああああ!!!!!」
派手な音を立てて崩壊した扉の奥から現れた触手が、雄輝の体を飲み込んだ。
数時間後、如月研究所は静寂に包まれていた。
施設内にいた数百人の職員は、皆死体となり無造作に地面に転がっている。
その死体を積み重ねて作った椅子の上に、雄作は座っていた。
「ようやく肉体が馴染んだな。
メジーナ、施設の人間はどうなっている?
……いや、今は明奈と呼ぶべきか」
名を呼ばれた明奈は、どこからともなく姿を見せる。
その白衣は、職員の血で真っ赤に染まっていた。
「この施設内にいた人間は一人を除き始末しました。
一人の職員に建物外に逃げられましたが、致命傷を負わせたので遠くには行けないでしょう」
「ご苦労。
雄輝、システムの掌握はどうなっている」
雄輝も明奈と同じように血まみれの白衣を纏ながら、コンソールを素早く操作する。
「ほぼ完全に支配したよ。
あまり高度な文明ではなさそうだ。
……でも、僕たちの映像は既に外部へ送信されてしまったようだね」
コンソールの画像には、雄作を飲み込んだ触手が彼の体に入り込む様子が映し出されていた。
今から数分前、3つの赤い箱から飛び出た触手は如月家の3人の肉体の中に入り込んだ。
暫く苦しむようなそぶりを見せていた彼らは、暫くすると立ち上がり、職員への虐殺を行ったのである。
その体に、触手から構成された騎士の様な鎧を纏って。
「構わんよ。
我らの正体が明らかになったところで、この星の連中ではどうすることもできんだろう。
……フレイラの生体反応は研究所から離れて行っているようだな」
「えぇ、次の『母体』なのだから自覚を持って欲しいのだけど」
「まぁまぁ、母さんも父さんも怒らないで。
この星の侵略は僕らだけでも十分だよ」
赤い箱から飛び出た触手に体を支配された3人は、不穏な会話を続ける。
「では、お前たちに最初の使命を与える。
地球連合軍の本拠地を破壊するのだ、地球側に混乱を引き起こしているうちに主要都市の指揮系統を破壊する。
地球を我らザークの支配下に置くのだ!」
「はっ!」
誰にも知られぬまま、異星人の地球侵略は始まった。
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