【完結】幸福を呼ぶお姫様と森の魔王～異世界に行った私の帰りを10年間待っていた魔王公爵からの愛が重すぎる～

第38話 そのあとの私達は

　目が覚めるといつも通りの朝だった。

　昨日起こったことがすべて夢だったのではないかと思ってしまう。でも、私の腕にはモルテさんがくれた魔道具のブレスレットがついているし、部屋には昨晩なんとか自分一人で脱いだドレスや、ファルスが出してくれたアクセサリーが残っていた。

　ベッドから降りた私はメイド服に着替えると、いつものように調理場に向かい朝食の準備をする。

　その間、私の頭の中ではモルテさんがくれた言葉がグルグルと回っていた。

　――泣かなくていい！　そんな予知は関係ない！　俺が恋に落ちるのも、愛するのもセリカだけだ！　10年前からずっと、セリカだけを愛している！

　まさか私とモルテさんが両想いだったなんて。

　思い返せば、出会ったころからモルテさんは私に好意的だったような気がする。でも、モルテさんはお姫様と恋に落ちると思い込んでいたので、今まで気がつけなかった。

　とても嬉しいけど、昨日たくさん泣いてしまったから、どんな顔で会えばいいのか分からない。

　両想いになったんだから、私達はこれから付き合うんだよね？

「セリカ、おはよー」

　調理場に顔を出したファルスに驚いてしまい、ビクッと私の体が跳ねた。

「ファルス、おはよう」

　振り返って挨拶をすると、ファルスの後ろにモルテさんがいる。

「あっ。モルテさんも、おっ、おはようございます」

「……あ、ああ」

　なんだか気まずい。私達の間でファルスがなぜかニヤニヤしている。

「はいはーい、とりあえず朝食にしようぜ」

　三人で食べるご飯はとても美味しい。

　私とモルテさんの間にあったぎこちない空気もいつのまにかなくなっていた。ホッとしたような、少し残念なような不思議な気持ちを感じている。

　朝食を食べ終わったころ、モルテさんの元に可愛い小鳥が飛んできた。食卓テーブルの上を旋回している。

　座ったままのモルテさんが右腕を出すと、丸っこい小鳥がちょこんと止まった。

「可愛いですね」

　私が食べ終わった食器を片づけながらそう伝えると、モルテさんは嬉しそうに微笑む。予想外の笑顔に私の鼓動が早くなった。

「この鳥はエーベルト侯爵家との伝令役なんだ」

「そうなんですね！」

　エーベルト侯爵家はランドルフさんの実家だ。モルテさんはランドルフさんと、あまり気が合わなさそうだったけど、仲良くなれたのかもしれない。

　そういえば、ランドルフさんのケガは治ったのかな？

　私が尋ねようとすると、小鳥が渋い男性声で話し出した。

　――モルテ卿。アルミリエ公爵が亡くなった。至急、王宮に来てほしい。

　驚いた私がモルテさんを見ると、モルテさんは無表情だった。

「とどめは刺していないのに、あのあと勝手に死んだようだな」という淡々とした声が聞こえてくる。

　モルテさんの家庭環境は複雑だから、私から聞いたことはない。だから、今のモルテさんが何を思っているのか分からない。

「大丈夫ですか？」

「ああ」

　私は手に持っていた食器を一度テーブルに置いてから、モルテさんの頭を、そっと撫でてみた。

　驚いたのかモルテさんの目がこれでもかと開いている。

「急にごめんなさい」

「い、いや」

「これからは、モルテさんのお話、たくさん聞かせてくださいね。その……私達、両想いになったんですから」

　自分で言っていて恥ずかしくなってきたけど、それ以上にモルテさんのほうが恥ずかしがっているような気がする。さっきまでの無表情がウソのように顔が真っ赤だ。

　赤い顔を隠すように手で押さえながら「ああ、そうする」と答えたモルテさんの声は、どことなく弾んでいる。

　そのあと、モルテさんは身なりを整えて転移装置で王宮に向かった。

　モルテさんを見送った私は、ファルスと一緒に食糧の買い出しのために街に行くことにした。

「オレに願えば、なんでもすぐに出してあげるのにー」と言われたけど、それに慣れるのは良くないと思って断った。

「本当に困ったときはお願いするね」

　そう言う私にファルスは「セリカらしいな」と笑う。

　街ではすでにアルミリエ公爵が亡くなったことが広がっていた。ファルスが顔なじみたちに聞いた話を私にも教えてくれる。

「なんかさー、アルミリエ公爵ってけっこういい歳だったみたいよ？　持病を持っていたんだと。そんで、昨晩、なんかすんげー急激に具合が悪くなったって」

「昨晩？　竜が現れてビックリしたのかな？」

「そうかもなー」

「じゃあ、モルテさんがアルミリエ公爵家を継ぐの？」

「だろうな」

「そうなったら、モルテさんも王都で暮らすのかな？」

　もし、モルテさんが王都で暮らすことになったら、私はどうなるんだろう？　ついていっていいのかな？

「魔王様はどうなっても変わらないんじゃね？　セリカ以外に興味ねーし」

「そ、そうなのかな？」

「そうそう！　あえて言うなら、公爵としての仕事や責任が増えるなぁ。まぁ、魔王様は優秀だし、公爵家に仕えている人材もたくさんいるだろうし、必要だったら俺も手伝うから問題ないだろうけど」

「そうなんだ……。でも……」

　ファルスが「何が不安なんだよ？」と私の顔をのぞき込む。

「あのね、公爵ってすごく偉いんだよね？」

「まぁ、王族の次に偉いな」

「その……公爵と平民って、結婚できるの？」

　モルテさんが公爵になってしまったら、貴族じゃない私とは身分が釣り合わない。

　私の質問の意味に気がついたファルスがニヤッと口端を上げた。

「あーそういうこと？　まぁ、普通は無理だけどさ、オレがいるからなんとでもできるぜ。あっでも、そもそもセリカはエーベルト侯爵家の血筋なんだろ？」

「うん、私の父さんがそうだったんだって」

「だったら、エーベルト侯爵に養子縁組でもしてもらえば？　貴族同士なら何も問題ないだろ？」

「そうなんだ」

「そうそう」

　身分の問題は解決しそうだけど、今まで普通の暮らしをして来た私に貴族の暮らしなんてできそうもない。

　昨日、初めて王宮のパーティーに行ったけど、散々な目に遭（あ）ったから、二度と行きたいとは思えない。

　私はため息をついた。

　まだモルテさんと結婚すると決まったわけでもないのに、何を考えているんだろうとあきれてしまう。

　私のため息をファルスは別のことと思ったようだ。

「そんなに心配だったら、今からイケメン騎士の見舞いにでも行こうぜ。貴族のことは貴族が詳しいだろうからさ」

「そうだね」

　ランドルフさんのケガが気になるので、私とファルスは花屋さんで花を買ってから病院に向かった。

　病室の前には、ランドルフさんに『エド』と呼ばれていた青年が立っていた。また、中に入らないように止められるかなと思ったけど、エドさんは私の顔を見るなりパァと顔を輝かせる。

「セリカさんですよね⁉　ランドルフ様に会いに来てくださったんですね！」

「えっと、はい。お見舞いに」

「中へどうぞ！　あなたが来てくださったら、ランドルフ様も喜びます！」

　ニコニコしているエドさんを見たファルスが、「あいつ、なんかセリカとイケメン騎士の関係を誤解してね？」と眉をひそめている。

　病室に入るとランドルフさんは、ベッドの上で上半身を起こしていた。私とファルスに向かって「ちょうど君達に会いたいと思っていたところだよ」と笑みを浮かべる。

「ケガの具合はどうですか？」

「だいぶ良くなったよ。もうすぐ退院できそうだ」

　買ってきたお花をランドルフさんに渡すと「ありがとう」と受け取ってくれた。私の隣でファルスが「うわー、花が似合う男って初めて見たわ」と変な感想を言っている。

「君達のことは、父から聞いたよ。まさかファルスが竜だったなんてね……。今までの無礼をお許しください。ファルス様と呼べばいいでしょうか？」

「やめてくれ！　今まで通りでいい！　そんなことより、セリカの話を聞いてやってくれよ」

　ランドルフさんは、「何かな？」と言いながら私を見た。

　なんとなくここまで来てしまったけど、いざ相談するとなると恥ずかしい。

「あ……えっと、モルテさんが公爵になるそうなんです」

「そうらしいね」

「それで……。平民の私が、側にいていいのかなって……」

　ランドルフさんは「セリカは平民じゃない。エーベルト侯爵家の血が流れているから、れっきとした貴族だ。セリカが望むなら、正式にエーベルト侯爵家に迎え入れよう」と言ってくれる。

「そうしたら、モルテさんの側にいれますか？」

「そうだね。エーベルトはアルミリエに負けない歴史を持っているから問題ない」

「でも、私が貴族になんてなれるんでしょうか？」

　クスッと笑ったランドルフさんは、「セリカは、モルテ卿に貴族になってほしいと言われたのかな？」と首をかしげる。

「まさか！　私が勝手に悩んでいるだけです……」

「だろうね。じゃあ、兄として助言しよう。私じゃなくて、モルテ卿に相談してごらん」

「モルテさんに？」

「そう。それでも答えが出なかったら、いつでも私に相談しにおいで」

「ご迷惑じゃないですか？」

　私の耳元に顔を近づけたランドルフさんは、「実は、妹に相談されることに憧れていたんだ」とささやく。

「だから、いつでも大歓迎だよ」

「ありがとうございます」

　お礼を言う私の横でファルスが「イケメン騎士は、アドバイスもイケメンですげぇー」と感心していた。