第35話 禍を招く者たち

※ひとつ前の第34話を大幅修正しています。以下は、修正後のお話のつづきになります。


***



「セリカ、ケガはないか?」


 鬼気迫った顔のモルテさんに圧倒されながら私はうなずいた。


「は、はい」


 胸を撫でおろしたモルテさんは「帰ろう」と私の手を取る。


 そんな私達にお姫様が叫んだ。


「どうしてよ⁉ どうして、おまえが竜にまで選ばれているのよ!」


 お姫様は目を吊り上げている。


「ゲーディエ! この女を早く殺して! 竜の片割れは私だけでいい!」


 竜達は激しく戦っているので、その願いは叶いそうにない。


 剣を構えた騎士達が私達とお姫様を取り囲んだ。王様が近づいてくる。


「エキドナ、下がれ! この女が竜の片割れ……『禍を招く者』だったのだな!」


 モルテさんが私を守るように背後に隠した。鋭く騎士や王様を睨みつけている。


「お前たちの目は節穴か? そこにいる王女が、竜に命じてこの場にいるものを皆殺しにしようとしていただろうが」


「黙れ! エキドナの体には竜紋などないわ! 王族として生まれた者が、どうやって竜紋を隠せるのだ? その女が竜の力を使ってエキドナを惑わせていたに違いない!」


 王様の言う通り、たくさんの使用人に囲まれてお世話されているお姫様に、私のようなアザがあったらすぐに気がつかれると思う。


「エキドナの無実を証明するために、急ぎランドルフか、エ-ベルト侯爵を呼べ! あの一族なら『禍を招く者』かどうかを見抜ける!」 


 王様の指示を得て一人の騎士が駆けていく。


 残りの騎士達に王様は「この者達を捕えよ!」と命令した。


 じりじりと近づいて来る騎士達。モルテさんからは「だから、こいつらは守る必要がないと言ったんだ」というつぶやきが聞こえてくる。


「お前たちにかけた防御魔法は解いた。それ以上、俺達に近づいたら容赦しない」


 殺意を含むモルテさんの声に、騎士達の足が止まる。


 モルテさんは「良いことを教えてやろう」と王様に話しかけた。


「王女の左目を見ろ」

「何を……?」

「おまえが捜しているものが見つかるぞ」


 左目を手で押さえて隠したお姫様の腕を王様がつかんだ。お姫様の目をのぞき込んだあとに「あ、ああ、そんな……」と顔を歪める。


「竜紋は皮膚の上に現れるだろうという思い込みで、今まで気がつかれなかったようだな」というモルテさんの言葉で、私はお姫様と出会ったときに、モルテさんがお姫様と長い間見つめ合っていたことを思いだした。


 もしかしてあれは、恋に落ちた瞬間ではなく、お姫様の瞳の中に竜紋を見つけて驚いていた……?


 王様はわなわなと震えている。


「瞳の中に、竜紋……。エキドナ、おまえも『禍を招く者』だった、のか?」


 お姫様は王様の手を振り払い「引くわよ、ゲーディエ!」と叫んだ。


 邪竜から人の姿に戻ったゲーディエは、素早くお姫様を抱きかかえると、人の姿のまま背中に竜の羽を生えさせその場から飛び立つ。


 あっという間に二人の姿は夜空の彼方に消えていった。


 竜の姿から人に戻ったファルスは「アイツ、相変わらず逃げ足だけは早ぇなー」と感心している。


 そんなファルスを騎士達が取り囲んだ。ファルスは少しも慌てていない。


「言っとくけどさぁ、この国でゲーディエ……つーか邪竜に対抗できるのはオレか魔王様くらいなわけ。助けてやったオレ達を敵に回しても良いことねぇと思うけど?」


 王様が「『禍を招く者』を生かしておくわけにはいかない!」と叫ぶとファルスの目が鋭くなる。


「ふーん、セリカの願いを聞いて助けてやったのに、そのセリカを殺そうっての? オレの片割れを?」


 あまりのファルスの威圧感に騎士達は後退る。


「冷静に考えてみなよ。同じ時代に竜が二匹と、それぞれの片割れも現れてしまった。片方を始末すると、もう片方を止める手段がなくならねぇか?」


「その通りです!」


 騎士達をかき分け、金髪碧眼の男が王様の前に出た。


「おお、来たか。エーベルト侯爵!」

「陛下、ご無事で何よりです。王宮に竜が出たと聞き、急ぎこちらに向かっておりました」


 エーベルト公爵は片膝をつくと、王様に丸めた書簡を差し出す。


「これは?」

「我が兄が残した未来予知です。ここには、二人の『禍を招く者』が現れ、その一人が王族であり、その者がこの国を滅ぼそうとすること、そして、もう一人がそれを止めることが記されています。王族の誰かまでは分からなかったため、今までご報告できず申し訳ありません」


 書簡を開いた王様は「王族の誰かは分からない……。私も疑われていたということか」と息を吐く。


「申し訳ありません。国の存続がかかっていたため、王族の誰がそうなのか分かるまで身動きが取れませんでした」


 エーベルト侯爵は、私を振り返った。


「竜の片割れである彼女を処刑してはなりません。王女殿下を止められるのは、彼女しかいません。我々は、彼女を好待遇で迎え入れ、我が国を守ってもらうように取引を持ち掛けるべきです」


 悩む王様に、エーベルト侯爵は続ける。


「彼女は私の兄の娘……姪に当たります。もし、彼女が何か問題を起こせば、我がエーベルト侯爵家がすべての責を負います」

「侯爵がそこまでいうのなら仕方あるまい」


 王様が右手を上げると剣を構えていた騎士達が、剣を鞘に納めた。


 ファルスが小声で「偉そうに。国王の娘がやらかした責任は誰が取るんだよ」とあきれているし、モルテさんも「……セリカのことがバレてしまった以上、もう大人しくする必要はない。面倒ごとが起こる前に、こいつら全員始末しておいたほうがいいのでは……?」と物騒なことをつぶやいている。


 私は「落ち着いて」と言いながら二人を宥めた。そんな私にエーベルト侯爵が近づいてくる。


「セリカ、大きくなったな」


 私を見つめる優しい瞳が、少し父さんに似ていた。


「すぐに見つけて保護してやりたかったが、表立って動けずすまない」

「いえ。ランドルフさんのお父さんですよね?」

「そうだ」


 エーベルト侯爵は、モルテさんに向き直った。


「モルテ卿。ランドルフから報告を受けています。今までセリカを守ってくださりありがとうございました。これからは、私達がセリカを保護します」


 私を見るモルテさんは悲痛な表情を浮かべている。


「……セリカは、どうしたい?」


 そう聞かれて、私は悩まず「古城に帰りたいです」と答えた。


「モルテさんが、嫌じゃなければ、ですけど」

「嫌なわけない!」


 ファルスが「そういうわけだから」とエーベルト侯爵に手を振る。


 エーベルト侯爵は「では、よろしくお願いします」とファルスに向かって深く頭を下げた。


「んじゃ、帰るか!」


 ファルスの言葉にうなずき歩き出すと、膝に痛みを感じた。


 そっとドレスのスカートを持ち上げたら、膝がすりむけて血がにじんでいる。それを見たモルテさんが勢いよくしゃがみ込んだ。


「セリカ、血が出ているぞ!」

「転んでしまって……」

「……くっ! 俺がセリカの側を離れたばかりに!」


 ショックを受けているモルテさんは、また「すまない」と言いながら、私を横向きに抱きかかえた。


 こ、これは、お姫様抱っこ!


 それを見たファルスが「あー……。なんか急に腹減ったから先に帰るわー」と変な気を回して、本当に先に帰ってしまった。


 驚きと恥ずかしさで私が何も言えずにいると「こんな方法で運ばれるのは、不快だと思うが少しの間だけ耐えてくれ」と検討違いな言葉が聞こえてくる。


「不快じゃないです!」

「無理しなくていい」

「本当に、本当に不快じゃないですから! ……むしろ、私は……モルテさんに心配してもらえて、その、嬉しいです」


 チラッとモルテさんを見ると、今まで見たことがないくらい赤面していた。つられて私も赤くなってしまう。


「だって、私はモルテさんのことが……」


 自分の想いを伝えようとしたとき、父さんが私のために残してくれた預言書が頭をよぎった。預言書に登場すらしていない私がこの気持ちを伝えていいの?


 でも、もう預言書の内容とは、すべてが違ってしまっている。だったら、父さんの予言のことをすべてモルテさんに話してしまおうと私は心に決めた。


「セリカ?」

「モルテさん、お城に帰ったらお話したいことがあります。聞いてくれますか?」

「……あ、ああ。俺もセリカに話がある」

「そうなんですね……」


 モルテさんはそれ以上、何も言わない。


 馬車乗り場に着いたけど、馬車を操縦していたファルスは先に帰ってしまっている。


「どうしましょうか?」


 モルテさんが何かつぶやくと風が吹いた。そのまま私達の体が宙に浮かぶ。


「う、浮いた!?」

「このまま飛んで古城に帰る」

「え?」

「……さっき、嫌じゃない、と、聞いたから……」


 それまで堂々としていた人とは別人のように、モルテさんはカタコトになっている。


「は、はい」


 私は落ちないようにモルテさんの首にしがみついた。




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