【完結】幸福を呼ぶお姫様と森の魔王～異世界に行った私の帰りを10年間待っていた魔王公爵からの愛が重すぎる～

第22話 【モルテSide】

「そういうわけで、モルテ卿。私の大切な妹をどうか守ってやってほしい」

　ニコリと笑う男の言葉で、俺は頭が真っ白になった。

　数日前に古城に押しかけて来たこの男は、ランドルフ・エーベルト。

　王宮騎士団長を務めていて、かなり腕が立つ上にとにかく目立つので、貴族社会に少しも興味がない俺ですら知っていた。

　魔物討伐の際に何度か会ったことがあるが、由緒正しいエーベルト侯爵家の次男なのに、庶子である俺にも敬意を払う。貴族らしくない男だった。

　そんなヤツがなぜセリカを捜しているのか……。

　もしかして、セリカが『禍を招く者』だとバレたのでは？

　王宮騎士を率いてセリカを捕えるつもりなのか？

　ファルスから話を聞いたときは、そう警戒していたが、ランドルフは予想外に一人で古城を訪れた。セリカのことがバレているのか、そうでないのか。そのことを調べるために泳がせていたが、まさかこんなことになるなんて……。

　セリカのことを妹だと言ったランドルフ。そして、セリカも過去にランドルフに会ったことを覚えているようだった。

　異世界に行ったとき、セリカはここでの記憶をすべて忘れてしまったはずなのに……。もしかして、記憶がよみがえったのかと淡い期待が俺の胸をよぎる。

「セリカ、記憶が？」

　俺の問いにセリカは「記憶？」と首をかしげる。

「その、ランドルフさんのことは夢で見たんです。今まではただの夢だと思っていたんですけど……」

　もしかすると、セリカはこっちの世界に戻って来たことで、夢で見るという形で少しずつ失った記憶を取り戻しているのかもしれない。

　俺はランドルフに向き直った。

「あんた、本当にセリカのいとこなのか？」

「ああ、そうだ。私がセリカを傷つけることはない。……例え、どんな理由があろうと」

　含みのある言い方だった。

「信用できない」

「なら私の剣を返してくれ。その剣に誓おう。騎士の剣への誓いは絶対だ。誓いを破ることは恥であり騎士でいられなくなる

　俺は魔法で作った空間からランドルフの剣を取り出した。剣を受け取ったランドルフは、剣を胸の前で構える。

「私、ランドルフ・エーベルトは、セリカに一切の害を与えず命ある限り守り抜くことを剣に誓う」

　ランドルフの剣が淡く光ったかと思うと、すぐに光は消えて元に戻る。本当に剣への誓いをしてしまった。

「……どういうつもりなんだ？」

　ランドルフから詳しく話を聞こうとしたとき、頭上で鳥の鳴き声が聞こえた。見ると、真っ黒な鳥が旋回している。あれは魔法で作られた鳥でアルミリエ公爵の伝言を俺に運んでくる。

　こんなときに、なんの用事だ？

　俺が右腕を上げると、黒い鳥が腕にとまった。

　――我が息子よ。魔物退治の依頼だ。指示する場所に向かってくれ。

　何が息子だ。気持ち悪い。アルミリエ公爵の言葉に思わず舌打ちが出る。しかし、俺はこの伝言を無視するつもりはなかった。

　公爵家の跡取りという立場は、セリカを守るために使えるだろうから。

　俺は少し離れたところに突っ立っていたファルスを呼んだ。

「ファルス」

　ファルスは「なんだ？」と言いながらこちらに歩いて来た。

「魔王様、また魔物退治に行くの？」

「ああ、そうだ」

　いつもながら理解が早い。

「俺がいない間、セリカのことを頼んだ」

　ファルスは「うえっ！？」とおかしな声を出した。

「いや、セリカはいいけどさ！　あのイケメン騎士はどーすんだよ！」

「あいつはセリカに害を与えられない。あとは……おまえがなんとかしろ」

「責任重大すぎる！！」

　頭を抱えるファルスを無視して、俺はセリカを振りかえった。

「モルテさん……魔物退治って？」

　セリカの瞳が不安そうに揺れている。

「すぐに戻る、から。何かあったらファルスを頼ってくれ」

「はい。お気をつけて」

　俺達の横でファルスがニヤッと笑った。

「それにしても、さっきの魔王様はっきり言い切ったなー！　オレ、あんたのこと見直したわ」

「なんのことだ？」

　戸惑う俺にセリカがそっと耳打ちした。

「大丈夫ですよ。モルテさんのさっきのセリフ、私を助けるためだってちゃんと分かっていますから」

　ニコリと微笑みかけられて、その愛らしさに頭が真っ白になる。

　なんのことだかよく分からないが、とにかく今は魔物退治にいかなければ。うしろ髪を引かれるような思いでセリカから離れて、魔法で飛び立った。

　ランドルフの目的が気になるが、セリカに害を与えないならそれでいい。

　そんなことよりも、俺の脳内でセリカの声が繰り返されている。

　――大丈夫ですよ。さっきのセリフ、私を助けるためだってちゃんと分かっていますから。

　さっきのセリフってなんだ？

　一人になってようやく冷静になれたのか、俺は先ほどのことを思いだした。

　――俺とセリカは……恋仲だ。

「……あ」

　そういえば、ランドルフからセリカを守るために恋仲だとウソをついた。しかも、無理やりセリカの肩を抱き寄せて『セリカは誰にも渡さない』とも言った。

「う、あぁ……」

　俺はなんてことを！

　だからファルスはニヤニヤしていたのか！

　俺は羞恥に悶えながら魔物が暴れているという場所に行き、思いっきり魔物に八つ当たりをした。